第十四章 ㉔
文字数 2,703文字
「おい、定美。
絶対に、人生、筋は通せよ。
筋を曲げるような生き方は、するなよ」。
それが、定美の信念となっていたし、
それこそ、大和魂を持つ日本人として
の生きる道だとずっと信じてやってきた。
どんなに、フィリピン人から騙されよう
とも、歯を食いしばって、自分は、
筋を通して、生きて来た。
そして、その日、定美は、勇気を出し、
真子に電話したのだった。
真子は、すぐに出た。
定美は、まず、女子会の話をした。
なかなか、本題に入りづらい。
喋ろうとはするのだけど、つい、違うこと
を話してしまう、当たり障りのないこと
を……。
でも、意を決して、本題を話し出す。
「真子さん。
ほら……、あの、川崎のスーパーのこと
憶えてるって言ったわよね?
それでね……。
単刀直入に言うとね、社長の屋山さん達
のことも憶えてるかしら……」。
定美は、話すべきことを話し切って、
受話器を置いた。
自宅マンションで、婚約者の母親と電話で
話していた、真子は、受話器を置くと、
床にへたり込んだ。
思いもしないことを、告げられてしまった。
そして、最後言われた。
「これはね、やった方が良いわよ、と言う
レベルのことじゃないと思うの。
うちの家に嫁いでくる前に、絶対に、
あなたに、果たしてもらわないといけない
ことだと、私は思ってるの」とも。
厳しい問題、簡単ではない使命を負わされ
てしまった、と思う。
でも、一方で、婚約者の母親が言っている
ことは筋が通っているし、正しいし、
自分が絶対に、やらなければ、ならない
ことだとも思う。
「そうだわ!!
これは、結婚前につけないといけない
ケリなのよ!ちゃんと、清算はつけない
といけないわ!」。
そうだ。
自分は、どれほど、あの屋山社長夫妻に、
迷惑、心配をかけたことか……。
どこの馬の骨かも分からないような
自分を拾ってくれて、娘のように扱って
くれていたのに、その恩を仇で返す
ようなことをした。
ある日、無断で、寮を飛び出したんだ。
社長夫妻にどんなに心配をかけたのか…。
それに、スーパーのみんなにも。
シフトが狂って、みんな大変だったろう。
だからこそ……。
真子は、「そうだよね」と思う。
今まで、正直、忘れていたけれど……。
結婚する前に、ちゃんと、屋山夫妻の
所に、一度足を運び、謝罪する必要が、
責任が、自分にはある。
真子は、定美に言われたことを思い出す。
「……真子さん。結婚の前にね、
ちゃんと、屋山さんご夫妻には謝って来て
ほしいの。
あの後ね、真子さんが突然出て行って、
社長夫妻がどんなに心配して、動揺して
いたことか……。
奥さんはね、『私が、しっかり彼女の
悩みを聞いてあげれていなかったから
こうなったんだ!』って泣いてた……。
私ね、真子さんが、義時の奥さんに
来てくれることは、本当に嬉しいわ!
でもね、その前に、ちゃんと、あの人たち
の所に行って、しっかり謝罪もして、
結婚の報告もするべきだと思うわ。
……何なら、私も一緒に行ってあげるわ」。
真子の心は、刺し貫かされた。
正直、逃げたい。
でも、ピーナ共のように騙し、筋を通さず、
事を成し遂げるわけにはいかない!
確かに、謝罪に行くのが、人間として当然
だし、何より、義時と結婚したい!!
そして、謝罪しに行かずに、結婚と言う
道は、あり得ない!!
自分に非常に良くしてくれている定美を
無視するようなことは、できないし、絶対に
したくない!!
真子は、定美に、「分かりました。
でも、ご一緒にと言うのは、悪いので、
大丈夫です」と答えて、電話を切ったの
だった。
その日、真子は、夜遅くまで、悶々として
いた。
行くか行かないかでは、もう、選択肢は
1つしかない。
行くしか、ない!
でも、どの面下げて、今さら行けば、
良いのだろう?
もしかしたら、会ってもらえないかもしれ
ない。
または、塩でも振りかけられるか……。
「やっぱり、一人で行くのは無理だぁ…」
と思う。
そんな勇気、ない……。
誰かに、後押ししてもらわないと。
そして、真子は、電話をかけた。
相手は、すぐに了解してくれた。
ホッとした、真子…。
翌朝、真子は、朝イチで、婚約者の母親に
電話した。
どうするかの、報告だ。
簡潔に伝える。
「出来る限り早く行きます、川崎に。
それで、自分一人だとアレなので、
義時さんに一緒に行ってもらおうと思い
ます。
しっかり、私の口で謝罪して、それから、
2人で、結婚の報告もしてきます……」。
電話の向こうで、婚約者の母親は、何か
驚いているようだった。
何を驚かれているのかは分からなかった
けど、電話を切る。
はぁ~と、大きく息を吐く。
義時が一緒に行ってくれることにはなった
けれど、正直、不安なのだ…。
定美は、真子と通話していた携帯電話を
手にして、動揺していた。
でも、すぐに、感動に変わる。
「行動が早すぎるわ!」と。
次男のフィアンセは、まだ20代の前半。
自分が話した例の内容を実行する
勇気なんてないはず、いや、それが、
当然……と、考えていた。
正直、「真子さん、行かないかもな」と
思いつつも、電話した面もある。
それが、普通の若い女の子と、言うもの。
自分だって、真子さんの立場なら、
逃げようと必死になるはずだし、
もしかしたら、自分なら結局は行けない
かもしれない。
手紙で済まそうとしたりとか、もがきに
もがくはず……。
でも……、真子さんは、逃げたりせずに、
すぐに、行くと決めた。
そして、連絡をしてきたのだ、自分に…。
「美織さんと同じで、今時の女の子たち
とは違うわね、真子さんも」と思う。
素直に、すごいなぁと思えたのだ。
だが、同時に、心が迷う。
次男のフィアンセは、まだ、同年代の
子なら大学生もいるであろう、年齢。
大学を卒業するかしないかの子もいる
はず。
それなのに、ずっとずっと、苦しんで、
大変な生活を過ごして来た。
高校も大学も行けなかった……。
そんな子に、自分は、酷過ぎることを
命じてしまったのでは……?
もしかして、けじめよりも、筋を通す
ことより、大切な何かがあるのでは…?
定美の心は、野の木々のように揺れた。
真子に電話してあげたくなった。
「やっぱり、屋山さんたちも、もう忘れて
るだろうから、行かないで良いかもね。
私が、言っておいて、ゴメンね」と。
そうしたら、彼女は、楽になるだろうし、
自分もこの迷い、呵責から解放される
だろう。
……だが、定美は、心を鬼にした。
真子に、電話することは控えた。
やはり、嫁に来る人には、礼儀を大事に
してもらいたい。
それが、愛なのだから……。
自分もそのような生き方をしてきた
つもりだし、そういう礼儀を大事にし、
筋を通す生き方をする人が、最後は勝つ
のだと、思う。
定美は、携帯は置き、両手を組んで、
真子のために祈る……。
(著作権は、篠原元にあります)