第三章 あの日 ~屈辱的な事件~ ①
文字数 3,499文字
いつも通りに家を出て、中央公園に
向かいました。
その公園で、石出生男と
待ち合わせていたのです。
その日の少し前から、私は石出生男と
二人で登校するようにしていたのです、
その公園で待ち合わせて。
幼心に、恋愛とはこう言うものだと
思っていたのです。
今だから告白します、大の仲良しの
葦田みどりから言われたのです。
「もし、恋人同士ならね、
一緒に学校行くもんだよ、真子ちゃん」と。
だから、思い切って、石出生男に
「一緒に学校に行って」と言ってみた
のです。
でも、あの日、石出生男は、
来ていませんでした。
また、約束の時間になっても
来ませんでした。それから、約束の
時間を過ぎても来ませんでした。
目の前を同じ学校の子たちや、
クラスメートがどんどん通り過ぎます。
でも、私は石出生男を待っていました。
公園の時計を見上げると、
これ以上待っていたならチャイムが
鳴ってしまう時間になっていました。
もう周りには、同じ学校の子は
見当たりません。
急に、心細くなりました。
私は、速足で歩き出しました。
石出生男のことは、寝坊したのか、
それとも風邪で今日は休みなのかと、
考えました。
まさか、私より先に石出生男が
一人で学校に行っているとは
思いもしませんでした。
純情な少女でした、その時の私は。
大好きな石出生男を
信じ切っていました。
まさか、石出生男が、約束を破るとは
思ってもいませんでした。
いいえ、考えにも浮かばなかったです、
あの頃の私には。
ですので、その日、私が学校について、
廊下に石出生男がいるのを目にした瞬間、
「なんで、いっ君がいるの?」と、
私は幼いなりにかなりショックを
受けたものです。
そのことを今でも憶えています。
そして、私の恋はその瞬間に終わりました。
と言うより、恋愛心が冷めたのです。
分かったからです。
彼の様子からも……。
一目見て。そう、彼を一目見て
分かったのです。
もう随分前から学校にいたような感じで、
男子たちと輪になって話しています。
その彼を目にした瞬間、彼も私を見ました。
でも、今までの優しい視線ではなく、
どこか冷たい視線で、そして、すぐに
目をそらしたのです。
だから、私は分かったのです。点と点が
結ばれたかのように、幼いながらですが、
理解できました。
彼は、今日約束を破った。
私は、約束を破られた。
彼は、私をもう好きじゃない。
私は、彼を好きだったけど、
もうフラれたんだ。
そう、私は裏切られたことを、約束を
破られたことを、つまり好きな男子から
捨てられてしまったことを理解しました。
心がズシッと重くなって、初めての失恋を
実感しました。
走りながら。
後ろからは、後ろからで、嫌な男子に
追われています。
好きな男子には裏切られ、
嫌いな男子からは追われる、その日、
私はまさにサンザンでしたが、この後、
すぐに、もっと屈辱的な悲劇のような
出来事が私に降りかかるのです。
話しをちょっと前に戻します。
公園から急いで学校へ向かいました。
学校が見えてきました。
そして、正門への一本道、そう、あの坂道を
速足で歩き続けました。
私は、二つの理由で急ぎました。
遅刻はしたくなかったのです。
それから、もう一つです。
どうしても、限界に近づいていたのです。
もう、あの公園で石出生男を
待っていた頃から、我慢していたのです。
いつ、限界地点を超えてもおかしくない
状態でした。
ですので、私は早く学校のトイレに
駆け込みたかったのです。
速足で歩きながら
「あぁ。男の子だったらよかった!
男子なら、そこらへんで
立っておしっこできるのにぃ!」
とも思っていました。
とにかく、学校の女子トイレへと
急ぐ私でした。
でも急に、後ろから私の名を
呼ぶ声が聞こえたのです。
男子の声です。そして、確かに
聞き覚えがある、そう、嫌な男子の
声でした。その頃、おそらく、
一番嫌っていた男子、義時の
声だったのです。
確認のため振り返ってみました。
やっぱり、あの義時だったのです。
あの頃の私は彼が嫌いでした。
いろいろと私にちょっかいを
してきていたからです。
また、石出生男と私が二人でいると、
よくはやしました。
女子なら、いえ他の男子なら、おそらく、
「おはよう」は言ったでしょう。
でも、義時だったので、私は無視すると
決めました。
と言うより、生理的な問題でいち早く
女子トイレに駆け込むべきだったのです。
もう、泣きたくなるほどでした。
しつこい、義時は「すごい話があるんだ!」
とか言っていたはずですが、あの頃の私は、
義時の話しなんて聞きたくありませんでした。
と言うより、本当に、あの時の私には、
どんな面白いお話しよりもトイレが
必要でしたから。
私は走りました。
女子トイレを目指して。そして、
義時が後ろにいるから……。
そんな大変な状態の私をさらに
苦しめるかのように、義時は
これでもかというほどに声を
出しながら追いかけてくるのです。
「何で、義時、ついてくるの!!」
私は義時に対して怒りと恨みと憎しみを
抱きながら、走りました。
義時から逃げるため、そして、
女子トイレへと駆け込むため必死に
走った私は、なんとかチャイムが
鳴る前に正門を抜けることが
できました。そして、学校の玄関を
通り、そのまま女子トイレへと
急いだのです。
後で気づいたのですが、私はかなり
焦っていたのでしょう。
大嫌いな義時から逃げる、そして、
早く女子トイレに駆け込みたい一心
だったので、靴を脱ぎ、上履きを
履くことを忘れていたのです……。
・・・・・・
私、葦田みどり。
あと少しで、チャイムが鳴るのに、
大親友のまこちゃんが、来てない。
もしかして、
また風邪ひいちゃったのかな?
今、2組の教室の前の廊下で、
まこちゃんを待ってる。
見て。うちの学校って、廊下が
すごく広いから、男子や女子が
いっぱい廊下で話したり、
遊んだりしているでしょ。
私も、いつもはまこちゃんと
この時間話したり、日記の
交換してるの。
うん?あっちから、スゴイ足音がする。
また、男子たちが鬼ごっこみたいの
してんのかな?
えっ?
まこちゃんがこっちに向かって
走って来てる。
まず安心。「まこちゃん、来た!
良かった。熱とかでお休みじゃないんだ。
一緒に、課外行ける」
うん?まこちゃん叫んでる?
「こないで!」って、誰に言ってるの?
は~?
義時ぃ?
あいつ、何やってんの?
まこちゃんが
嫌がってるのに、まこちゃんを
追いかけてんの?
最低だ!
また悪ふざけして、今日は
まこちゃんを追いかけてんの?!
本当に懲りないヤツ。
本当は、まこちゃんのこと
好きなくせに、いつも、まこちゃんに
変なことしてる。
だから、まこちゃんは、
逆に義時のこと大嫌いなんだ。
なのに、それにも気づかないで、
ちょっかいばっかり出す義時。
ちょっと怒ってやんないと!
・・・・・・
みどりは、叫んだ。
「義時。やめなよ!まこちゃん、
いやがってるヨ!!」と。
義時はハッとしたようだった。
だが、義時は足を止めなかった。
彼も、逃げる真子を前に
興奮してしまっていた。
真子は、さっき、廊下に立つ生男を
目にして、ショックだった。
みどりが目の前にいるのは、
ぼんやりとだが分かった。
真子の足は、自然にトイレへ
向かっていた。
真子の目はうつろ的だった。
真子は、みどりのすぐ横を
走って通り過ぎ、女子トイレに
入ろうとした。
・・・・・・
私、まこちゃんが私の方に
来たと思ったの。いつものように。
だから、私が、まこちゃんを
守ってあげようって、
まこちゃんの左腕を
つかんであげたの。
まこちゃんは、私が腕を
つかんだから、立ち止まったの。
でも、
「みどりちゃん、離して。
トイレにッ!」って言ってた。
だけどね、私は自信があったの。
トイレに逃げて、鍵締めなくても、
私がまこちゃんを守ってあげれる、
って。
だから、
「大丈夫だよ、まこちゃん!
義時は私が追い払ってあげるから。」
って言ったの。
でもね、すぐにとんでもないことが
起こったの。
義時が、まこちゃんに突進して来て、
ぶつかった・・・。
多分、義時、ふざけて、わざと、
まこちゃんにぶつかったんだ。
まこちゃんの体にさわろうとして、
ふざけて、ぶつかったんだ、絶対。
スゴイ音がなって、まこちゃんと
義時は廊下に倒れたの。
義時が、まこちゃんに勢いよく
ぶつかって行ったから。
私、すぐに義時をまこちゃんから
引っ張りおろして、蹴ってやったの。
「こらぁ!何やってんの。
あんた、何やってんの。
あんたみたいなデブがぶつかったら、
まこちゃん怪我しちゃうでしょ!!
・・・まこちゃん、大丈夫?」
って言いながら、何度も。
でもね、私、義時を蹴りながら
ハッとした。
私の足元、廊下に、水たまりが
ジワーっと広がってんの。
それでね、まこちゃんが、
顔を両手でかくしながら、泣いてるの。
・・・・・・
(著作権は、篠原元にあります)