第十一章 解かれた鎖 ~三人の流涙~①
文字数 3,754文字
のがれて来るヤギヌマさんを、奴に渡す
わけにはいかない!
荒らす者からのがれて来る者の隠れ家に
なるんだ、自分は…‥、そして、完全に
ヤギヌマさんを保護する!
そして、平戸を確保する!
追われるヤギヌマさんと、追う平戸に、
どんどん接近していく私。
必死に逃げるヤギヌマさん、そして、その
走り方を見、平戸の声も耳に入ってきます。
……不思議な既視感を感じました!
今までに、同じような場面に、自分は、
遭遇したことがある……。
いつだったかな……、でも、記憶は、
すぐに、あの、第一小時代の事件の日に、
辿り着きました。
そうです。幼馴染だった義時から逃げて
いる、大親友の奥中真子……。
あの時のまこちゃんと、ヤギヌマさんが、
重なって見えました……警察官として走り
ながら!!
そうなのです。私の目には、一瞬ですが、
商店街を必死に走るヤギヌマさんが、
学校の廊下を必死に走るまこちゃんに、
見えたのです。
「こんなことって……!!」と思いました!
走って、逃げている、ヤギヌマさん……。
奥中姓では、ないけれど……。
あの、まこちゃん独特の走り方、そっくり
……。
そして、クソの平戸が叫んでいた、名前は、
「まこちゃ~ん」……。
確信しました。
疑う余地は、もうありません。
これは、夢でも、運命でも、ない!
必死に走りながら思いました、これは、
必然だ!!
「ヤギヌマさんは、あの、まこちゃん
なんだ!」。
この後、どうしたいか……いや、
どうすべきか、自分は?
そう、追われて逃げるまこちゃんを、
完全に保護し、そして、平戸を捕まえ、
まこちゃんに、あの事件の日のことを
しっかりと謝罪する……。
そして、皆さん。
警察官となり日々贖罪に生きていた私は、
あの事件の時に、彼女を足止めして
しまった『後悔に満ちた手』で、そう、
まさに、その自分の手で、今度は、
彼女を支え、助けることが、できたのです!
右手と左手に感じる、彼女の温もり、
そして、彼女の重さ……、感無量でした。
「今度は、助けることができたんだッ!!」
そう思い、全身がカッと熱くなります。
安堵感、幸福感、達成感の嵐。
でも、その幸せの嵐に身を浸し続けるわけ
にはいきません。一個人としては、
そのまま、まこちゃんと一体に
なっていたかった。
でも、警察官としては、それに浸っている
わけにはいきません!
そうです、平戸の身柄確保です、次は。
このまま、あいつを逃がすことは、
あり得ないことです。
でも、彼女から離れる前に、私は、彼女が、
本当に、あの、まこちゃんであることを
確かめようと、一声かけました。
その時の彼女の表情。
それで、十分でした。
ヤギヌマさんは……、彼女は、あの、
まこちゃん、奥中真子!!
私は、もう一声、まこちゃんにかけて、
平戸の方に駆け出しました。
羽交い絞めにされている平戸と、平戸を
羽交い絞めにしてくれている若い男性に
近づきながら、ふっと思いました。
「まこちゃん、もしかして、あの日、
偽名言ったのかな?
それとも、もう結婚してんのかな……?」。
まぁ、それは、置いておくことにして、
とにかく、平戸です。
私は、警察手帳を取り出し、野次馬達を
下がらせて、若い男性から平戸を
引き受けました。
逮捕はできませんから、ワッパは
使えませんでしたが、平戸をちゃんと
確保できました。
でも、ヤギヌマさんの保護と平戸の連行を
一人でするのは、不可能です。
応援が、必要でした。
でも、応援を呼べる状況ではない……。
ヒャクトウしようにも、携帯を取る余裕が
ないし、何より、ここにに駆け付けるのは、
当然、阿佐ヶ谷中央署の地域課の警官……、
運悪ければ、さっきの3人かも!!
そう、私は、つい先ほど、あえて一番弱い
であろう婦警から自転車を奪って来た
のです。
「ヒャクトウなんて、出来ないな。
あぁ、ヤっちたなッ!!
地域課員から警邏用自転車、奪っちゃう
なんて、前代未聞だぁ。
ぶんやの良いネタだな……」と思います。
正直、後が、怖くなりました……。
署の中で、一番頭数が多い、地域課……。
その地域課を完全に、敵に、
回してしまった、自分。
ヒャクトウも無理……。
そして、普段なら一番頼れるはずの、
生安課の誰かに連絡しようにも、
まこちゃんのことは、係長にも課長にも
報告していない。
勝手に、動いていたのだから……。
そして、今に至っている。
それで、今さら、「すいません。
独自に動いていた件で、女性を保護し、
つきまとい等を繰り返していた男を
確保しました。
至急、大町通商店街まで、応援をお願い
します」なんて連絡できません。
平戸を取り押さえながら、私は、必死に、
考えました。
解決策は、思い浮かびません。
応援が絶対必要不可欠だけど、応援を
要請できる人・機関がない!!
「交通課の由美と典子……。取締中なら、
来れるかな?」と思った、その時でした!
なんと、向こうの方から警邏用自転車を
必死に漕いでやってくるのです!
地域課員です。
ホッとします。
一瞬、「助かった!!」と思いましたね。
でも、すぐに、「最悪ッ!!」と大声で
叫びたくなりました。
必死に、鬼のような形相で、こっちに、
向かって来ているのは、『警邏用自転車
強奪事件現場』に、いた、例の男性警官
2人だったのですから!
どうなるか……、想像はつきます。
「さっきは、どうしたんですか?
ビックリしましたよ。アハハ」と言って、
笑って済ませてくれるわけ、ありません。
でも、今さら逃げるわけにもいかない。
「とにかく、現状を説明して、今は、
納得してもらうしかない!
その後で、その後!!」。
皆さん。やはり……と言うか、
当然ながら、2人は、カンカンのMAX
でした。
なんたって、周りの野次馬-一般市民-を
気にせず、怒鳴ってきましたからね。
まぁ、もし、野次馬の目がなかったら、
もっとヤバいことになっていたかもしれ
ませんが……。
とにかく、私のやったことは、常識外の
ことであり、また犯罪です。
なので、まずは、平謝り。
でも、その後すぐに、必死に、
口を挟まれないように、早口で、事態を
説明しました。
2人の地域課員が、完全に納得してくれた
のかは分かりません……いえ、それは、
ないでしょう、私だって、2人の立場なら
納得しませんから。
でも、とにかく、2人は、私を助けて
くれました。
「やっぱ同じ警察官だなぁ」と思いました。
巡査部長が、平戸を押さえてくれ、巡査が、
所轄系で、署に連絡してくれたり、
野次馬の整理をしてくれました。
本当に、あの日は、2人に助けられました。
でも、後日、正式な謝罪に行ってきたのは、
言うまでもありません。
生安課長と水口係長と私の3人で、
地域課に、謝罪に行きました。
まず、あの巡査部長と若い巡査に、
報告と謝罪とお礼。
それから、一番重要だったのは、私が、
自転車を力ずくで奪い取った、
あの女性巡査への謝罪でした。
警察学校卒業したばかりとのことでしたが、
れっきとした警察官です。
さすがだなぁと思いました。あの頃の、
私より上だなぁと……正直。
巡査は言ってくれました。
「つきまとい等を続けていた男を確保し、
被害に遭っていた女性を保護されたと
聞きました。
あの時は、ビックリして、
ショックでしたが、もう大丈夫です!
私も、これから、もっと頑張ります!」。
笑顔が、最高に素敵でした。
男性巡査部長と巡査、そして、女性巡査への
謝罪が済んで、ホッとしたところに、
生安課長が、「じゃ、最後に課長だな」と
呟きました。
正直、地域課長のことは、頭にありません
でした。
でも、課長が言うように、あの3人の
直属の上司ですから、私のしたことは、
当然報告がいっているはず。
謝罪しに行かないわけには、いかない
人物です。そして、彼の機嫌を損ねたまま
では、署内の最大組織『地域課』を敵に
回し続けることになります。
地域課の最奥へ向かいました。
デスクに向かっている地域課長が、
ヒョイと顔を上げます。
生安課長が、自分より年下の地域課長に
気軽に声をかけ、それから、私に「来い」
と目くばせ……。
生安課長と水口係長が私の横に立ち、
大柄な2人の間にチョコンと私は、
直立不動に。
そして、地域課長に、事の次第を説明
しました。
いかつい、イガグリ頭の地域課長が、
椅子に座りながら、私をジッと睨みつけ
ています。
話を聞くというよりは、値踏みしてる
してるかのよう……。
でも、ここで逃げ出すわけにはいきません。
なんとか最後まで報告を終え、最敬礼で、
しました。
しばしの沈黙。
署の課長(警部)2人と直属係長(警部補)に
囲まれながら、まさに、緊張感のMAX。
……すると、地域課長が急に笑い出し
ました。
……何が起こっているの?!
ひとしきり笑って、そして、地域課長は、
「不動さん…」と話しだしました。
生安課で呼ばれる、『不動産』では、
ありませんでした。
「署に戻って来た警官の白チャリが
奪われるなんて、前代未聞の大事件です!
しかも、奪ったのが、同僚の刑事だなん
てね……これ記者に知られたら、大変
ですわッ!
これが、笑えなくて、何が笑える話なん
ですかッ!
……まッ、今回は、これで終わりにしま
しょ。課長さんと一緒に来られたんじゃ、
もう何も言えませんわ。
それに、女性につきまとっていた男も
確保できたんだし、女性も無事だったん
ですから、言うことないでしょ。
でも、今後は、こんなこと絶対にナシで、
お願いしますよ、くれぐれもね……」
(著作権は、篠原元にあります)