第十四章 ⑯
文字数 3,748文字
観察を続けた。
「美織さんが言ってた通りねぇ。
この子、美織さんが嫌うタイプね」と思う。
そして、ここだけの話、義時の父である
栄義牧は、もっと酷い、ここには書けない
ようなことを考えていた。
でも、定美の方は、こう思ってもいた。
「だけど……。義時が連れて来たわけ
だし、ちゃんと、話は聞いてあげないと。
義時、案外、しっかりしているんだから」
と……。息子を信じる母の愛でもある。
それと同時に決めてもいる、心密かに。
もし、ダメな子だったら…。
「あの人とは、やめときなさい」と次男
にハッキリと言わなければいけない、
それが親の責任なのだから…。
前もって嫁からの『裏情報』を入手して
いた定美。
そして、それを知らない、義牧と義時と
真子。
義時は、隣に座る、真子をチラッと見た。
綺麗な首筋に汗がスッと流れたのが
見えた。
緊張しまくってるな…。
「俺が愛媛に行く番になったら、こうなる
んだよな」と思った。
真子を助けてあげたいと、思う。
真子は、正面を見れなかった。
目の前に座るのは、彼のお父さん。
はす向かいに座る彼のお母さんはずっと
ニコニコしてるし、話しかけてきて
くれる。
でも、目の前からは……、鋭い視線だけが
ずっと…。
しかも、最初の短い挨拶の時だけで、それ
以来、ずっと、無言。
ただ、むっつりと、自分の方を睨んで
いる。
「何か、あの人の時みたい…」、そう、
真子は、思った。
あの、美織の時のことを思い出しながら。
ちなみに、注文はもう済んでいた。
真子は、緊張した。
葛藤した。悩んだ。
あぁ、絶対、ホテルの方が良かった!
ホテルならコース料理かバイキングかで、
自分で注文しないで良かったはず…。
でも、ここ、ファミレスだったら、
自分で選んで、自分で注文しないと
いけない。
彼の両親の前で、彼の両親が注目する
前で、どれを選んだら『正解』なの!?
あまり高いのを頼んだらダメだろうし、
逆に、一番安いのを頼んでも遠慮してる
とか思われるし……。
正直、食べたいのは、肉料理だけど、
「女の子が、お昼から、ステーキ?」
と思われたら、どうしよう…?
そして……。
栄義牧は、サバの味噌煮定食を注文。
栄定美は、サラダうどんのセットを注文
した。
義時は、真子が一番食べたかった
国産牛ステーキ、しかも昼から450g、
そして、しかも、真子の立場なら絶対に
無理なガーリックソースで、ライス大盛、
それから、ポテトフライを頼んでいた。
それに続いて、うまく、「じゃあ、私も、
同じステーキで、グラムは……」と注文
する勇気は、真子にはなかった。
って言うか、正直、食欲が無くなって
いく。
必死に、何を選ぼうか、頑張っている
時も、彼のお父さんに見られ続けている
ような感じ。
食べる気がなくなる。
と言うより、食べるのが怖い……。
食べ方とかも見られるんだろうし……。
でも、ここで、自分だけ、
「あっ、私は、あまりお腹すいていない
ので……。
じゃあ、コーヒーください」と言えば、
それはそれで、絶対に、好印象の逆に
なる。
間違っても、「小食なのね。女の子
らしいわね」とは思われない。
そう、「場の雰囲気読めない子ねぇ。
って言うか、そうなら、朝を抜いて
来たら良かったじゃない」となる。
だから、必死に、脳内で、メニューを
消去して行って、無難な3品に絞った。
候補として残ったのは、海鮮ドリアと
オムライスとクラブサンドイッチ。
値段も高過ぎず、安過ぎず、無難。
そして、量も……ガッツリじゃない、
この3品。
早く!!
どれにしよう……!?
で、最後、真子は、
「あの、じゃあ、私、オムライス
ください」と、若い、女子大生位の
店員に頼んだ。
海鮮ドリアは、熱すぎて、彼の両親の前で
ちゃんと食べれないかもしれないし、
クラブサンドイッチは、絶対に、こぼれ
そう……。
だから、オムライスにした!!
オーダーした料理が出てくるのを待ち
ながら、4人はいろいろと話した。
いや、3人だ…!
義牧は、終始黙っていた。
全くもって、嫁の美織と同じ感じ。
真子は、定美の質問に答えながらも、
不安でしょうがなかった。
目の前の人の存在……。
正直、怖い。
THE・『昭和の親爺』の雰囲気。
あの源六じーさんよりも、威圧感が
漂っている…。
「私、どう思われてるんだろう…?
何か、怒られるようなことしたかなぁ?」。
それと、真子は、内心、戦々恐々して
いた。
「訊かれるんだろうなぁ」と。
そう、両親のことを……。
もし、そうなったら、どうする?
正直に、父も母もいないと、言わなければ
ならない。
そうしたら、どんな反応が戻って来るか
なぁ……。
それに……。
「どこの大学を出られたんですか?」って
訊かれたら……。
大学も、それに高校すら行っていない、
低学歴の最底辺の自分。
中学は卒業できたけど、小学校時代は不登校
が続いた。
「すいません。大学は、いえ、高校も出て
いないんです」と言ったら、どんな顔される
だろう?
前の日の夜から考えに考えた。
「両親もいなくて、高校も卒業してないと
知ったら……」と。
どんな人たちであっても、息子の相手として
相応しいとは、考えてくれないだろう。
そして……、とうとう、その時が来た!
突如、それまで、無言を貫いていいた
栄義牧が、口を開いた。
誰にと言うと、それは、真子。
栄義牧は、鋭い目で、真子を見つめながら
真子が一番訊かれたくなかったことを
訊いてきた!
「柳沼さん。
うんと、ご両親は、どちらで、何を
なさっているんですか?」
真子は、一瞬固まってしまった。
「とうとう、きた……」。
でも、答えないわけには、いかない。
意を決して口を開いた。
そして、正直に話した。
そこからは、義牧と真子の質問と回答の
繰り返しとなった。
義時と定美は、蚊帳の外。
で、真子の隣で、義時は何度も思った。
「何もそんなことまで訊かなくて、
いいじゃないか!!」と。
実際、義時は、何度も口を挟んでみた。
質問攻撃に晒される真子を助けたかった。
でも、ことごとく失敗。
で、母も言ってくれた。
「お父さん……。
そろそろ止めてください、そんな質問
ばかりじゃ、楽しくもないし、柳沼さん
に悪いわよ。
これじゃあ、お食事じゃなく、刑事の
尋問よ」と。
だが、母が言ってもダメだった。
「お前たちは、ちょっと黙ってなさい。
父さんは、柳沼さんと話してるんだよ。
ちゃんと、確認しておくべきことが
あるんだ!」と、強く言われて、終わり。
妻も息子も、栄義牧がこうなったら
止める術がない。
この質問……、いや、詰問・尋問を
終わらせれるのは、『料理が届く』、
それだけだ…。
真子は、孤軍奮闘していた。
ファミレスで……。
彼の父親の鋭い視線と、いつまでも
終わらない質問攻撃に。
時々、義時や〔さだみん〕が助けようと
してくれたけど、力関係は明かだった。
逃げれないな、と思う。
だからこそ、自分も逃げずに、正直に、
ウソは言わずに、全部言ってやろう!
「それでダメになるなら、しょうがない
よね」と決心を固める。
そして、やっと……。
オーダーしていた料理が出て来る前だった
けど、義牧が黙り込んだ。
質問攻撃が終わった、と言うことだ。
真子は、直感で理解する。
「あっ。ダメだ……、これ」。
彼のお父さんは、自分に好意を全く
持っていないな、ということが分かる。
少しだけ最初はあった『好感度』が
質問タイムの結果、ゼロになって
しまった……。
今まで、何百、いや、何千という男の
相手をしてきた『経験』から分かる。
義時も、父を見て、分かった。
いやこれなら誰が見ても分かるだろ、
こんな不機嫌丸出しの態度なら…。
「どうする、どうする!?」と、必死に
考える。
ここで、真子を諦めるつもりなんて、
絶対に、ない!!
今まで、この父に従ってやってきた。
でも、ここは、どんなに反対されようと
絶対に引けない。
「男には、絶対に退けない、闘いが、
あるんだ!!」、義時は、自分を奮い
立たせる。
そうしながら、思った。
「あっちと比べられてるんだろうけど、
そりゃ、勝ち目がないよ……」。
そう、おそらく、父は、あっちと、真子を
比較してるんだ。
あっち、つまり、美織さん…。
義理の姉にあたる。
中卒で、身内は愛媛の大伯母さんだけの
真子ちゃん。
それを、さっき、彼女は、父に正直に話した
から、父はこう思っている、絶対。
「どこの馬の骨だか知らん女」と…。
それに反し、兄嫁の美織さんは。
大学は出てないけど、ちゃんと、高校は兄と
同じとこを卒業している。
しかも文武両道で、成績は学年1位で、
卒業生代表で答辞をしたと、兄から聞いた。
それに、中学の時、例のアレで、本当に
日本一になって、テレビや新聞とかで連日
取り上げられていた。
そんな女性が、嫁に来てくれたと言うことで
この父もスゴイ自慢していたな……。
しかも、それだけじゃなく、家柄も良く、
古くから続く名家の出身。
その実家のご両親ともに今も健在で、
父親は、総合病院の理事長だ。
しばらく気まずい沈黙がテーブルを
覆う。
自分はどうしたら良いのか……、
義時には分からない、いや、考えれば
考えるほど分からなくなってしまう。
でも、隣で、ほふり場に連れて行かれる
雌羊のように、毛を刈られる子羊のよう
に口を開かず、ただひたすら、身を縮めて
いる真子を見て、胸が熱く、熱くなる!
黙っていては、いけない……!!
「彼女が、このような目に遭っている
のは、全部、俺のせいなんだ……」。
(著作権は、篠原元にあります)