第十七章 ㉓

文字数 2,028文字

そして……。
重厚な作りの〔診療科部長室〕に、
ゆっくりとした、そして、大きな拍手の
音が響く。
 ふんぞり返りながら、柳沼に向けて、
柳沼を睨みつけながら、非常にゆっくりと
拍手しているのは…。
藤川教授だった。

そして、教授は。
しばらく、拍手を続けて。
柳沼に向けて、突然、語りだす。
「いや、柳沼君ッ!
感動したよ。
本当に、今、ハッキリ分かった。
君こそ、本当の……聖人ぶった、男だな!
素晴らしい、名演説をありがとうっ!」

柳沼医師は、理解した。
この3人は……。どんなに説得しようが、
どういう話術を使おうが、もう、『無駄』
であると。
そして。
自分は、完全に、『敵』と認定されたことも
分かった。

そして、次の瞬間。
大学病院副院長が、宣言した。
「柳沼ッ!!
万人受けするような、きれいごとばかりを
言っていたいならなぁ、町医者でもやって
ろッ!!
ここはな、我が国を代表する大学病院
なんだよ!
小さなことに、一々構ってる暇も余裕も
無いんだよぉ!!
そんなんも分らんのか!?
もし、ここにいたいなら、黙ってれば良い。
で、もし、叫びたいなら、山奥でも海の離島
でも、どこぞの分院に飛ばしてやるぞ!
一人だけの、お前が院長の、理想分院が
作れるだろうよ、そうしたら!!」

そして……。
柳沼は、強制的に、部屋を追い出された。
最後は、富増が力づくで…。



怒りと屈辱で、震えた。
トイレに駆け込み、戻した。
泣きながら、戻した。
惨めだった。
無力感に打ちひしがれる……。





翌日。
改めて、今度は、1度も入ったことのない
〔大学病院長室〕に来るようにと、指示が
きた。

初めて入るその部屋は、まさに、宮殿の
ようだったが……。
非常に、非常に、寒かった。
まさに、北極。いや、それ以上。
原因は、エアコンの故障とかではなく、
その場に居合わす全員からの冷たい視線と
敵意の眼差し…。

渥美病院長、六街副病院長、藤川診療科
部長、富増、病院顧問弁護士、事務局長、
そして初めて見る男が2人。
後で知ったが、1人は、富増代議士事務所の
秘書。もう1人は、富増代議士の子飼いの
厚生省官僚だった。


その場の『勢力』を代表して、話してきた
のは、藤川診療科部長だった。
「柳沼君。もう、ことは、この病院全体に、
いや、国の機関にも関わることになって
います。
そして、君が、どうすべきかは、我々は
何度も、君に伝えています。
ちなみに、君以外の、眼科チームの諸君は
ちゃんと、当院のためになる決断をして
くれています。
だから、今日、確認します。
私たちと同じ思いで、これから進んでくれる
ようならそれで結構、そうでないならば……
分かりますね?」
 
 奴が何を言いたいのかは、分かる。
恐喝だ、これは……。
例え、奴らに与したところで、一生、奴らの
子飼いとなり、良いように使われるだけだ。
そして、仮に、「はい」と言わなければ…
…。もう、腹をくくるしかない。

すぐに答えることのできない、柳沼医師に、
今度は、大学病院長が直々に話しかける。
「柳沼先生。ここは、大人になるべき
ですよ。
ね、先生の決断1つで、当院も、またこの件に
関わっているすべての人間、そして、ここに
来てくださっている富増先生の秘書の方や
厚生省の方にもご迷惑が……、いや、
富増先生ご自身にも…!!
そう、先生が、黙ってくれるというなら、
すべてが、良いようになるんですよ。
それが、すべての人にとってハッピーな
ことではないですか!?」
 上から、教えるようなものの言いよう。
言ってやりたい……!
「その、すべての人の中に、あの親子は
入っているんですか!?」と……!!

だが、そんなこと言っても、どうしようも
ない。
「コイツらには、無駄だ」、理解している。

なので、一言だけ、返答した。
「これは、お返しします!」
そして、あの、白い封筒を、叩きつける。
もちろん、中身には一切触れていない。
いくら入っていたのか数えてもいない。
汚らわしい、金だからだ。

そして、一礼して、部屋を後にすべく
向きを変える。
後ろから、各人の叫びが聞こえたが、
もう、無視だ。
 考えた。
こうなったら……。
「あの、オペ室にいた連中や、その他、
良心のある医師、看護師さんたちを
巻き込んで、『運動』を起こすほかない!」
 
金をもらい、黙るという決断をしてしまった
とは言え、彼らは、『奴ら』とは違い、
【金の亡者】ではく、本当の医療従事者
なのだ。
ちゃんと、説得し、奴らへの恐れから
解放してあげれば、絶対、自分と一緒に
立ちあがってくれるはず…。
そうしたら、【下っ端達一団】となって、
『奴ら』、つまり、【金の亡者達】に
反抗し、正しい選択を迫ることもできる……。

柳沼医師は、そう考えていた。
未来は、絶対に、開ける…。
そう理想を抱いて、信じた……。


が、その、次の日。
職場は地獄だった。
自分の考えは、あますぎた……、と理解
した。
いや、その【現状・現実】を突き付けられた。












(・著作権は、篠原元にあります

・今日も読んでいただきありがとう
ございます。

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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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