第十六章 ㊱
文字数 2,848文字
厳しい階級社会である『警察』にあって
葦田刑事が見合いすることになった経緯が
書かれています)
私は、同じ警察署の刑事課で働く
男性と、いわゆる『職場結婚』して、
既婚者となりました。
『恋愛結婚』ではありません。
正直に言えば、上司のすすめ……、
と言うより、半ば強制でした。
それで、お見合いして、ゴールに
至ったのです。
彼は、第八方面の田舎の所轄署から
うちの刑事課に異動してきた人で、
何度か、署内で顔を見たことはある
……その程度の存在でした。
あとは、同僚や後輩たちが、「刑事課に
カッコいい、独身の男が来た!」とか
「あっちの田舎で、白チャリでパトロール
中に、連続畑荒らし犯を見つけて、
ゲンタイして、それで、うちの刑事課に
引き上げられたんだって!かなり、期待
されてるみたい!!」と騒いでいるのを
耳にしていた位ですね。
自分には関係ないと言うか、何より、
私には、そういうこと(結婚、出産)に
対する意欲がなかったのです。
自分が、普通の女性のように生きれる
とは思えなかったのです。
だから、異性に興味が、ほぼ、なかった。
あと、そうですね。興味を持とうと
しなかったとも言えます。
焦る先輩方をはじめ、同僚、後輩たちも
署内で、犯罪捜査そっちのけで……、
まぁ、それは言い過ぎでしたが、
とにかく、目の色変えて、
『未婚の良い男漁り』してたり、退勤後、
揃って合コンに行ったりしてましたけど、
私は、加わりませんでした。と言うより、
そういうことに積極的になれなかった
のです、色々あって……。
だから、半ば、「もう、これで、良いや
!!」っていう感じで、結婚を決めた
のです、母の手前、そして、署長をはじめ
副署長や上司の手前です。
でも、だからと言って、彼に対する……、
つまり夫となる人に対する『愛』が全然
なく、ただ、【契約結婚的】なものだった
かと言うと、そうでもありません。
お見合いして、心を決めて、何度か、
そういう感じで……2人で会うたびに、
私は不動巡査部長、いや、夫となる人
不動さんに惹かれていくわけです……。
一緒にいて、素直に楽しい。
一緒にいて、素直に笑える。
一緒にいて、素直に安心できている。
そんな自分に気づきます。
だから、結婚式の前日は。
ドキドキでしたね。
翌日からは、『世界で一番大好きな人の
奥さん!』になれるのですから。
それほど、私は、彼にホレてしまった
わけです。
まぁ、今思えば、異性に対する免疫が
なかったっていう点もあるかもしれません
……が、やっぱり、まぁ、「惚気だ!」
とか「親バカならぬ、妻バカだ」って
言われるのを恐れずに言えば、私の夫は、
男前で、誠実で、笑顔がステキで…、
あとは、私のことを一番に考えてくれる、
そういう人なのです。
そして、私たちは、本庁、つまり警視庁
近くにある警察共済組合のホテルで
式を挙げて、夫婦になったのです。
式・披露宴には、8方面本部や4方面本部
からお偉い方々、そして、彼の関係で
本庁の警視長の方まで来てくださって、
ある意味、いつもの職場以上に『警察
ムード』いっぱいで、その意味でも緊張
したのを憶えています。
で、私は、不動みどりになりました。
結婚したのです。
でも、だからと言って、仕事を辞める
こともなかったし、それに、結婚した
からと言って、職場での扱いが変わる
ということもほぼ皆無でした。
それが、男社会の警察ですから……。
結婚して、妻となった。
結婚指輪をしている。
そして、同じ署の中で、夫と呼べる
人が働いている。
変わったのは、それくらいでしょうか…。
つまり、私の根本的なとこは、全然、
変わらなかった……、変わっていないの
ですから。
夫にも、私の本性は隠し通していました。
隠れた素性、隠した素顔、刑事として
働く自分のもう1つの側面、いや、本当の
私……。
それで、式の前から用意していたクスリを
私は、結婚後、夫婦生活の場となる新居に
夫の目を逃れて、隠したのです。
昔の話になりますが、聞いてください。
遡れば、あれは、中学生の頃だったはず
です。
中高一貫の女子校でした……。
その校内で、私は、ある話を聞いたの
です。
まぁ、その話自体に問題はありませんで
した。
ちゃんとした授業の中で、ちゃんとした
教師が、ちゃんとした内容を、語った
だけなのですから……。
でも、だけど!!
私は、私だけは……、聞き終えた後、
同級生たちとは全く違う『感想』、『決意』
を抱いたのです。
「子どもは、いらない。
いや、絶対に作りたくない!
絶対に、産まない!」と。
そして、結婚というものにも積極的に
なれなくなった…のです。
いえ、心のどこかで、そして、誕生日を
迎える度に両親、特に母から色々催促
される、しかも年々それが強くなるもの
ですから、
「結婚はしないとな…」という思いは
ありました。
だけど、絶対に、子どもは……!!
働きながら、考えていました。
先輩や同僚が、『未婚男性情報』で
盛り上がってる休憩時、私は、一人で
物思いに耽っていました。
「世の中には、いろいろな夫婦がいる
んだから、『子どもは作らないでいいね』
って、同じ考え持ってる男性と一緒になり
たい。ってか、その1択しかないよなぁ」。
勿論、
「葦田ちゃん、おとなしいね。どした?」
とか、「先輩、何、真剣な顔で考えてん
ですかぁ!?」と訊いてくる先輩や後輩
ちゃんたちに正直に答えることなんて
できません!
その後が怖い……。
でも、正直に打ち明けることができて
いたら、どうなっていただろう……って
思います。
もしかしたら、ここまで、拗れることは
なかったでしょうし、結婚前の大事な時期に
クスリに手をつけることを決意し、クスリを
入手するべく動くなんてことも、なかった…
はずなのです。
で、私は、ちょうど、式の1週間前に、
強く誓ったのです。
「勿論、この結婚を、やめるわけには
いかない。
でも、子どもは作りたくない。
作らない!!
だから……」と。
私は、先輩や同僚、後輩たちには
そうなのですが、結婚してくれる相手
にも、自分の気持ちをまだ伝えることが
できていませんでした。
そして、到底、伝えることはできない
ように思えてなりませんでした。
怖かったし、恥ずかしかった……。
そんな話をこっちからするのが……。
そうです。
同じ署内で働く、お見合いで初めて
喋った、まだ結婚もしていない相手に、
女のこっち側から、「家族計画は……」
なんて話出せません。
だから……。
考え抜いて、決めたのです。
結婚した以上、身体を求められるのは
当然で、それは避けられません。
そして、そこで、夫の求めを避けたり
して、あるいは、その段階で、自分の
意思を告げて、万一離婚ということに
なれば、私も彼も行先は見えています。
お見合いの場を設けてくれた上役一同
の顔に泥を塗ることになりますから、
『警察人生の終わり』でしょう。
だから、私は、決意して、翌日、
動いたのです。
署に出勤する前に、街に出て。
クスリを手に入れるべく……。
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