第零章 最初の事件 ~ある夜~
文字数 1,774文字
住宅街……。
暑い夜、熱帯夜だ。
どの家の窓もピシッと
固く閉められている。
冷房なしには、寝られない、
むしむしとした夜が続く、ここ最近。
木造建ての一軒家の中、
母と娘が、冷房を効かせて、
熟睡している。
娘は、幸せな夢を
見ているかのような寝顔だ。
その時。
その家のそばを、若い女性が
全速力で駆け抜けて行った。
恐怖に引き攣った表情。
何かから、逃げるかのように。
無我夢中に走っている。
後ろから、彼女を追いかける足音と
黒い影が刻々と迫ってくるのが分かる。
また、聞こえる怒声……ではなく、
甘い囁きのような、男の声。
恋愛関係にある男女の喧嘩か?
酒に酔って、真夜中に、
二人で走っているのか?
別れ話の末、男が未練がましく、
女を追いかけているのか?
だが、前を行く、彼女の形相は、
それを否定するものだった。
恐怖に、顔は真っ青である。
フッと、彼女の脳裏に浮かぶ、
小学生時代の出来事。
意味不明だが、こんな生きるか
死ぬかの瀬戸際に、昔のことが、
フラシュバックした‼
……………………
桜の花が舞う春。
10年以上も前。
愛媛県の松山市。
通う小学校に転校生が、ある日、
やってきた。
近所の年上の子たちや同級生たちと、
結託して、その子をいじめの
ターゲットにした。
学校の中で、からかい、
聞こえよがしに悪口を言い、
みんなで面白がった。
学校からの帰り道も、狙い時だった。
校門の前で待ち伏せ、
追いかけまわしたり、いたずらをしたり。
そんなある日、そう、暖かい日だった。
学校から帰り、一度家に荷物を置いて、
再び集まった。
みなで、紅阪泉公園に遊びに行く。
きれいな泉があり、浅い川が流れている
この公園が、みんなのお気に入りだった。
公園に着くと、あの子がいた、一人で‼
にんまりと顔を見つめ合い、そして、
無言でうなずきあった。
一番年上のなみちゃんを先頭にして、
全員で、その子に向かって、駆け出す。
大きな、『鬨の声』を上げながら。
気づいたその子は、ギョッとして、
急いで立ち去ろうと、腰を上げた。
だが、逃がすつもりはない。
適度に距離を置きながら、
その子を追いかけ続ける。
2、3分、追いかけまわした。
そして、その子が、勢いよく転んだ。
「転んだ!転んだ!」と
囃し立てながら近づく、女子達。
その子は、しゃがんで、泣いている。
「泣い~た。」と騒ぎながら、
さらに、囲む。
だが、気づく。
その子の足から血が流れている。
一瞬、静寂。
そして、なみちゃんがすぐに、
駆け出した。
他のみんなも、右習えだ。
ただ、みっちゃんと、
みっちゃんの大の仲良し、
のんちゃんだけが残された。
二人は、立ち尽くす。
みっちゃんは、あまりにも、
かわいそうなことをした、と
後悔していた。
のんちゃんは、みっちゃんを残して、
逃げれなかった。
みっちゃんは、
小さな手を丸く握りしめ、考えた。
「謝って、助けてあげる
べきなのでは……」。
横に立つ親友に声をかけた。
「のんちゃん!絆創膏あげ……。」
だが、彼女が最後まで言う前に、
その親友の女の子が大きな声で遮る。
「みっちゃん!なんしよん!!
みんな、もう、あそこまで、
行ってるよ!?
うちらも行こうッ!」
そして、のんちゃんは、
みっちゃんの服を掴んで、走り出した。
みっちゃんは、引っ張られた。
そして、自分も、その子に背を向けて、
走り出す。
桜の花びらが、風に吹かれて
みっちゃんの方に舞ってきた。
みっちゃんは、フッとうしろを
振り向いた。
あの子は、まだ、道端に座り込んで
泣いている。
あの子の後ろ首に、大きなほくろが
見えた。
彼女はその時、気づいた。
心がズキンとした。
「私たち、いじめてる。ひどいことを
してる。」と。
その翌日から、あの子は、
みっちゃんたちの学校に来なくなった。
………………
完全に忘れていた出来事が、
男から逃げている、みっちゃんの
脳裏によみがえった‼
だが、次の瞬間、みっちゃんは、
「助かった!」と思った。
交番の赤電灯が見え出した。
あと、すこしで交番だ。
しかし、次の瞬間、誰かが、
みっちゃんの腕を掴んだ。
みっちゃんは、その人間を見た。
自分の腕を掴んでいるのは、
制服姿の男子高生だ。
後ろからは、追いかけてくる、男。
みっちゃんからは見えないが、
制服姿の男子高生の後ろ首にも
特徴的な大きなほくろがある。
そして、ずっと追ってきた男が、
すぐ後ろに立ったのが、分かった。
男の荒い鼻息が、みっちゃんの
キレイな首筋にあたる……。