第十七章 ⑩
文字数 2,682文字
ほどなくして、本日の目的地、
【会傘の庄】に着いた。
有難いことに、社長―義時の兄―が、
入り口そばの池のところで、
一行を待っていてくれた。
これには、真子も驚いたし、嬉しかった。
そして、雪子は非常に恐縮していた。
まぁ、そうだ。娘みたいな真子の義兄が、
忙しい中、自分を迎えに、
外まで出てきてくれているのだから。
まぁ、話をちょっと戻して。
義時の運転する車が、【会傘の庄】の
駐車場に入り、で、大分混雑していた
から、かなり入り口から離れたところ
しか開いてなかったので。
真子は、車をバックさせようとする
旦那に言った。
「ねぇ。ちょっと…。車を入り口前まで
着けてもらえるかな。そうしたら、雪子
おばさん、歩かないで済むから」
そう。
真子は、旦那の前で、『禁句』を言って
しまった!
無意識かつ親切心から。
で、案の定。雪子に、怒られてしまう。
「ねぇ。何度も言うけど、おばあちゃん
扱いしないで!まだまだ、これから
なのよ、私も。ねぇ、義時さん?」
急に振られて驚く義時。
でも、まぁ、なんとか自分なりにウマく
返す。
で、結局、車はそのままバックして、
停車。
「義時さん、運転、お上手ですねぇ。
私なら、こんなに狭くて、右も左も
車が止まっているところには、よう
止めれませんよぉ」と大伯母が言い、
そして、旦那も嬉しそうに、
「いやぁ。そんなに運転がうまいって
わけじゃあ……」とか答えながら、
満更でもなさそう…。
新妻ははぁとため息をついた。
「素直じゃないなぁ。
それと、彼には、スッゴイ当たりが
良いなぁ」と思いながら。
勿論、口には出さないけれど……。
車から降りる雪子。
真子は、一瞬、口が開きかけたし、
足も手も動きかけた。
けど、止めた&開かなかった。
自分が言っても、動いても、旦那の手前、
拒絶されるにきまってる。
自分と、2人きりだったら違うだろうけど
……。
でも、真子が何も言わなかったが、
旦那が動いてくれた。
そう、義時が、雪子に、「どうぞ」と
手を差し伸べて。
で、雪子も「あぁ。ありがとうございます。
助かります。本当、義時さんはお優しい
のねぇ…。真子ちゃんも、良い人と結婚
できたわぁ。でも、真子ちゃん、甘えて
ばっかりじゃダメよ!」
ほめられて、嬉しそうにする義時。
なぜか、注意されてしまい、ムッとする
新妻。
でも、旦那の方は、そんな妻の気持ちに
気づかない……。
義時と並んで雪子が入り口に向かい歩いて
いく。
2人の後ろに、真子が続く。
内心、ちょっとだけ思う。
「あそこって……。彼の隣って、私が歩く
もんじゃないの?
雪子おばさんを大切にしてくれるのは、
ありがたいけれど…」
ちょっと複雑な気持ちを抱いてしまう
真子だった。
で、一方雪子は、ビックリ仰天していた。
あまりにも、大きい建物……。
そして、止まっている車の多さ!!
「義時さん。私はねぇ、こんな言い方
わるいですけど、町の銭湯屋さんみたいな
のを想像していたんですよ……。
でも、こんなに大きい温泉だとは!」
そして、立ち止まって、目の前の建物を
見上げる。
追いついた真子が言う。
「雪子おばさん、大きけれどね、
温泉じゃないよ、ここは!」
「あら、そう。でも、良いわ!
こんな素敵なところに来られるなんて
夢みたい。温泉とかホテルとか最近全然
行ってなかったから。義時さん、本当に
ありがとうねぇ!」
「いえいえ、喜んでいただけて、良かった
です。じゃあ、どうぞ」
で、すたすたと入り口、池の方に歩いて行く
旦那と大伯母。
嫁は……。
「アレ?私は……?
何で、彼にだけ感謝して、私には何にも
ナシ!?」と思った。
なんか旦那をとられた感じ。
まぁ、ようするに、この日の妻の方を、
一言でいえば、『やきもち』を
やいてるってところ。
旦那が、当然、『客人』である雪子を
もてなし、そして、雪子も自分の娘の
ように育てた真子より、その配偶者と
なってくれた義時に重きをおく……。
それが、まだまだ『新妻』で、若く、
経験のない真子には分からない、
のだった……。
まあ、真子も、これからの年齢で、
二十代前半なのだから。
で、その直後。
池のところに出てきてくれていた
社長と、一行は出くわして、
驚くわけで…。
そこから。
15分後……。
真子と雪子は、【会傘の庄】の女湯の
中にいた。
ここでは、勿論、雪子を独り占め
できる、真子。
なぜなら、当然、絶対的に、諸問題的に、
旦那は、こっちには絶対に入って来れない
から。
で、義時がいないと…。
やはり、雪子も、ちょっとは素直に。
と言うより、いつも通りの、『雪子
おばさん』に。
湯気が立ち昇り、そして、子どもたちの
キャッキャと言う笑い声が響く……。
騒がしくも、落ち着ける雰囲気の空間。
雪子と真子は、並んで、湯に浸りながら
リラックスしていた。
ほっこりする。
雪子にあわせて、じっくりと、湯に
浸かっていると、じっとりと汗が
噴き出てくる。
「もう限界……!ってか、とっくに、
もう10分前に普段なら出てるわ!」
真子は我慢できなくなり、雪子に声を
かけて、湯から出た。
シャワーから流れ出る冷水が気持ち良い。
寝風呂で、「あぁ!」と幸せそうな
声を上げ、幸せそうな表情で、湯に身体を
まかす雪子を隣で見ながら。
真子は、言った。
まぁ、言ったあと、すぐに、身構えた
―怒られると思って―けど。
「ねぇ。足、本当に、大丈夫なの?
もう、あんまり無理しちゃ駄目だよ、
畑仕事とか……。
うん、今度、二人で、松山に行くよ。
それで、色々、畑仕事とか農作業やるね」
雪子は……。
素直に、喜んでくれた。
嬉しそうだった。
「ありがとうぉ。真子ちゃんみたいな
良い子が家族で、それに、義時さんの
ような素敵な人が真子ちゃんの旦那さんに
なってくれて……、私は、本当に幸せ者
だわぁ」
そして、雪子は、目を開けて、それから
真子の方を向いて言う。
「ありがとうね、真子ちゃん。
こんな良いところに、連れて来て
くれて」
一瞬で、その日感じた&抱いてしまって
いた『わだかまり』が消え去った。
遠く太平洋のかなたに……。
雪子と真子は、いすみ市の輝く夜空を
眺めながら、湯に浸る。
雪子が、急に手を伸ばしてきた。
一瞬、ドキッとしたけれど。
真子も手を握り返して…。
2人は手をつないで、湯の中で寛ぐ……。
育ての親と、嫁いだばかりの娘は、
大自然の下、昔に返っていた。
(・著作権は、篠原元にあります
・義時の車の車種、色は。
第十四章⑦に。どーぞ!
・真子視線の【会傘の庄】、そして
【会傘の庄】の女湯風景は第十四章
⑩-⑪に書いてあります。
・前話(第十七章⑨)で義時のことを大柄と
表現しましたが、彼の顔(イメージ)は
ノベルデイズの登場人物紹介に
あります(笑)みてください)