第十章 ⑪

文字数 3,384文字

そう、耳に入ってくる情報も目に見える
情報も、私の脳に、一つの判断を導いて
くれます。
まぁ、普通に考えて、常識的には、
あり得ないコト……。
でも、一瞬後、私は信じることが
できた、その判断は当たっていると……。
「あり得ない、信じられない!」と、
頭が叫びます。
「まるで、映画の話みたい!」と思い
ました。



私は、皆さん、ヤギヌマさんが……、
『ある人物』と同一人物ではないかと、
思ったのです。
いいえ、そして、すぐに、確信的判断に
変わりました。


「そうだ……。
ヤギヌマさんは、あの……!!」
こっちに向かって、必死に走ってくる
彼女を、さらに近距離で目にして……、
揺るがない確信に!!




ついに、彼女の吐く息の音も、聞こえる
距離になりました。
私は、平戸との距離を目測しました。
おそらく、40メートルあるかないか……。



彼女の目は潤んでいます。
当然です、ずっと、変態野郎から逃げて
きているのです。
しかも、周りの人は、誰も助けてくれない。
どんなに、怖かったことでしょう。


私は、目で、「もう大丈夫よ」と、
伝えようとしました。
彼女も目で「ありがとう」と返事をして
くれたように、思えました。


でも、次の瞬間、彼女が、何かに、
躓いたかのように見えました。
そして、前のめりになってしまった
のです!!


私の目の前で、転びかける彼女。
まるで、スローモーションを見ている
よう……。



咄嗟に、両手を差し伸べました!!
すぐに、バンッと言う重たさが、
私の体に響きました。


ギリギリのセーフで私は、地面に、
頭から倒れかかる彼女を、受け止める
ことができたのです!


……彼女は、脱力して、ふにゃふにゃ
でした、本当に。
ハーハーッと、苦しそうに息をし、
目を細くしながら、潤んだ目で、
私を見上げている彼女。
私の両腕の中には彼女の温かさ……。

必死に走って来たので当然ですが、
頬は真っ赤で、額から大量の汗……、
着衣もグッショリ……。


私は、「大丈夫。もう大丈夫よ」と、
優しく声をかけました。
自分の声が、震えているのが分かります、
感動で……。


彼女が、かすかな声で、「不動刑事……。
ありがとうございます」と……。
胸が、今まで一番、熱くなります。
彼女と目が合います。


彼女は泣き出してしまいました。
どんなに、怖かったのだろう……。
「もう絶対に離さない!」と、
誓いました、心の中で。




でも、これらのことは、一瞬でした。
私は、アホ野郎、平戸のことを思い出し
たのです。
だから、彼女を、地面に優しく座らせて、
立ち上がりました。
もう体力の有り余る高校生でないので、
足に力が入りませんでした、「年だ……」
と思う一瞬。


でも、何とかフラフラとですが、
立ち上がれました。


「平戸はどこだ!?」と、
平戸がいるだろう方向を見やります。
ハッとします!!
……平戸が、いないのです!


「私が、保護したのを見て、
諦めて逃げたのか?」と思いました。
もしくは、どこかで、私たち二人を、まだ
見つめているのかと……、辺りを、再度
見やりました。

でも……、やはり、平戸は見当たらない。
「やはり、諦めて逃げたんだ……。
逃がしたッ!!」と思いました。





しかし、違っていました!!
少し先……。
もう閉店している、あるお店の
シャッター前で、野次馬達が、騒いで
います。


そして、平戸が、若い男性に、羽交い絞め
にされながら、ギャーギャー騒いで
いるのです。
「放せーっ!!
俺は、何もしちゃいないだろ!
とっとと放しやがれ、このクソッ!」と
叫んでいる、平戸。







私は、傍で、しゃがみこんでいる彼女に、
「……まこちゃん?」と声をかけました。
「えっ?」と言う驚きの声と、
あの懐かしい眼差しで、もう十分でした!

間違いない、彼女こそは、あの……!!
私は、彼女に、続けて言いました。
「もう大丈夫だから、安心して。
ちょっと、アイツんとこに、行ってくる
からね」

私は、手錠の入っていないもう一方の
ポケットに左手を入れ、ハンカチを
取り出し、彼女に渡しました。
彼女は、ポカンとした表情でしたが、
私のハンカチを受け取ってくれました。


すぐに平戸の方、あの野次馬達のところ
に駆けて行きます。



閉店した金庫屋のシャッター前には、
平戸と、その平戸を羽交い絞めする若い
男性……。
そして、その周囲を囲む野次馬が10人位。



私は、左手で、警察手帳を取り出し、
声を出しながら、一団に近づきました。
「皆さん!
阿佐ヶ谷中央警察の者です。
通してください!」。


野次馬達が一歩、二歩と退き、
羽交い絞めにされた平戸と、
羽交い絞めにしている体格のいい
男性が私の目の前に、現れます。




私はゴクッと、唾を吞み込みました。
もう一度、左手で後ポケットの手錠を、
確認します。
「でも……」と思います。
そうです……。
その場で、平戸に手錠をかける、つまり、
逮捕できる理由が思い当たりません
でした……、先輩達なら違ったでしょう
けど。

で、「逆に……」と思いました。
この後、もしくは、今日中に、
私が逮捕されるかも……。
「公務執行妨害、道交法違反……か」と、
心の中で言います。


話を戻して、平戸ですが、確かに、女性に
対してつきまといを続け、現についさっき
まで、嫌がる女性を追いかけまわして
いた……。
でも、それだけじゃ、現逮は無理。
命令等も出ていない、この段階で、平戸を
逮捕出来るだけの明確な罪名が、何も
思い浮かびませんでした、アノ時の私には。


「現逮は、無理だな……」と
判断しましたが、でも、このまま
平戸をノコノコ帰すなんて、
絶対にあり得ません!!
「署に、絶対、連行する!」と、
腹を決めました。
考えをまとめて、平戸に近づきます。




私は、平戸を羽交い絞めしてくれている
男性に、もう一度、警察手帳を見せながら、
「ご協力ありがとうございました。
阿佐ヶ谷中央警察です。
あとは、私が、連行しますので……」
と言い、そして、平戸の腕を取りました。
私が、奴の腕を掴むと、若い男性は、
軽く会釈して、羽交い絞めを解きます。

代わりに、私が、平戸を完全に確保
しました。
一瞬、平戸は腕を振りほどこうと
しました。無言で……、かなり強く!
「現逮できるかも」、一瞬思いました。

正直、もっと、反抗してほしかった!
力強く反抗してくれ、私の手を
振りほどくとかして、彼の手等が私に、
直撃でもするなどしたら、すぐに、
公妨で現逮でした。
そうなって、ほしかった、実際。



でも、平戸は、おとなしくなって
しまいました。
警察官に確保されたので、諦めた
のでしょうね。



私は、あの彼女……、いえ、大親友で
ある、まこちゃんの方をチラッと見て、
そして、平戸に、冷たく宣言しました。
-ちなみに、周りには、もちろん野次馬
がいます。
いいえ、さっきより、その数は増えて
いました。
まあ、商店街のド真ん中での、『捕物』
に、野次馬がどんどん集結してくるのは
当然です。
それに、平戸を羽交い絞めにしてくれて
いた男性も傍に立っています。-

私は、彼らを気にせず……、いいえ、
逆に、わざと、彼らに聞こえるように、
ハッキリと、これ以上ない大声で、
ゆっくりと-周囲に聞こえやすいように-
平戸に、言ってやりました。
「平戸、狩男さん、ですね?!
阿佐ヶ谷中央警察まで、ご同行、
願います!!」
コイツの本名をしっかりと知らしめて
やる……、思い知れ!!


だけど、次の瞬間、予想外のことが……。
平戸が、反撃のつもりなのか、大声で
叫び出したのです。


「離せっ!!
俺は、ナンも悪いことはしてない--!
第一、その女はなぁ、どんな男にも
媚び売るメスネコなんだヨ!!
公衆便所みたいなヤツなんだ!
お前ら警察が、守る必要なんて、ない女
なんだ!
あんな女にかまって、時間無駄に
すんな!この税金泥棒のアマデカ!!」。


私は、ハッと、息が詰まりそうになり
ました。
彼女の方を見つめます。


百歩譲って、私のことを、「税金泥棒」
呼ばわりするのは、許せる!
今まで、警察官として、何度も言われて
きたし、慣れてる……。
でも……!!
彼女に対する暴言は、絶対、許せない、
いや、許さない!!!
彼女を侮辱した平戸への怒りが、
私の腹の中で、燃え上がります。


当然、平戸の叫びは、彼女にも聞こえて
います。
可哀そうな、彼女は、両手で両耳を覆い、
体を震わせている……。
あんな酷いことを多くの人の聞いている
所で叫ばれてしまったのです、当然です。


私の怒りが、私の口を開かせます。
今思えば、手が動かずに、良かった……。
手が動いていたら、逆に、こっちの負け
ですから……。







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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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