第九章 ⑬
文字数 3,356文字
チャイムがなったので見てみると、
扉の外に、彼女・長谷島志与が、
立っていました。
私は、意を決して、居留守を使いました。
しばらくして、長谷島志与からの連絡は、
途絶えました。
長谷島志与が訪ねてくることもそれ以降、
一度もありませんでした。
私は、それで良いと、思うことにしました。
このまま「人生の半ばで会えた素晴らしい
友人、本当の友だった」と言う記憶で、
長谷島志与のことは、美しく憶えて
いたかったのです!!
気づかれて、知られて、
「やっぱりバカにしだして、
ネタにしだした人」と言う記憶には、
絶対にしたくなかった!!
ただ、悪い記憶にはしたくなかったのです、
長谷島志与のことを……。
だから、私は長谷島志与への『戸』を、
閉じたのです。
でも、長谷島志与のことは、大好きでした、
以前と変わらず……。
だから……、どうしても、彼女の携帯電話の
番号とメールアドレスは消せませんでした。
その後、私は、本当に短い期間でしたが、
思い出したくない喫茶店で働きました。
でも、同年代の女の子が客として来て、
イヤなことがあり、あと、あまりお金に
ならなかったと、言うべきですね。
……かなり、新宿では稼げていましたから、
その点で嫌になって、すぐに辞めました。
それからは、銀座のクラブ、
池袋のキャバクラ、千住のキャバクラで、
働きました。
そして、最後にさっきもお話しした、
マンションから自転車で通える距離に
あるキャバクラで働くことになるわけです。
とにかく私は、長谷島志与から伝授して
もらった『ノウハウ』をフルに活用させて
もらいました。
喫茶では、あまり活用できませんでした
けどね。
あくまで標的、敵は、男なのです。
そいつらから、かすめ取り、
奪い取るのです!!
いかがわしいけど喫茶じゃ、
できません。
「ここって……。間違えたな、職を」と、
すぐに思いました。
今でも、「何で、あんな店の面接なんて
行ったかなぁ」と思います。
本当に不思議です。
それで、とにかく、喫茶は1週間足らず
で辞めて、クラブやキャバクラに、
私は戻りました。
燃えていましたね、あの頃は。
長谷島志与がいなくても、一人で、
『てっぺん』を目指すんだと。
我武者羅に頑張っていたのが、あの時期
です。
長谷島志与と一緒だった時のように
楽しくはありませんでしたが、
ヤる気と闘争心に燃えて、バンバン稼ぎ
ました。
はい、それで、私の『最後の夜の店』
となった、杉並区内にあるキャバクラの
話に戻しますね。
私には、20代前半と言う若々しさが
ありましたし、内に燃え滾る敵対心、憤り
がありました。
それらが、最強のバイタリティとなって
いました。
死に物狂い、と言う表現がピッタリですが、
奪い、かすめ、自分の通帳の残高を増やす
ために、まさに、死に物狂いで、どんどん
『男』共に近づきます。
と言うよりは、クズ共、『男』の方が、
こっちに近寄って来てくれるのです。
あの頃は、指名、固定が増えることが、
私のプライドを満足させてくれていました。
でも私は決めていました。
身体は、絶対に使わないと!!
どんなに、奪えそうでも、ホテルまで、
着いて行く『関係』は、絶対に、
許せませんでした。
私は、22歳になっていました。
「敵共の汚れた血が、入るぐらいなら、
死んだ方がマシだ!!」と考えていました。
22歳で、キャバクラで働きながら、
こんなことを真剣に考える女なんて、
私ぐらいでしょう。
そして、22歳の冬、杉並のお店での
ことです。
ある男が、来ました。
それが、私の人生の大きな『転換となる
出会い』でした……。
私とある女の子がついたのですが、
その『男』は、一目で、金を持っていない、
つまり、言葉は悪いですが、
「カスだな……」と分かりました。
私も、その頃には、瞬時に「カモだ」とか
「ダメだ、こいつ」と、判断出来て
いました。
はい、面白いもので、環境の問題ですね、
あの頃は、そう言う見抜く力がありました。
でも、今、その力はどこにも
ありません。
ただ、「あの頃、本当に凄かったなぁ。
よく分かったよね、顔見ただけで」と、
懐かしく思うだけです。
まぁ、大げさでなく、本当に、百発百中
でした、あの頃の私の『読み』は……。
話を戻しますね。その日は、まだ、
上得意客や固定が来ていなかったことも
あったので、「こいつからは見込めないな」
と分かっていましたが、適度に力を抜いて、
その『男』に接していました。
いつも通り、初めての客なので、
下の名前を訊いて、下の名前で呼んでやり、
そこから話をもっていく……、楽勝です。
いつものヤり方、長谷島志与に教えて
もらったノウハウを実践するだけです。
そうですね。私は、絶対に、『男』の
名前を呼ぶときに、姓では、呼びません
でした、あの頃は。
それが、『私流』、と言うより、
『長谷島流』でしたから!
とにかく、目の前がカスで、奪えなくても、
貢がせれなくても、一応お店の売り上げに
なれば、私の給料として反映はされます
から、『出す力』は固定や指名に対応する
時の半分位にして、私は『接客』
しました……。
普段なら、すぐに、固定や指名で呼ばれる
のですが、その日は、たまたま、お店が
空いていたのです。
それでも、もうそろそろと思った時、
その『男』は、私ともう一人の子に、
安っぽい名刺を渡してきました。
有名ではない、おそらく中小企業で
しょう、建設会社の名刺でした。
でも、私は、その名刺を見て、一瞬固まり
ました。
その名刺に書かれている、その『男』の
名前に、見覚えがあったのです!!
皆さん、その名刺になんと印字されてたと
思いますか?
その名刺には、「平戸」と言う姓が、
書かれていました。
もちろん、フルネームで書かれて
いましたが……。
皆さん。
私は、全身の血が、奮い立つ感じが
しました!
席を離れかけていたのですが、
ゆっくりと悟られないように腰を下ろし
ました、必死に自然を意識して……。
そして、私は、普段以上に『男』に話を
振り出しました。
カスだけど、平戸から色々訊き出した
かったのです。
それで、あの類の『男』は、普段家でも
会社でも無視されていますから、
質問されると喜んでペラペラ話します。
私は、頷き頷き、真剣に聞き-情報収集-
ました。
平戸は、嬉しがっていました。
でも、実際問題、私は、一目でカスと分る
平戸自身に興味なんて全くありません!
ただ、こいつが、「あの平戸」なのかが、
知りたいだけです。ただ、それだけ……!
皆さん。
その『男』・建設会社のヒラの平戸は、
やはり、私の思っていた通りの年齢で
した!
そして、やはり、川崎育ちで、川崎市内の
高校を出ていました!
そして、やはり、高校時代は、野球部で
ポジションは、キャッチャーでした!!
私は、心の中で、確信しました。
「あの男子高生、平戸のクソだ!」と。
両手の震えを必死に、スカートの下で、
隠しました。
皆さん。
目の前で酒を飲んで良い気になってる
しがないサラリーマンこそ、
私の最愛の母、峯子を強姦犯であるクソの
父に、引き渡した、あの高校生なのです!
愛媛から川崎に出て来て、ずっと必死に
捜し回っても見つからず、諦めていた、
あの平戸のクズ野郎が、目の前に、突然
現れたのです!!!!
しかも、あっちから、私のいる店に、
やって来た!!
「天が、私に味方した!」と思い、興奮し
ましたが、私は、世界のクズの頭平戸に
笑顔を向けました。
でも、頭の中で必死に考えました。
どうすべきなのか、今この時、自分は、
いったいどうするべきなのか……。
二つの選択肢が、パッと浮かびました。
一つは、このクズ野郎に、『あの夜』の
母のことを語ってあげると言うこと。
でも、この最底辺の『男』に、
『あの夜』の母のことを突きつけた
ところで、後悔もしないし、嘆きもしない
だろうと、判断しました。
平戸は、『そう言うどうしようもない男』
の臭いがプンプンしてましたからね。
つまりは、最低な『男』、私が今も心底
嫌う、フィリピン野郎です!!!!
決めました。
この、『どっから見てもカス野郎』としか
言えない、金はないと分かりきってる『男』
を、この私の『奴隷レベルの虜』に、
してやろうと!!
金がない、こいつに、返済不能までの借金
をさせて、奪い、かすめ取ってやると!!
最後は、サラ金地獄で自殺に追い込んで、
私の手でなく殺すと、腹を決めました、
平戸に、満面の笑顔を向けながら……。
(著作権は、篠原元にあります)