第七章 ③
文字数 3,609文字
いる新しい住民票や保険証を、
手にしました。
その私を見つめて、雪子おばさんが、
言います。
「真子ちゃん。私のことを、無理して、
『お母さん』なんて、絶対に、呼ばないで
良いんだからね。あなたのお母さんは、
峯子さんだけだもの。だから、今まで通りで
ええのよ」
雪子おばさんの思いやりに満ちた
言葉でしたが、その心は、当時の私に、
伝わっていませんでした。
私は、空返事をしながら、他のことを
考えていたのです、実は…。
そう、「復讐しに行くんだから、
奥中のままで良かったわ。わざわざ、
雪子おばさんと養子縁組しないでも、
良かった」と。
雪子おばさんの好意に、感謝をせずに、
ただ、不平不満、そして、世間への怒りで
いっぱいな、その頃の私でした。
でも、雪子おばさんは、昔と同じく、
いつも讃美歌を口ずさんでいましたし、
日曜日は教会に出かけて行くのでした。
しかも、日曜日の朝早くから。
時には、「教会の皆で食べるんよ」と
言って、惣菜や果物を両手いっぱい
持って出かけます。
当然、私も誘われました。
でも、行きたくありませんでした。
教会で言われる、教えられるのは、
「赦しなさい」とか
「人のした悪を思わず……」だと、
分かっていました。
復讐を誓い、復讐のためだけに生きようと
する自分の行く場所ではないと思って
いましたし、復讐心に水を差されるような
ことを聞きたくありませんでした、本当に。
雪子おばさんには、
「今は、一人でいろいろ考えたい。
落ち着いたら、一緒に行くわ」とか言って、
私は、家にのこりました。
実際、私は一人で毎日、そう日曜日も、
部屋で、色々考えていました。
また、筋肉トレーニングをしていました。
そして、コンピューターを使って、
平戸のことを探し出そうと必死でした。
まぁ、雪子おばさんは、私が、
母を亡くした悲しみを乗り越えながら、
将来のことや、今後の生き方を真剣に
模索しているのだろうと思っていたこと
でしょうけど…。
でも、実際は、違いました。
ただただ、2階の奥にある、暗くひんやり
した部屋で、私は、平戸のことを、
平戸を殺すことを考え抜いていたのです。
本当にあの頃、かなりの時間を費やして、
平戸がどこにいるか割り出そうとしました。
いろいろな情報を見てみましたし、
使えるモノは使いました。
でも、母の、あの手紙に書かれていた
内容だけでは、到底、探し出すなんて、
不可能でした!
ある日、私は、決めました。
もう、愛媛を出ようと。
ここにいれば、朝昼晩の食事の心配も
ないし、ある意味、雪子おばさんの
保護下で安心して過ごせる。
でも、ここにいても、もう平戸のことを
調べたり、探すことは不可能だ。
一か八か、母とクソ野郎の平戸があの夜
遭遇した、川崎市に出て、どんな仕事でも
良いから仕事を見つけて、あっちで、
平戸に関する情報を手に入れよう。
それでも、平戸が見つからないなら、
あの夜、母が、世界の呪いの王・父に、
犯されたと言う例の空地を見つけ出して、
そこで自ら命を絶とう……。
自分がこの世に生み出されることになって
しまった悪夢的事件が、起きた、
その空地で!
私は、このように、決心しました。
奈良県から愛媛に移つり、そして、
柳沼姓になってから、まだ2か月も
経っていませんでした。
でも、私は、決めました。
神奈川県川崎市生田区に行こうと!
調べてみると大学の町のようでした。
若い私が、突然行っても、怪しまれる
ような閉鎖的町ではないなと思いました。
翌朝、朝食後、私は雪子おばさんに、
「東京に近い、神奈川県に出て、そこで
働きながら一人暮らししたいの。
前に話した、グランドドスタッフは、
諦めたから…。まぁ、現実的に、私の今の
レベルじゃ難しいしね。
だから、お母さんが、若い頃に住んでた、
神奈川県の川崎市って言うところで、
一人暮らししながら、仕事して、
生活していきたいの」と話しました。
当然ですが、雪子おばさんは、
「何言っとんの!一人で、神奈川に行って
働く?
中学卒業しただけの女の子を雇ってくれる
ところがあると思っとんの!?
しかも、一人暮らしって!
料理も家事も全部自分でやるって、
どれ程大変なことか分かる!?
……ダメ、絶対、親として許せんわ!」と、
猛反対でした。
私も負けじと、
「雪子おばさん。
今は、中卒でも雇ってくれる会社は、
あるわ。
雪子おばさんには、本当に、感謝している。
私を助けてくれて、ここにも、住まわせて
くれて。
でも、いつまでも、雪子おばさんに甘える
わけにはいかないし、早く自立したいの!」
と反論しますが、
「高校には行かない。色々考えたいの、
一人で」と伝えた時とは、全然、スケールが
違います。
雪子おばさんも、今回は、全く、
ゆずってくれません。
その日、話の決着はつきませんでした。
私も押し通すつもりでしたし、
雪子おばさんも折れてくれそうに
ありませんでした。
雪子おばさんは、
「ちょっと冷静になって考えんさい。
中学卒業したばかりの女の子が、
一人で都会に出て行ったら、変な目に
遭うのがオチなんよ、今の社会は!
じっくり、自分の計画が、ホンマに
正しいのか考えてごらん」と言い、
テーブルから立ち上がりました。
私も、このまま話しても平行線だと
思ったので、「分かった」と言って、
部屋に下がりましたが、全く分かった
わけではありません、俄然、燃えました。
猛反対され、必死に止められたので、
逆に、絶対に川崎市に出るんだと言う
決心が固まりました。
そして、画面を開いて、調べ出しました。
神奈川県川崎市生田区周辺で、
私のような中卒でも働ける、しかも、
住み込みで働けるような職がないかを。
もちろん、見つかりません。
ある種の仕事なら見つかりそうでした。
でも、『そういうお店』でした。
私だってある意味分かっていました。
「中卒の女……。住み込みで働きたい。
普通に考えたら、風俗とかになっちゃう
よね」と。
実際、風俗関係なら見つかりそうでしたし、
危ない情報とかたくさんありました。
でも、私は、絶対に嫌でした!!
母は、性欲の悪魔である父の欲望の
はけ口にされて、突然、私を身籠って
しまった。
この身を、男の性欲のはけ口には、
絶対にさせないと、それだけは、
固く決めていました。
だから、数日間必死に探しました。
生田区とは言わず、周辺地域にも
目を向けました。
もう川崎市ならどこでもと……、それと、
こだわっていた職種の限定も取り除いて、
とにかく調べました。
その数日間は、雪子おばさんと、
その件で話をしないように気を付けながら
過ごし、とにかく自分の部屋で、仕事を
探しまくりました。
思い出します。
雪子おばさんと、その話になったら、
時間も取られますし、ややこしくなるので、
その話が出ないように、また、その話に
ならないように、かなり努力しました。
でも、なんとなくですが、雪子おばさんも
その話を避けているような気がしました。
そして、探し出して、何日目だったで
しょうか。
あるスーパーマーケットの求人情報が
ヒットしたのでした。
川崎市に本店があり、市内で本店を含め
4店舗を運営するスーパーマーケット会社の
求人情報でした。
生田区にはお店がありませんでしたが、
生田区に電車で、すぐ行ける地区に
スーパーがあり、有難いことに、
そのスーパーで、従業員を募集して
いたのです。
しかも、そのお店こそ本店、
川崎本店でした。
私は、この求人情報を見つけた時、
大袈裟でなく飛び上がりました!
「天は我に味方した」と口から
出ていました、自然と。
皆さん。
話がうまくいきすぎのように感じられると
思います。
でも、本当に、私でもイケそうな条件だった
のです。
それはそれは、有難い条件が、
並んでいました。
『 川崎本店 従業員急募!
・性別問わず
・仕事内容 レジ打ち、品出し、
在庫管理、宅配等
・住み込み可(寮アリ)
・勤務時間 週6日 朝9時~19時
・給料 14万円~ 昇給アリ
・応募資格 高卒もしくは専門学校卒業
・英語できる者歓迎、
・自動車免許保持者歓迎 』
こんな内容の求人情報でした。
週6日、朝から夜まで働いて、14万円と
言うのが、妥当なのか、社会経験のない
私にはよく分かりませんでしたが、
住み込み可能、寮があるのです!!
私に、ピッタリです!
しかも、スーパーです。
内容は、レジ打ちや在庫管理とか……。
変な仕事、体を売るようなクソな仕事じゃ
ありません。
でも……、『応募資格 高卒』
この6文字が、私を絶望へと、
追いやりました。
「あぁ、ダメかぁ。高卒かぁ」、失望です。
でも、私は復讐を誓い、新しくなった、
女でした。
世間で言う、高校1年生と同じ年齢
でしたが、平戸殺害を誓い、母の無念を
果たすことを使命として、燃え滾って
いました。
こんな好条件を出している、この店の、
求人情報をやすやすと見逃すことは、
できません!
「絶対、ここだ!何が何でも、
落としてみせる」と言いながら、私は、
携帯電話を手にしました。
そして、そのスーパーに、愛媛から電話を
かけたのです……。
(著作権は、篠原元にあります)