第十六章 ㊾

文字数 2,011文字

でも…。
なかなか言葉が、出てきません。
口に頑丈なロックをされているかの
よう。
心拍数も急激に上昇しているのが自分で
分かります。

正直、逃げ出したい。
何事もなかったかのように……。
別の他愛もない話をして、紛らわせたら、
と一瞬考えます。
でも、それだと、『裏切り』に、さらに、
『裏切り』を重ねるだけになってしまう
のです。
最悪、です。


なので、口が動かないならと、手を
動かしました。
傍に置いておいた鞄の中から白い紙袋を
取り出します。
例の『クスリ』が大量に入っている紙袋。

で、躊躇う余裕を自分から奪い去る為に
バッと、紙袋の『中身』を、夫と私の
間にあるローテーブルの上に……!

驚きで、目を大きく見開く夫。
おそらく、男性である夫は、初めて
見たでしょうから。
ソレらが、経口避妊薬だとは分からな
かったのでしょう。
何かの薬かなぁ、と。

「みど…。コレ、何の薬だい?
体調、悪いのか」
真剣に、そして、優しく訊いてくる
夫……。
さらに、胸が痛みます。
「こんな人を、自分は、ずっと……」

ソファーから腰を上げ、土下座した
……、そこまでは憶えています。
あとは、どのように『告白』したのか
正確なところは憶えていません、正直
…。


でも、気づいたら。
私たちの家の中を沈黙が満たして
いたのです。
恐る恐る、顔を上げると、そこには。
顔面を真っ赤にし、今までに見たこと
のない表情をして、まさに震えている
夫。
必死に、怒りを抑えているように
見えました。

その夫が、無言で、歯を食いしばり
ながら、私を、睨みつけています。
私は、ただ、床に這いつくばっている
ことしか、できません。


しばらく、そんな時間が、続きました。


そして、夫の方が、最初に口を開き
ます。
「そ、それが……、経口避妊薬、
ピルで。
お前は、それを、ずっと飲んでた
わけだ」

ドキッとします。
心臓が、いや、全身が、鋭い刃で
刺されるような……。
初めて…、そうです、お見合いの日に
出会って以降初めて、彼に、『お前』
と呼ばれたのです。
しかも、それまで聞いたことのない
冷酷な声音で。
きみ、みどり、みど……でなく、
『お前』です。
その一言に、彼の怒り、彼の困惑、
彼の受けた衝撃が凝縮されているの
でした。


で、黙っているわけには、いきません。
「そ、そうなの」


そして、再び、静寂……。
「何故、何も言ってくれないの?」
「何か言ってくれた方が楽なのに…」
「思い切り罵倒するか怒鳴ってほしい」
そう思いました。
でも、夫は……。
ずっと、黙っていて。
しかも、私を見ずに。
ソファーに座って、腕組みして、
天井を見つめているだけ。

恐れ、おののきが、私に襲い掛かって
きます。
全身がわなないてきます。
この後、何が起こるのか。
人生で初めて、身の毛がよだきます。


そのまま、『沈黙』が続く中。
情けない話ですが、土下座したまま、
私は、泣き出してしまいました。
泣いてはいけないのに……。
悪いのは、100%私であって、彼では
ないのに。
そう、強いて言えば、泣きたいのは
夫の方であるはずなのに。


情けなくなって……と言うより、
泣いてしまっている自分が、心底イヤで、
だから…、私は、震えを抑えながら、
必死に話し出すことにしたのです。
正直な思いを…、聞いてくれるかは
分からないけれど、夫に伝えたい…。
それだけでした。
「ほ、本当に、ごめんなさい。
何を言われても……、い、言い訳
できないし、それに……。
『別れよう』って言われても反論
できない……。
で、でも…。もう1回チャンスもらえ
たら……」

額を床に押し付けて、一気に
伝えました。
「もう、絶対、こんなバカなこと
しませんッ!!
本当に、今まで、ゴメンなさいッ!!」

そのまま、ずっと、冷たい床に顔を
押し付けたまま、私は待ちました。
夫の反応を。
でも、当然……。
夫は、何にも言ってくれません。
何の行動も起こそうともしません。
ただ、夫の呼吸音が聞こえてくる
だけです。

頭の中は、悪い想像だけで、いっぱいの
状態でした。
「離婚ってことになるかなぁ」
「……そうなったら、警察にもいられ
なくなるなぁ」
「あちらのお義父さん、お義母さん、
それにうちの両親にも顔向けできないな」



その時。
突然です。
夫が、ソファーから立ち上がったのが
分かりました。
ローテーブルを回避して、こっちに
近づいてくる!

「ヤラれるかも……」と一瞬
思いました。
身を縮こませて、目をしっかり瞑り
ます。
たとえ、どんなに暴力を受けようと、
そうなるキッカケを作ったのは、
妻である自分なのですから……。
それに、いっそ、気のすむだけ
殴ってもらい、蹴ってもらい、
アザだらけにしてもらって、翌日
登庁できない位にしてもらった方が
気分的にも楽になるかもしれない
……、そう思って。
何されても受け容れようと、決意
しました。
歯を食いしばり、身体に力を入れ
ます……。









(・著作権は、篠原元にあります


・本日も読んでいただきありがとう
ございます!


・次話、不動刑事〔夫〕が、不動刑事
〔妻〕に、どのような対応をとるのか
……?              )
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登場人物紹介


奥中(おくなか) 真子(まこ)のちに(養子縁組により)(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)栄真子




 本書の主人公。小学校3年生のあの日 、学校のクラスメートや上級生、下級生の見ている前で、屈辱的な体験をしてしまう。その後不登校に。その記憶に苛まれながら過ごすことになる。青春時代は、母の想像を絶する黒歴史、苦悩を引継いでしまうことなる、悲しみ多き女性である。





(あし)() みどり



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、大親友。



しかし、小学校3年生のあの日 、学校の廊下を走る真子の足止めをし、真子が屈辱的な体験を味わうきっかけをつくってしまう。



その後、真子との関係は断絶する。










(よし)(とき)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメート。葦田みどりの幼馴染。



小学校3年生のあの日 、学校の廊下で真子に屈辱的な体験をさせる張本人。











奥中(おくなか) 峯子(みねこ)



本書の主人公、真子の母。スーパーや郵便局で働きながら、女手ひとつで真子を育てる。誰にも言えない悲しみと痛みの歴史がある。








雪子(ゆきこ)



本書の主人公、真子の大伯母であり、真子の母奥中峯子の伯母。


愛媛県松山市在住。







銀髪で左目に眼帯をした男



本書の主人公、真子が学校の廊下で屈辱的な体験をするあの日 、真子たちの



住む町で交通事故死した身元不明の謎の男性。



所持品は腕時計、小銭、数枚の写真。










定美(さだみ)(通称『サダミン』)



本書の主人公、真子が初めて就職したスーパーの先輩。



優しく、世話好き。



だが、真子は「ウザ」と言うあだ名をつける。









不動刑事



本書の主人公、真子が身の危険を感じ、警察署に駆け込んだ際に、対応してくれた女刑事。



正義感に溢れ、真面目で、これと決めたら周囲を気にせず駆け抜けるタイプである。



あだ名は、『不動産』。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課巡査部長。
















平戸



本書の主人公、真子につきまとう男。



また、真子の母の人生にも大きく関わっていた。






愛川のり子



子役モデル出身の国民的大女優。



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌などで大活躍中。







石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子の小学校時代のクラスメートであり、幼馴染。小学校3年生のあの日 、真子を裏切る。




(やぎ)(ぬま) 真子のちに(結婚により)(さかえ) 真子



 本書の主人公。旧姓は、奥中。



小学校3年生の時、学校中の見ている前で屈辱的体験をし、不登校に。



その後は、まさに人生は転落、夜の世界へと流れていく。



だが、22歳の時小学時代の同級生二人と再会し、和解。回復への一歩を歩みだす。

(さかえ)(よし)(とき)



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をさせた張本人。



そして、真子が22歳の時、男に追われているところを助けた人物でもある。



その後、真子の人生に大きく関わり、味方、何より人生の伴侶となる。

柳沼雪子



本書の主人公、真子の大伯母。養子縁組により、真子の母となる。



夫は眼科医であったが、すでに他界。愛媛県松山市で一人暮らしをする愛の女性である。

定美(さだみ)(通称・『サダミン』)



本書の主人公、真子が大事にしているキーホルダーをプレゼントしてくれた女性。



真子が川崎市を飛び出して来てから長いこと音信不通だったが、思いもしないきっかけで、真子と再会することになる。

不動みどり



本書の主人公、真子が小学校3年生の時、屈辱的体験をするきっかけを作ってしまう。



そして、真子が22歳の時、再会。つきまとい行為を続ける男から真子を助ける。



旧姓は、葦田。警視庁阿佐ヶ谷中央警察署生活安全課・巡査部長。

都和(とわ)



明慈大学理工学部で学んでいた女性。DVによる妊娠、恋人の自殺、大学中退……と、真子のように転落人生を歩みかけるが、寸前を真子に助けられる。

愛川のり子



〔あいのん〕の愛称で、幅広い世代から人気。



映画、テレビ、雑誌、海外でのドラマ出演など活躍の場を広げる国民的大女優である一方、息子の『いじめ報道』に心を痛め、また後悔する母親。



本名は、哀川憲子。

()(おり)



結婚した真子の義姉となる女性。



真子との初対面時は、性格上、真子を嫌っていたが、



後には、真子と大の仲良し、何でも言い合える仲になる。



名家の出身。



 

石出(いしで) 生男(いくお)



本書の主人公、真子を裏切った人物。



真子が小学時代の同級生二人と再会し、和解した夜に自殺。



第二巻では、彼の娘の名前が明かされる。

新名 志与


旧姓、長谷島。

第一章では、主人公に、『しーちゃん』と呼ばれている。

夜の世界で働いていた真子にとって、唯一の親友と

呼べる存在、姉的存在だった…。


ある出来事をきっかけに、真子と再会する(第二章)


小羽


 真子の中学生時代(奈良校)の同級生だったが…。


第二章で登場する時には、医療従事者になっている。

居村


 義時と真子が結婚式を挙げるホテルの担当者。

ブライダル事業部所属、入社3年目の若手。

 

真子曰く、未婚、彼氏募集中。

不動刑事


主人公の親友である不動みどりの夫。


石出生男の自殺現場に出動した刑事課員の1人。



最愛の妻、同じ署に勤務する警官のみどりが、

自分に隠れ、長年自宅に『クスリ』を保管、しかも、

所持だけではなく、使用していた事実を知った

彼は……。

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