第十七章⑳
文字数 3,332文字
置いている―出世のため―若造医師と、
話をまとめ、ある程度の金と高級住宅街の
新築家屋を【確約】させた診療科部長は、
その日のうちに、速やかに動いた。
また、当然……、政治家の大先生から、
ありとあらゆる今後の〔大学病院〕への
【裏便宜】と【裏支援】を約束された
病院長の存在もある。
彼も、速やかに動き、また、全ての
『後処理』の権限を眼科診療科部長と
若造医師に任せたのだった。
奴らは……!!
本来、その熱意と俊敏さと持てる力の
すべてを。
患者の為に、そう、自分―自分達―の
【医療事故】で、傷つけてしまった
少年の為に、使うべきなのに……。
そのために駆けまわるべきなのに、
本来は!!
だが、鬼畜共は、ただ、自分たちの
保身のためだけに。
あの少年と、その母親のことなんて
1m、いや、0,03mすらも、全く
考えていなかったのだ。
オペ室を出て、少年―なんとか失明は
免れたが、視力の大幅低下はどうしよう
もなかった―を病棟に送り、戦々恐々と
していた、本当の医療従事者チームは。
柳沼も、眼科看護師達も逃げ隠れする
気はなかった。
そして、理解していた。
『裁判』、『厚生省』、『医師免許』。
大変なことが、絶対に起こる。
まさか、起こらない……、いや、
それだけでなく、とんでもない
ことが自分たちにふりかかるとは、
全く予想もしていなかった。
そんな彼らに。
呼び出しが、かかる。
眼科診療科部長と例の【張本人】が
部長室で待っていた。
柳沼達を前に、藤川教授・部長は、
これから言うことは院長のご意向でも
あり、院長の指示だと前置きした上で、
とんでもない、いや、医学者としては
到底ありえない『内容』を話し出した。
部下達―部長の真横に平然と立つ
富増以外―は、藤川眼科診療科部長の
『院長公認の指示』に耳を疑った。
柳沼は、思った。
「このバカ共、正気か?!」
看護師達も同様だった。
脅迫を伴った箝口令。
そして、その場で、一人一人に
診療科部長から手渡された真っ白な
封筒。
中身は、当然。
柳沼も、そして、若くて経験がほぼない
新人看護師でも分かった。
「金…。口止め料か」
呆然とする面々。
呆気にとられる面々。
……を前に、診療科部長は冷静に告げる。
「とにかく、キミたちは、このまま、
これまで通り、業務に励んでください。
後のことは、大丈夫だから。
もう、富増先生のお父様ともお話を
してるし、当院の顧問弁護士の先生にも
院長から連絡が……」
何の躊躇いもなく、淡々と話す、
診療科部長の目を見て、柳沼は理解した
と言う。
「本気だ。コイツら、本気で、
なかったことにしようとしている……」
両手が震える。
だが、情けないことに、何も、その場では
言い返せなかった。
彼ら―上司たち―の本気さが分かって、
ある意味、怖かった。
歯向かえば、自分も消されると、
直感的に分かった。
それに、愛する女性―私―と一緒になった
ばかりなのに、職を失うわけには
いかない……。
誰一人、診療科部長と富増に反発する者は
なく、一同は、部長室を追い出された。
情けなかった。
医療に携わる者として……。
だが、自分達も生活がかかっている。
柳沼もベテラン看護師も若手看護師達も
葛藤、怒り、困惑。混乱の深みに、
堕とされた。
正義心がないわけではない。
だが、全員分かっている。
診療科部長と病院長の親密過ぎる関係。
それと、何より、富増の父親が『何者』で
あるかを……。
怒涛の1週間。
【医療事故】発生からの瞬く間な日々。
生きた心地もしない、そして、罪責感に
苛まれる院内での業務時間を必死に耐える
柳沼や看護師達とは別で、……。
病院側―大学病院長、診療科部長、富増
親子、そして、顧問弁護士と、富増議員の
完全支配下にある厚生省官僚―は、
『良心』、『患者』、『正義』を完全無視
して動いていた。
柳沼達の知らないところで…。
そして。
【医療事故】の被害者―少年―と、その
母親に、厳しく、冷酷に、立ち向かった。
彼らは本気だったし、ある意味、彼らに
『好都合』だった。
母子家庭。
しかも、母親は読み書きが不自由で、
日本語での会話も満足にできないような、
水商売のフィリピン人。
裁判費用もない、弁護士に相談も出来ない、
そんな相手だ。
本気になって、【隠滅】しようとする
彼らにとっては、最高の【被害者】だった。
高圧的姿勢、高圧的態度、高圧的言動で、
大学病院事務担当者と顧問弁護士は、
『書類』を見せびらかせながら、告げた。
「ここに、あなたのサインあるね?
あるでしょ!?
何か起こっても、責任をこっちに問わない
って、書いてるよね?
だから、病院側には責任ないよ!!」
仮に、相手が、日本人だったら……。
絶対に、ありえない、いや、絶対にできない
態度、言動、姿勢を貫いて。
オロオロする母親を、強制的に、面談室から
追い出して。
事務担当者と顧問弁護士は、その後、
診療科部長に報告した。
「こちらは大丈夫です。
あとは、すみやかに、あの少年を、
退院させてください」
部長室で大きく頷く、藤川部長。
そして。
後日。
病院側は、その母親に、いくばくかの
金―本当に、彼らにとっては、まさに、
『はした金』程度―を、渡して。
「これで、終わりね!?
これ、うちからの、まぁ、お見舞金
みたいなんもんだから。
はい、受けとって、ここに、サイン
して!!」
僅かな金を押し付け、自分たちに120%
有利な書類の束―彼女が到底理解できない
難解な文書、法律関係の誓約書など―を
強く押し付け、高圧的態度で、
有無を言わせずサインさせて…。
すべてを終わりにさせたのだった……。
同じころ。
柳沼達は、知った。
彼―少年―は、柳沼達の必死の処置で、
完全失明は免れたが…、だが、ほぼ失明、
つまり、左目の視力は一生回復しない、
メガネをかけてどうにかなるような視力
でもない、と言う……その事実を。
それに、左目の瞼に小さな傷も残る、
一生。
もう、左目は、眼帯しかないだろう。
そう、彼は、一生、右目だけで生活して
いかなければならない。
気の毒だ……。
だが、もう、自分達にはどうしようも
ない。
柳沼も、また、あのオペ室にいた全員が、
無力感に打ちひしがれた。
もちろん、詳しい話を、同僚にできる
わけもない。
まぁ、怪しむ看護師、医師たちが院内に
急増していたが、病院長や理事長の力で
すべて『ことは収まった』。
だが、まだ、知らなかった。
病院長、診療科部長、顧問弁護士、事務
担当者たちが、「一刻も早く、あの患者を
退院させよう」と話し合い、それが、
決まっているという、『到底ありえない
事実』は。
さすがに、それを知っていたら、彼らも
黙ってはいなかったかもしれない。
……
少年の人生を破壊した一方。
大学病院長渥美教授と眼科診療科部長
藤川教授は、厚生族の大物議員で、
前環境副大臣、そして、次の厚生大臣、
また、未来の与党【幹事長】とも呼ばれる
政治家先生と『深い深いパイプ』、しかも
一生涯続くであろうもので、それでいて、
公にはできないものを、得た。
それと、大金と新築家屋―もちろん土地
付き―、それから、将来の大学理事長職の
確定も。
当然、未来の与党幹事長の【政治生命】を
絶たないために、何も話さない、忘れる、
そして、政治家先生の『馬鹿息子』を
これまで通り働かせる―正義心の強い
本当の医師、看護師から守る―という
条件付きで。
重鎮医師たちは、喜んで、快諾した。
そして、世襲2代目の大物議員を父に持ち、
ゆくゆくは兄がその地盤を引き継ぐで
あろう、次男坊の馬鹿医師は。
父の力で、ありとあらゆる『訴追』、
そして、『失職』を免れて……。
その親父も、裏から、【暗い政界、官僚
人脈】を見事に乱用し、見事に、次男坊の
『医師生命の危機』と、自身の『政治家
生命の危機』を乗り越えた……。
よって。
富増安見の、犯罪、その事実は、
父親である富増虎三代議士の【政治力】と、
渥美博士と藤川教授の【病院経営判断】で、
完全に、闇へと葬られた。
(・著作権は、篠原元にあります
・次話、若く、出世コースには最初から
立っていなかった医師、柳沼が立ち上がる!?
【医療事故の隠滅】に、主人公・真子の
大伯母・雪子の最愛の人が立ち向かう…
そして、向かえる、悲しすぎる結末。
正義は、常に、勝つのではないのか!?
お楽しみに‥!!
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