第十六章 ㊵
文字数 2,747文字
そして、私は、震え、おののきます。
あんなことが、神も仏も信じていなかった
私に、……実際問題、起こるなんて!
いえ、勿論、変な心霊体験とか、怪奇現象
とかじゃありません。
本当に、自分で言うのもなんですが、
綺麗、美しく、完全、そして、緻密……、
そんな言葉を私が言うのもなんですが、
とにかく、それらがピッタリ、相応しい、
『劇的』な『幸福』が、あの日、私に
訪れたのです。
そして、そのことは、私も予想して
いなかったし、当然、真子ちゃんも、
柳沼さんも、そうなるなんて、知りも
しなかった…わけです。
その日は、忘れもしない。4月1日。
私たちは、愛媛県にいました。
私と真子ちゃんは、真子ちゃんの結婚前に
ということで、その日、弾丸スケジュール
で、愛媛に出かけたのです。
日帰りの予定で……。
そして、私達は、真子ちゃんが中学時代の
一部を過ごした、真子ちゃんの大伯母に
あたる柳沼雪子さんの家に、空港から
そのまま向かいました。
雪子さんは、初対面の私を、本当に家族
のように優しく迎え入れてくれて……。
普段相対する被疑者、悪ガキ達、それと
男だということだけで、こっちを軽んじる
上司、同僚達とは全く違う何かを、私は、
雪子さんの目、言葉遣い、態度に感じた
のを、今でもハッキリと憶えています。
それで……。
雪子さんは、朝から、手の込んだカレー、
それと、ほんの10分くらい前にとった
ばかりだという新鮮で、こっちじゃ、
手に入らないようなみずみずしい
野菜―雪子さんの畑で収穫した―の
サラダを……!!
本当に、本当に美味しかったぁ。
その朝食後、真子ちゃんに案内してもらい
雪子さん宅の前の山に行きました。
キレイな小川。
そして、桜の木。
それと、静かな池……。
何か癒されました。
そんなに高くない、その山からは、
雪子さん宅や周囲の田んぼ、畑、それと
学校の大きな体育館、校庭も見渡せて…。
真子ちゃんが、何とも言えない表情で、
見渡していましたね。
多分、懐かしかったのでしょう……。
それから。
私達は、雪子さんの運転する車に乗って、
愛媛観光に出かけることになりました。
私は、とにかく、道後温泉にだけは
行きたかったので、それは、前もって
何度も真子ちゃんに伝えてありました。
だから、全て、雪子さんと真子ちゃんに
お任せすることにしました。
全然、愛媛を知らない人間が、あーだの
こーだの言うよりは、地元の人に任せる
方が、絶対良いですから。
それで、まずはじめに、雪子さんは、
松山市の隣に位置するという砥部町に
連れて行ってくれました。
雪子さんと真子ちゃんが、「あそこが
ええね」、「あッ!絶対、良いね!
みどりちゃんも喜ぶよ」と話して
いましたが、雪子さん宅を出発して、
すぐに、本当にあっという間に、
着きました……。
そこは、大きな大きな池。
車の助手席から降りながら、
「まぁ、1周したら、完全に時間オーバー
だから半周位のとこで、引き返そうか」
と真子ちゃん。
うん。確かに、かなり大きな池です。
全体を見渡せないくらい。
周囲は、山々に囲まれています。
あと、遊園地みたいのも見えます。
「あれはねぇ、『少年少女のお城』言うって
ねぇ、子どもが遊べる施設やら動物園やらが
1つになっとんのよ」と、雪子さんが教えて
くれました。
確かに、素敵な場所でした。
何か、本当に、田舎だなぁって感じで。
野草、野花、そして池を眺めながら散歩
できるように、遊歩道があって…。
歩きながら、真子ちゃんが自慢気に言って
いました。
「良いでしょ、ここ!リラックスできて。
何年か前にはね、皇族も来たんだよ、
ここ!」と。
何か、その理由が分かる気がしました。
同時に、「警護とかで、愛媛県警、大変
だったろうなぁ」と職業病的なことも
考えてしまう、自分に……気づきます。
それで、そのあと……。
真子ちゃんの一番のおすすめスポットである
紅阪泉公園に。
助手席に座っている真子ちゃんが、興奮した
表情で、こっちを見て言うのです。
「みどりちゃん、着いたよ!
左側見てみてッ!!
スッゴイ、綺麗でしょぉ!!」と。
確かに……。
桜はキレイでした。
でも。
私が思っていたような、公園じゃなかった。
「うん?人がいっぱいいるし、車もたくさん
止まってるけど……。
単なる桜がキレイな通り的な…」と正直思い
ました。
でも、そここそ、あの日、私を変える、
『人生のターニングポイント』の第一箇所目
だったのです……!
ちょっとガッカリした感を隠しながら、
私は、興奮する真子ちゃんと、「久しぶり
だわぁ」と感慨深げに言う雪子さんに続いて、
車を降りました。
確かに、キレイです。
桜の木がいっぱいで、よく見たら、川なの
ですね。
雪子さんが、懐かしそうな表情で言って
いました。
「水も綺麗でしょうぉ?
今は、あんなに、浅いけどねぇ、昔は、
私の身長よりも深くて、夏には、子どもが
仰山泳いでおったんよ」と。
でも、「これくらいなら……。悪いけど、
こっちにもあるよね」と内心思いました。
真子ちゃんには悪いけど、そんなに騒ぐほどの
場所とは、到底思えなかったのです。
しかし、真子ちゃんは、本当に嬉しそうで、
「さぁ、早く!一番良いトコで、
写真撮らないとッ!!」と、周りの制服姿の
中学生位の子たちと同じくらい興奮していて、
本当、一瞬、中学生みたい……と思って
しまいました。
真子ちゃんが、まるで中学生かのように
走っていくので、私も着いて行きます。
それで……。
真子ちゃんが、「ここッ!!」と決めた
場所は。
うん。そこは、本当に、お世辞抜きに、
良い場所でした。
大きな桜の木の下。
桜の花が舞い、後ろからは川のせせらぎ
…………。
そこで、私と真子ちゃんは、雪子さんに
写真を撮ってもらったのです。
撮ってもらいながら思いました。
「そっか。ここは、観光スポットって
言うよりは、記念撮影とか、こういう、
入学シーズンの子たちの写真スポット
なんだ」と。
確かに、そう考えれば良いスポットです。
春、入学式シーズンにピッタリな。
「そうかぁ。だから、記念の写真撮る
ために、ここに連れて来てくれたんだ」、
私は、そう思って、真子ちゃんの方を
一瞬見たのです。
そしたら……。
なぜか、真子ちゃんが泣いていました。
ハラハラと涙が。
何で泣いているのか、私には、分かり
ませんでした。
「どうしよう?」と迷ったのですが、
見なかったことにした方が良いなと、
なんとなく直感的に思ったので、私は、
そのまま……。
雪子さんに撮ってもらい、駐車場に
向かいながら。
雪子さんも、勿論気づいたはずですけど、
何も言いませんでした。
そして、何より、真子ちゃんも、もう、
それまで通りの笑顔に戻って……、いや、
それまで以上に、同性の私から見ても、
綺麗な顔になった感じで…。
だから、私も、何も言わずに、2人に続いて
歩くことを、選んだのです。
(著作権は、篠原元にあります)