第十四章 ⑳
文字数 3,775文字
次男の彼女が、後部座席でオロオロして
しまっている。
そうだ、彼女の立場じゃ、こんな車内の
雰囲気、サイアクだろう……。
フッと息を吐く。
もう腹を割って話すか…。
定美は、口を開いた。
「ねぇ、義時と真子さん!
半分、半分でどうかしら?
何故かと言うとね、義治たちの時も
そうだけどね、やっぱり、栄家の息子の
式となると、親族や友人だけじゃなくて、
【会傘の庄】の従業員や取引先、それから
組合の人も呼ばないといけないのよ。
それから、お世話になっている市議さんや
県議さんたちもね。
何たって、もう、義時は実際、専務って
言う立場にあるんだしねぇ。
だから、その分、二人が考えている以上に、
招待しないといけない人は……そう言う
意味で増えるし、多くなる。
となると、式場や披露宴会場も大きめの
とこじゃないと、無理になる……。
それで、これは、専務としては当然のこと
だから、それはイヤって、わがままは許され
ないわ。
だから、いろんな意味で、今、あなたたちが
考えている以上に、お金はかかるだろうし、
それに、式場も、さっき、お父さんが言った
ように、しっかりしたところでないとダメ
だわ。
……そう言う、ウチの事情もあることだから
ちゃんと、私たちにも半分出させてもらい
たい。だって、半分は、会社関係の人たち
になるわけだから……」。
真子は、納得が、いった。
と言うより、事情が分かった。
彼の両親が、『結婚式費用』のことで、
こだわっていた『オトナの理由』……。
自分たちの未熟さ、それと、焦りとかを
認識する。
隣の義時を見ると、彼も、納得したような
表情だ。
そして、義時が、両親に、頭を下げた。
真子も、それにならう…。
定美が「良かったぁ!」と言いながら、
手を叩いた。
そして、運転席の夫に、
「お父さん、じゃあ、そう言うことで、
いきましょ!」と言って、念押しする。
義牧は、前を向いたまま、義時と真子に
言った。
「本当に、母さんの言ってるので、
良いのか?
総費用の半額は、こっちが出すと言う
ことにしても、会社関係で客も増える
から、お前たちが出す50%の金額も
かなりの額になるはずだぞ」。
一瞬、真子は気後れした。
本当に、どれくらいの額になるのだろう
……?
自分たちの……、いや、自分の貯金で、
総費用の25%が賄えるかどうか……。
でも、義時が、すぐに答えてしまった。
「大丈夫!!
それで、お願いします!」。
真子は、エーッと心の中で、叫んだ。
そこは、普通、まずは、会社関係や
組合関係でどれくらい人数が増えるかを
訊いて、予想金額も出してから、慎重に
答えるべきでしょ……。
と、思ったけど、もちろん、目の前に
彼の両親がいるので、言えるわけない!
よって、真子からすれば、ちょっと不安が
残ったけど、話は決まった。
結婚式に関する費用は、栄家の両親が
半分出して、残りの半分を義時と真子が
出す。
真子は、素直に、思った。
「何にせよ、本当に、有難いなぁ」と。
高速は、ガラガラだった。
それに、真子は、口には出さなかった、と
言うより、出せなかったけど、彼の父親が
かなり飛ばすので、すぐだった…。
で、そろそろ、目的の降り口という頃。
定美が、アッと声を上げた。
義時は、思った。
「何か、あのレストランに忘れ物したの
かな?」と。
でも、そうじゃなかった。
母は、振り向いて、訊いてきた。
「ねぇ。式をどこで挙げるかは、もう
決まってるの?
それとも、何か所か候補があるの
かしら?」。
これに対しては、真子が、答えた。
「まだ、正式には決まってはいませんが、
このお正月休みが終わったら、二人で、
見に行きたいなと思っている所が、2,3
あります」。
そう。二人の間で結婚が決まってから、
すぐに、買いに行ったんだ、雑誌を。
付録も付いていて、すごく大きくて、
すごく厚い、雑誌。
義時が、「こんなに大きいの?!
ってか、重ッ!」と驚いていた。
で、帰り道は、義時が、持ってくれた。
一緒に歩きながら、真子は嬉しかった。
まさか、自分がこの雑誌を、愛する男性と
一緒に読む立場になれるとは……。
そして、二人で、その雑誌から、良いなぁ
と思えるところを2,3ピックアップした
のだった。
次男の婚約者から、「まだ、正式に決まって
はいない」と聞いた定美は、すぐに、口を
開いた。ちょっと、興奮している…。
「あのね。お父さんの古くからのお友達が、
最近、大きなホテルの総支配人さんになった
のよ。
えっと、うんと……。
お父さん!
あの十文字さんよ!
どこのホテルだっけ?
あの有名な……、英語の名前の
ホテル……」。
義牧が、ボソッと、超有名ホテルの名前を
呟く。
定美が、手を大きく鳴らして、「そこよ、
そこ!そこの、千葉のホテルの総支配人
さんよね、十文字さん!?」。
義牧が、あぁと、頷いた。
真子は、ビックリした。
運転している、彼の父親に目をやる。
「あのホテルの総支配人?
千葉のどこだろ?
って言うか、そんな偉い人と、友達
なの?」。
義時も、思っていた。
「有名って、レベルじゃないぞ!?」。
日本人なら、ほとんどの人が知ってる
だろう。特に、ビジネスマンは。
最近は、駅のホームで、社長の写真を
バンッと出した広告を、よく見る。
女社長だよな……。
あそこなら、千葉にもかなりホテルが
あるだろう。
その、どれだろう?
幕張にある超高層ホテル、あれか……?
あれなら、プロ野球の試合を観に行く時、
何度も前を通ったし、1度、泊まったこと
もある、組合の関係で。
そうだ、あの時……。
理事長が、独身連中を、最上階のチャペルに
連れてってくれた。
ホテルの係員も一緒にいて、案内して
くれたな。
「挙式の際は、ぜひ、当ホテルで……」と
美人なホテルマンが営業していた、な。
うん、あそこは、眺めも最高だったなぁ。
「あそこなのか……」、義時は、考える。
そんな義時に、母の声が、飛び込んでくる。
「二人とも、まだ式場、決まっていないん
でしょう?!
それで、式は、もう、すぐの、今年の6月。
もしかしたら、良い式場は、ほとんど
予約いっぱいなんじゃないかしら?」。
実は、その心配は、義時にもあった。
だが、問い合わせようにも、どこも、
年末年始の休みだから、どうしようもない。
早く、休み明けになるのを待つしか
なかったんだ。
義時は、母に、同意の意見を述べた。
それを聞いて、母が、今度は、父に言う。
「だから、お父さん!
私ね、さっき、急に、十文字さんのこと、
思い出したのよ!
十文字さんに頼めば、優先で予約できる
だろうし、少しは安くなるんじゃない
かしら?
それに、十文字さんのホテルは、前に
パンフレットを見せてもらったけど、
キレイなチャペルがあったわよね?!」。
義牧が、ハンドルを握ったまま答える。
「あぁ、十文字のとこか。
あの幕張の野球場の近くにある、えらく
高いホテルだな……。
あそこなら、一番上に、チャペルがある
そうだなぁ」と。
真子は、歓喜寸前で、我慢した。
夢のような気分。
もしかして、このままうまくいけば、
あのホテルで……!?
千葉の幕張にある高層ホテル。
思い出す。
「前に、しーちゃんと行ったよね。
あそこのことだよね?」。
まだ、『夜の仕事』をしていた頃。
その日は、ラーメン屋巡りでなく、
ショッピングをしたいと言う長谷島志与に
付き合って、千葉の幕張へ出かけた。
帰りの途中、そのホテルの前を通った。
1人なら、そんなこと絶対にしないけど、
長谷島志与が、「ちょっと、見学してこ!」
と言うので、一緒に中へ入った。
広いロビー!
豪華な空間!!
キッチリした背広姿の人、外国人旅行客、
キャリアウーマン風の女性……。
なんか、軽装の自分たちが、場違いに
思えて、「早く、出たいなぁ」と思った。
けど、長谷島志与は、何ともない感じで、
「強いなぁ、しーちゃん」と思ったのを、
真子は、車内で、思い出していた。
半ば興奮気味の定美に、義牧が言う。
「十文字かぁ……。
そうだな、あいつに頼めば、いろいろと
心を配ってくれるだろうし、何より、安心
だな」。
「そうよ、お父さん!」と、定美が応える。
義牧は、今度は、義時と真子に尋ねてきた。
「幕張の球場近くにある大きなホテルだ。
母さんが言うように、そこに、良い感じの
式場もあるし、会場もある。
そこで、良いか?
まぁ、お前たちの希望の日が、まず、空いて
いるかどうか分からんが、とにかく、
その十文字に、話てみるか?」。
二人は顔を見合わせる。
答えは、一つ。
そして、同意見だ!
義時が、代表して言う。
「ぜひッ!お願いします!」。
ちょうど、高速を降りて、一般道に出た
直後だった。
義牧は、すぐに、ハザードランプをつけ、
そして、適当なところで、停車する。
義時と真子は、義牧が、携帯電話を
取り出そうとしながら、
「じゃ、今から十文字に電話してみるぞ」
と言うので、驚いた。
まさか、今日、話してくれる?
しかも、今、この車の中で、電話で!?
三が日ではないと言えど、まだ、正月
モードの今日。
それなのに、電話をかけることのできる
関係……?
二人で、顔を見合わせる。
後部座席で驚いている二人とは違い、
定美は、義牧を急かして、言った。
「お父さん!早く、急いで、かけてッ!!
善は急げ、よ!」。
頷き、義牧が携帯を操作し、それを耳に
あてた。
相手は、ワンコールかツーコールで、
出たようだった。
義牧が、まず、年始の挨拶をしている。
かなり親しい間柄なんだな、と義時は
思った。
しゃべり方で、分かる…。
(著作権は、篠原元にあります)