第五章 ⑦
文字数 3,863文字
ほしかった…。
「周りの人たちと仲良く、平和に
過ごす。それと、自然と共存する。
簡単なようだけど、難しいこと
なんだなぁ」と、中学生の真子は思った。
さて、4月半ばから、雪子おばさんの
家の近く……、と言うより、目の前の
中学校に通い出した真子。
学校の中で一番、学校に近い家の子に、
なった。
ほとんどの子が、通学時に雪子おばさん
の家の前を通っていく。
ちなみに、真子の入学に関する手続きは、
全部、雪子おばさんがしてくれた。
正直、難しい問題が多々あった。
真子は今まで小学校に通っていなかった
ので、当然小学校の卒業証書もない…。
だけど、雪子は、ある県議会議員を長年
支援してきたのだった。
…亡き夫が、その県議の目の病気の
治療をしてあげ、短期で完治したことも
あって、雪子たちとその県議は、親しい
関係となったのだった。
夫が亡くなった後も雪子と県議夫妻は
友人関係を保った。
県議会議長は、雪子が電話をすると、
すぐに、市の教育委員会や学校に、
働きかけてくれた。
そのおかげで、真子は無事、松山市立
九峪中学校で学べることになったので
ある。
しかも、特別な配慮を受け、【転校生】と
言う形で、迎え入れてもらえることに
なった。
本来、どこの学校にも籍を置いていない
のだから、【転校して来た】ことには
ならない。
でも、県議長の気遣いもあり、【転校して
来た】ことにしてもらえたのである。
雪子は、古くからの友人である鴨上県議会
議長に感謝しても、感謝しきれなかった。
だが、裏事情を、真子は知らない…。
近所…、いや、自分が住むことになった
雪子おばさんの家のすぐ前にある
九峪中に転校生として初登校した日、
真子は学校から戻ると、すぐに支度を
して、雪子おばさんと一緒に出かけた。
真子は、どうしても、紅阪泉公園に
行きたかった。
雪子おばさんの運転する軽自動車で、
二人は紅阪泉公園を訪れた。
真子にとって、本当に久しぶりの
場所だった。
ずっと昔、母と一緒に雪子おばさんを
訪ねて松山へ来た時に、ここへ、
雪子おばさんが連れて来てくれた。
真子には、【母との旅行の記憶】は、
この旅行の時のしか、ない。
だから、印象深かった。
…あの日の紅阪泉公園の美しさは、幼心に
刻み込まれた。
キレイに咲く満開の桜が、幼い真子に
とって、印象的だった。
…ふっと見ると、中学生の女の子達が、
桜をバックに写真を撮っていた。
母と雪子おばさんが
「かわいらしいわねぇ。中学校に入った
ばっかりの新1年生ね。ピカピカの制服、
良いわねぇ」と話していたのを、
真子は思い出す。
そして…、真子たちは、桜をバックに、
写真を撮ったのだった。
その写真が、いすみ市の真子たちの
アパートの寝室に飾られていた、ずっと。
だから、真子はいつもその写真を見た。
毎日、見た。
そして、真子はずっと思っていた。
「中学生になったら、制服で、ここに
行って、みどりちゃんと写真撮ろう」
そう、真子は、みどりとの旅を思い
めぐらしていた。中学生になったら
母も、みどりと自分の【二人旅】を
許してくれるだろうと。
そして、真子は、みどりに話した。
中学生になったら、二人で松山に
あるキレイな泉の公園に行って、
桜の木の下で制服姿の写真を撮ろう、
と。
みどりは
「行く!真子ちゃんと、松山市に
行くよ。今から約束!」と言ってくれた。
でも、小3のあの日 以降、真子は
みどりと会わなくなった。
もう紅阪泉公園にみどりと行き、
制服姿で写真を撮るなんて考えにも
上がらないこと、夢の夢…。
そして、奈良のアパートで荷造りして
いる時、真子はあの写真を眺めた。
自分と母と雪子おばさんが、笑顔で桜の木
の下に立っている。
真子は思った。
「ここに行きたい。制服姿の自分の
写真を撮って、母に送ってあげよう」
一瞬、久しぶりに、みどりのことを
思い出した……。
そんなわけで、中学への初登校-学校へ
の再起を果たしたその日-、真子は、
紅阪泉公園に来た。
真子の再来を喜ぶかのように、
桜は満開だった……。
「来て良かった!」と、しみじみ真子は
思った。
真子たちの他、公園に誰もいない。
寂しいくらい静かだった。
雪子おばさんと一緒に撮りたかったが
しょうがない、二人しかいないから…。
真子は、雪子おばさんに写真を撮って
もらった、桜の木の下で、何枚も。
桜の葉が舞う中で……。
「私、中学生なんだ。学校に行けるように
なったんだ」と誇らしかった。
だが、その後、ふっと思った。
あの日 の事件さえなければ、中学生に
なった自分とみどりの二人が並んで、
ここに立って、カメラに収まっていたんだ。
でも、真子はすぐにニコッと笑った、
カメラを構える雪子に向かい。
「もう、いいんだ。みどりちゃんのことは!
前進しよう。」と真子は決めたのだ。
写真を撮ってもらった制服姿の真子は、
雪子おばさんと一緒に公園を歩いた。
正直なところ、中学校の初日、久しぶりの
【学校への登校日】である今日は、
想像通りいかないことの連続だった。
計画していたことの9割はできなかった。
自己紹介もつっかえつっかえになって
しまったし、声をかけて来てくれた子たち
にイメトレ通りに対応できなかった。
真子は、「中学初日、15点位かな……」
と評価した、今日の自分を。
それでも、桜の木々の下を歩きながら、
真子は思った。
「明日は、もっとうまく行く!
絶対、うまく行くんだから!」。
もう学校から逃げたくなかった。
真剣な表情で、何かを考え込みながら
歩く真子のことを、横を歩く雪子は、
温かい眼差しで見つめていた。
…徐々に中学生活にも、新しい松山での
生活にも慣れていく真子。
松山での雪子おばさんとの生活を楽しむ。
優しい雪子おばさんとの生活は、
毎日が新鮮で、毎日が冒険だった。
学校でも毎日が【初めて】の連続、そして、
懐かしいことの連続で、大変だったが、
それでも「私、こうやって学校にいるんだ、
ちゃんと!」と嬉しい真子だった。
それに、母と奈良で生活していた時とは
違う、忙しさとスリルの毎日だった。
勉強、畑仕事、雪子おばさんの手伝いと、
かなり忙しかった。
奈良では、真子のことを案じる、いや、
案じすぎる母峯子が、真子のために
色々してくれていた。
まぁ、どちらかと言うと、峯子は
【過保護】だった。
それが、思春期の真子には、実は疎まし
かった。
だから、「一人で松山に行こう」と決め、
「お母さんは、こっちの仕事があるん
だから、ここに残って。私のために
一緒に松山に行こうとしないでね!」と、
言い張った部分もあった。
だが、雪子は、峯子とは違った。
真子を鍛えよう、強くしてあげようと、
ある意味、【色々なこと】を、
真子にやらせてくれた。
真子は、それが嬉しかった。
「出来ない。やったことないから……」
と言わせない。
それを、雪子は真子に対して実践した。
真子も、自分のことを、一人のちゃんと
した人間として見て、接して、時には
叱責し、時には一緒に笑ってくれ、
時には真剣に相談にのってくれる
雪子おばさんのことが、それまで以上に
大好きになった。
…雪子の家の裏に、無人の『みかん販売所』
なるものがあった。
雪子は、夜遅くであろうが、雨が強く
降っていようが、真子に「ちょっと、
あそこに行って、みかん買って来て
ちょうだい」と頼んだ。
真子も最初の頃は―夜は真っ暗で電灯も
灯りもないので―、怖かった。
だが、次第に慣れた。
母なら絶対にそんなことはさせて
くれない。
「そんな危ないことさせられないわ。
事故に遭ったらどうするの?変な男に
狙われたらどうなるの?」と言うだろう、
本当に血相を変えて。
とにかく、雪子はどんどん真子に
用事を頼んだ。真子も、それに応える
ことで充足感を得ていた。
「奈良じゃ、こんなこと出来なかったなぁ」
と真子は思っていた。
寒さに耐え、夜の真暗闇を前進し、
また汗を流しながら、真子は充実した
気持ちの毎日だった。
ある夜、雪子に頼まれて、みかんを
買いに行き、真子は思った。
「こんなのが都会にあったら、絶対に
みかんだけ一瞬でなくなって、お金は
入らないだろうなぁ。田舎の人って、
良い人ばかりだなぁ」と。
そして、笑えた、なぜか。
田舎の真っ暗な道だが、もう怖さ
なんかない。
のどかな田舎の生活、そして、そこで
強くなっていく真子がいた。
また、雪子は、真子に一人で色々と挑戦
させるだけではなく、いろいろな所に、
連れて行ってくれた。
多くのものを見せ、多くの体験をさせて
くれた。
原発のある伊方や歴史の町北条にも、
連れて行ってくれた。
真子は、雪子と一緒に歩き、雪子の
話しを聞いて、どんどん成長する。
ある日、雪子おばさんが、梅津寺に連れて
行ってくれた。
そこは、小さな駅と穏やかな海の風景が
キレイで、静かな場所だった。
雪子おばさんは言った。
「ここに真子ちゃんを連れて来たかった
んよ」と。
真子はこの梅津寺の香り、雰囲気が
気に入った。
寂れていて、海風が気持ちいい……。
平日の夕方で、海辺には観光客らしい
若い女の人が二人いるだけ。
あとは、雪子おばさんと自分だけ。
海辺を歩きながら雪子おばさんが、
訊いてきた。
「真子ちゃん。憶えとる?ここにね、
昔、真子ちゃんと真子ちゃんのお母さんと
私の三人で来たんよ。あの頃ねぇ、
真子ちゃんは、体が本当に弱くてね…。
だから、潮風にあたらせようって、
わざわざ、ここまで来て、このあたりを
三人でたくさん歩いたんよ。
ほーよ。あのあたりにね、遊園地があった!
真子ちゃんは、観覧車に乗って、興奮して、
騒いどったねぇ……」
雪子おばさんは、すぐそこを指さしながら
話してくれた。
だけど、思い出せなかい。
でも、「またここに来たい」と、思った…。
(著作権は、篠原元にあります)