第十七章 ⑰
文字数 1,181文字
2人―雪子と下木―の後姿を見つめながら、
真子は、思った。
「下木さんなら、雪子おばさんも
安心だわ」
だが、同時に
「私も、一緒に、あの下を通りたかった」
とも思う。
もう1度……。
雪子おばさんの顔を見たい、切に思う。
その時だ。
その気持ちが通じたのかは、分からない
けど…。
検査場を完全に通過した2人が、
立ち止まる。
そして、下木グランドスタッフが
雪子の車いすを回転させてくれた
……。
真子は、遠目にも分かった。
車椅子に座る大伯母―いや、母―の
目に光ものが、確かに見て取れた。
たまらなくなる…。
自分も一気に、検査場を走り抜け、
ガバッと力一杯、思い切り、抱きしめて
あげたい、いや、抱きしめたい!!
でも、それは、もうできない。
たった十数メートルだけど、航空券を
持たない真子には、どうしようもできない
距離なのだ。
それは、まるで、国境を通り抜けるのに
旅券が必要なのと同じだ。
そして、現に、国境警備隊なる、銃を
装備した兵士たちはいないけれど、
空港の警備員達、そして、保安検査場の
向こうには警察官も一人立っている。
なので……。
姪孫は、その場から動かずに。
その代わり、抱いている想いをすべて
込めて、大伯母に、手を振った。
力強く、手を振った。
周りの目も気にならない。
何度も振る。
そして。
大伯母も…。
万感の思いだ。
手を振り返す……。
それから、姪孫の後ろに立つ男性に
頭を下げる。
義時は、一瞬目が合った、妻の大伯母が
ゆっくりと丁寧に、深く、お辞儀をして
きた時、分かった。
その『行為』には、
「娘をよろしくお願いします。
どうか、どうか、本当に、よろしく
お願い致します」と言う、『母の願い』、
がこもっている、ことに……。
その『願い』を、全部、受けとめて、
最敬礼した。
「絶対に幸せにします。
お気をつけて!
お元気で!!」
という『想い』をこめて……。
…………
羽田空港の保安検査場を抜けたところ。
JASの下木高穂が、義時と真子に深く
お辞儀し、そして、顔を雪子の耳元に
近づけ、何か話す。
そして、もう1度、深くお辞儀して、
彼女は、雪子の車椅子を回転させた。
雪子は、最後まで、真子を見つめて
いるようだった…いや、見つめていた。
義時と真子は、出発ロビーの保安検査場
前で、最後まで、雪子たちを見送った。
小刻みに妻の身体が揺れるのを感じ
ながら、義時は、静かに、その背を
さすった…。
夏、羽田空港は、多くの旅行客で
賑わっていた、そして…。
この日が、真子と雪子の
『地上での最後のお別れの日』となる
ことを、2人も、義時も、誰も知らない…。
そして、そのまま、下木と雪子が、
JAS433便―羽田発松山便―の搭乗口へと
進んでいく。
止める者は、誰もいない。
(・著作権は、篠原元にあります
・今日も読んでいただき、ありがとう
ございます。
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