第十六章 ⑧
文字数 1,443文字
小羽が語りかけてきた。
「ねっ、柳沼さん。
幸せになれる方法って、知ってる?
あの飛江田先生に教えてもらったん
だけどね、『他の人の幸せを願う』
ことなんだって。
人の幸せを願ってあげてると、逆に
こっちも幸せになれるんだよね!」。
幸せそうに語る小羽の横顔を見ていて、
真子は、本当にその通りだなぁ、と
思った。
しかし、ずっと後、年号が2度も変わった
後に、全世界がパンデミックで恐怖の
底に陥ること、
また、日本の医療の現場が崩壊して
しまうことを、2人は知る由もない。
それと、その『医療崩壊』の最前線で、
小羽が、「感染者を助けるために。
後輩たちを守るために!」と、
自ら志願して、自らのいのちをかけて、
感染症病棟に向かい、感染者治療のため
不眠不休で闘うことになることも……。
もちろん、2人は、知らない。
夜の街……。
首都にウィルスが蔓延し、死者、感染者
が爆発的に増加し、小羽たちが差別
されるような時代が来るとは思いも
しない、女子2人が駅に向かい歩く。
ちなみに、会計の時、伝票は小羽が
握っていた。
真子は、「割り勘にしようね」と
言ったが、小羽は首を横に振った。
「今日は、私が……ね。
ココにしたのも私だし、ココね、
会員カード持ってるから安くなるし、
ポイントも貯まるの!
それにさ、私、先輩だしね。
そうでしょ?だって、結婚式の
日にちは、私たちの方が、ちょっとだけ
だけど、早いんだから!」。
笑いながら言う小羽。
真子が、反論しようとする前に、
もう、仲良しの韓国から来ている店員に
一万円札を渡していた……。
店を出て、速攻で、真子は言ったものだ。
「次回は、私が、絶対に……ね!」。
ウンと笑顔で応じる小羽。
医療従事者と接客業バイトの未婚女性
2人は歩き出した……、そして、冒頭に
至る。
そして……。
義時と真子の挙式、当日。
6月24日(土)。
当然、マスクをしてやって来る列席者
はいない。
また、ホテル入口にもロビーにも
チャペルの入口にも消毒液のような
ものはない。
小羽が、新婦控室を出て、すぐ……。
チャペルの鐘が鳴る。
真子は、数人の人達とチャペルの外に
立っていた。
みんな、女性。
男性は、一人もいない。
すでに新郎は、チャペルの中だ。
そして……。
チャペルの扉が、大きく開かれた!
パイプオルガンの美しい音色が、
外にいる真子たちを包みこむ……。
挙式の間も披露宴の間も、
真子は、幸福だけど、幸福感に
浸っている余裕はゼロだった…。
あるのは、緊張感……。
そして、空腹感……!!
先輩花嫁の小羽が言っていた通り
だった。
誰にも言えないが、ずっと、考えて
いたのは、『食べる』こと。
楽しそうに、そして、本当に
美味しそうに飲み食いする列席者を
前に、そして、目がくらむほどの、
ご馳走―ホテルのコース料理―を
目の前にしているのに、
食べているヒマが、ない……!!
新婦は思っていた。
「これ、一種の罰ゲームみたい…」と。
でも、これが夜まで続くのだ。
先輩花嫁が、言っていた。
「披露宴の最中、絶対に、食べてる
暇ないよ!
ひたすら、我慢、我慢!
緊張はするけど、腹は減るしね、当然…。
それに、休む間もなく、二次会や三次会
でしょ。
で、それらが終わった後も、何だかんだ
忙しいしね……。
だから、あの日、うちらは、ホテル近くの
牛丼屋行って、それで、終わりだった」。
それでも良い!!
食べられれば……!
「絶対、夜は、2人で、牛丼食べよう。
大盛で……!!」。
新婦は、そんなことを、歓談しながら
飲み食いする列席者を眺めながら
思っていた……。
(著作権は、篠原元にあります)