回顧録第3話 若かりし記憶(その5)
文字数 2,019文字
(5)上場の提案
アナンヤに案内されて私が会議室に入ると、社長のルイスは好意的に私を迎えてくれた。
私はまず、カルタゴ証券に転職した経緯と現在の業務内容について2人に説明した。
そして、私は今日の訪問目的について2人に伝えることにする。
「カルタゴ証券の顧客の中には非上場株式に投資するベンチャー投資家がいます。ベンチャー投資家は投資した会社が上場した場合の利益を狙って投資していて、カルタゴ証券はベンチャー投資家に非上場株式を販売・仲介しているんです」と私は言った。
「カルタゴ証券で販売している非上場株式を購入して欲しい、という相談かな?」とルイスは私に言った。
「今日の要件はそっちではありません。『ネール・マテリアルを上場させませんか?』という提案です」と私は答えた。
「上場?」
ルイスは私が言ったことを上手く理解できていないようだ。私は改めて上場に関する説明を始めた。
「カルタゴ証券は証券取引所に上場できそうな会社を発掘して、上場までのサポートをしています。上場申請に関するアドバイスはもちろん、IPO(Initial Public Offering)までの間の資金サポートをしています。上場前に発行する株式を、当社の顧客に投資してもらうこともできますから」
「上場か・・・」
「私がジャービス重工の担当者としてネール・マテリアルに来ていた頃、アナンヤから中小企業が資金調達するのがどれだけ大変かを聞いたんです」
「そうだね。うちも大変だね」
「非上場企業の資金調達は主に銀行借入です。でも、銀行は新規事業を開始するための資金を融資するのを躊躇います。成功するか失敗するか分かりませんから」
「確かに。新規事業で融資依頼した時、銀行員はいい顔はしないな」
「アナンヤに『非上場企業がエクイティファイナンスで資金調達できれば、中小企業が新規事業を進めやすくなる』と教えられたんです。僕はその時のことが気になっていて、それがきっかけで今の証券会社に転職しました」
「そうすると、ホセが来たのはその時の延長線か・・・」
「そういうことです。株式投資家は会社の将来性に対して出資します。成功する場合があれば、失敗する場合もあることは知っています。むしろ、ベンチャー投資家にとっては、成功する可能性が低くても成功した時の利益が大きい方が好まれるんです」
「どういうこと?」とルイスは私に聞いた。
「ほぼ失敗するけど、成功した場合は莫大な利益が出る会社をイメージして下さい」
「ハイリスク・ハイリターンの会社かな?」
「そうです。例えば、成功する確率が5%、成功した場合の利益が投資額の100倍(10,000%)の会社です。この会社は新規事業が成功すると利益が投資額の100倍(10,000%)発生して、失敗すると倒産(-100%:投資額がゼロになる)します」
「成功確率が5%とすると、95%失敗する会社ということか? ネール・マテリアルの新規事業はもう少し成功すると思うけどな・・・」
「例えばですよ・・・。ネール・マテリアルの話じゃありません」
「あ、そう」
「会社の成功・失敗の確率がそれぞれ5%、95%なので、投資家の期待する成長率は405%です(図表回3-1)。つまり、この会社は95%の確率で倒産する可能性はあるけど、投資家は投資利回り405%と計算しています」
【図表回3-1:リスクの高い会社の投資利回り】
※第5回活動報告の図表5-11を再掲
「95%倒産する会社の利回りが405%?」
「あくまで期待値(平均値)です。100社投資したら95社は倒産して、5社は投資額の100倍儲かる。そんなイメージです。これがベンチャー投資の魅力なんです」
「へー。大企業に出資した方が儲かりそうな気がするけどな」
「大企業の場合は倒産しないけど、事業規模が大きいので新規事業の成功・失敗が業績に与える影響が小さいんです」
「そんなもんかね?」
「そうです。例えば大企業の新規事業が成功すると売上・利益は10%成長し、失敗すると-1%成長します。新規事業の成功・失敗の確率がそれぞれ50%、50%なので、投資家の期待する投資利回りは4.5%です(図表回3-2)」
【図表回3-2:リスクの低い会社の投資利回り】
※第5回活動報告の図表5-12を再掲
「ベンチャー企業は400%なのに、大企業は4.5%かー」
「だからベンチャー投資は人気があります。カルタゴ証券はベンチャー投資家の顧客がたくさんいますから、非上場株式で資金調達するのは難しくないんです。ただ、投資家の投資目的は上場なので、その会社には上場を目指してもらわないといけません」
「それで、上場か・・・」
「上場できればネール・マテリアルが潰れることもないでしょう。資金調達も今よりも格段に楽になります。結論は急ぎませんが、上場を検討してみてはどうですか?」
「そうだな。ちょっと考えてみるよ・・・」
ルイスはそう言うと考え始めた。
<続く>
アナンヤに案内されて私が会議室に入ると、社長のルイスは好意的に私を迎えてくれた。
私はまず、カルタゴ証券に転職した経緯と現在の業務内容について2人に説明した。
そして、私は今日の訪問目的について2人に伝えることにする。
「カルタゴ証券の顧客の中には非上場株式に投資するベンチャー投資家がいます。ベンチャー投資家は投資した会社が上場した場合の利益を狙って投資していて、カルタゴ証券はベンチャー投資家に非上場株式を販売・仲介しているんです」と私は言った。
「カルタゴ証券で販売している非上場株式を購入して欲しい、という相談かな?」とルイスは私に言った。
「今日の要件はそっちではありません。『ネール・マテリアルを上場させませんか?』という提案です」と私は答えた。
「上場?」
ルイスは私が言ったことを上手く理解できていないようだ。私は改めて上場に関する説明を始めた。
「カルタゴ証券は証券取引所に上場できそうな会社を発掘して、上場までのサポートをしています。上場申請に関するアドバイスはもちろん、IPO(Initial Public Offering)までの間の資金サポートをしています。上場前に発行する株式を、当社の顧客に投資してもらうこともできますから」
「上場か・・・」
「私がジャービス重工の担当者としてネール・マテリアルに来ていた頃、アナンヤから中小企業が資金調達するのがどれだけ大変かを聞いたんです」
「そうだね。うちも大変だね」
「非上場企業の資金調達は主に銀行借入です。でも、銀行は新規事業を開始するための資金を融資するのを躊躇います。成功するか失敗するか分かりませんから」
「確かに。新規事業で融資依頼した時、銀行員はいい顔はしないな」
「アナンヤに『非上場企業がエクイティファイナンスで資金調達できれば、中小企業が新規事業を進めやすくなる』と教えられたんです。僕はその時のことが気になっていて、それがきっかけで今の証券会社に転職しました」
「そうすると、ホセが来たのはその時の延長線か・・・」
「そういうことです。株式投資家は会社の将来性に対して出資します。成功する場合があれば、失敗する場合もあることは知っています。むしろ、ベンチャー投資家にとっては、成功する可能性が低くても成功した時の利益が大きい方が好まれるんです」
「どういうこと?」とルイスは私に聞いた。
「ほぼ失敗するけど、成功した場合は莫大な利益が出る会社をイメージして下さい」
「ハイリスク・ハイリターンの会社かな?」
「そうです。例えば、成功する確率が5%、成功した場合の利益が投資額の100倍(10,000%)の会社です。この会社は新規事業が成功すると利益が投資額の100倍(10,000%)発生して、失敗すると倒産(-100%:投資額がゼロになる)します」
「成功確率が5%とすると、95%失敗する会社ということか? ネール・マテリアルの新規事業はもう少し成功すると思うけどな・・・」
「例えばですよ・・・。ネール・マテリアルの話じゃありません」
「あ、そう」
「会社の成功・失敗の確率がそれぞれ5%、95%なので、投資家の期待する成長率は405%です(図表回3-1)。つまり、この会社は95%の確率で倒産する可能性はあるけど、投資家は投資利回り405%と計算しています」
【図表回3-1:リスクの高い会社の投資利回り】
※第5回活動報告の図表5-11を再掲
「95%倒産する会社の利回りが405%?」
「あくまで期待値(平均値)です。100社投資したら95社は倒産して、5社は投資額の100倍儲かる。そんなイメージです。これがベンチャー投資の魅力なんです」
「へー。大企業に出資した方が儲かりそうな気がするけどな」
「大企業の場合は倒産しないけど、事業規模が大きいので新規事業の成功・失敗が業績に与える影響が小さいんです」
「そんなもんかね?」
「そうです。例えば大企業の新規事業が成功すると売上・利益は10%成長し、失敗すると-1%成長します。新規事業の成功・失敗の確率がそれぞれ50%、50%なので、投資家の期待する投資利回りは4.5%です(図表回3-2)」
【図表回3-2:リスクの低い会社の投資利回り】
※第5回活動報告の図表5-12を再掲
「ベンチャー企業は400%なのに、大企業は4.5%かー」
「だからベンチャー投資は人気があります。カルタゴ証券はベンチャー投資家の顧客がたくさんいますから、非上場株式で資金調達するのは難しくないんです。ただ、投資家の投資目的は上場なので、その会社には上場を目指してもらわないといけません」
「それで、上場か・・・」
「上場できればネール・マテリアルが潰れることもないでしょう。資金調達も今よりも格段に楽になります。結論は急ぎませんが、上場を検討してみてはどうですか?」
「そうだな。ちょっと考えてみるよ・・・」
ルイスはそう言うと考え始めた。
<続く>