第4話 退職者から話を聞こう(その4)

文字数 2,062文字

(4)退職者から話を聞こう <続き>

 ポールはルーカスに買収ファンドの出資者について質問を続ける。

「銀行ですか?」

「ええ。PE(Private Equity)ファンドが会社を買収する時には、エクイティ利回りを上げるために銀行から買収資金の一部を借入します」とルーカスは言った。

「レバレッジですよね?」

 ※レバレッジ(Leverage)とは「梃子(てこ)」という意味です。金融業界におけるレバレッジとは、自己資金の利回りを高めるために借入れを利用することです。

「そうです。PEファンドが借入を行う時には、ファンドに出資している銀行に優先的に声を掛けるんです。だから、融資残高を増やしたい銀行はPEファンドに出資して、買収時に融資するのです」

「へー、銀行がPEファンドに出資しているんだ。知らなかった」

「PEファンドが買収時に利用するLBOローンは、通常の貸付よりも金利が高いので融資したい銀行が多いです。PEファンドに出資していれば、買収時に優先的に貸付できますから、銀行はいろんなPEファンドに出資していますよ」とルーカスは説明した。

※LBO(Leveraged Buyout:レバレッジド・バイアウトの略)とは、M&Aの際に借入金を活用して企業を買収することです。

「そうなんですか。だから、銀行が買収ファンドに出資している・・・。ところで、海外投資家がダウラファンドに出資するメリットがないのは、なぜですか?」

「海外投資家が銀行であれば可能性はあるでしょう。LBOローンを融資したいと思っているからです」

「そうですね」

「でも、純投資の海外投資家がジャービス王国のPEファンドに投資するかというと、その可能性は低いです。海外投資家はジャービス王国のような小さな国に投資する必要がないからです。海外に投資するのであれば、ジャービス王国よりも大きくて、知っている他国に投資した方がいいんじゃないでしょうか」とルーカスは言った。

「ジャービス王国の会社を買収したいから海外投資家がPEファンドに出資する、という可能性はありませんか?」

「うーん、どうでしょう。その可能性は低いと思います」

「え?」

「まず、ダウラアセットマネジメントが運用しているPEファンドの投資家は1社ではありません。運用会社は投資家の利益を考慮しないといけませんから、投資先を売却する場合には、原則としてビッド(入札)で売却します」

「ビッドですか・・・」

「海外投資家がPEファンドの投資先を買収したいと思っても、ビッドに参加しないといけません。だから、海外投資家がPEファンドに出資していても、PEファンドから有利な価格で投資先を買えません。むしろ、他の投資家に気を使って高値で入札しないといけないかもしれない」

「確かに。ビッドに参加するのであれば、海外投資家がわざわざダウラファンドに出資するメリットがないですね。分かりました」ポールはルーカスが言った意味を理解した。

「これで大体ダウラファンドの概要は分かりましたか?」

「よく分かりました。あと2つ聞きたいのですが、いいですか?」とポールは言った。

「ええ。なんでしょう?」

「1つ目は、買収ファンドの売却先についてです。投資した会社を売却する時に、特定の海外企業に売却していた事実はありますか?」

「私が在籍していた時は、売却先はビッドで選定していましたから特定の先に売却、というのはありませんでした。他社よりも高い価格で入札する海外企業はあったので、その海外企業に売却したことはあります。それも、入札価格が高かったので売却しただけです」

「やっぱり、ビッドか」

「2つ目は何ですか?」とルーカスはポールに聞いた。

「ダウラファンドが上場会社を買収した後、買収した会社の保有資産を切り売りしたりしているのでしょうか?」

「まあPEファンドですから、事業に不要な余剰資産は売却します。本来の会社の価値とは関係がありませんから。特に他のPEと違いはないと思います」とルーカスは言った。

「余剰資産を処分して、本業に集中するために?」

「そうですね。PEファンドの仕事は、そういったリストラクチャリング(事業再構築)ですから」とルーカスは答えた。

 ルーカスに話を聞けたのでダウラファンドの事業内容は概ね理解できた。
 これ以上ルーカスに聞いても追加情報は得られないと考えて、ポールはヒアリングを終了させることにした。

「分かりました。今日はありがとうございました」とポールが言うと、

「固有名称が出せないので分かりにくかったと思いますが、追加で何かあればまた連絡下さい」ルーカスはそう言うと去っていった。

 ルーカスからダウラファンドの買収ファンドの概要を聞いたが、一般的なPEファンドと違いがなさそうだ。

 それに、特定の海外投資家がジャービス王国の会社を買収しているのかもしれないが、ダウラファンドが積極的に海外投資家に売却しているわけでもない。

 ルイーズとポールは内部調査部に戻って、ヒアリングの内容をメンバーに伝えることにした。
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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