第2話 ジャービット・コイン(その1)

文字数 1,494文字

(2) ジャービット・コイン

 ミゲルが正社員になりたいと俺に相談してから、ルイーズを除いて、誰も契約内容の変更を言ってこない。多分、給料が下がるのが嫌なのだろう。気持ちは分かる。

 そもそもの話だが、公務員は正社員とは言わない。民間企業でそう言われているから、みんな使っているだけだ。正しく言うならば、常勤職員だろう。

 そんなことを考えていたら、ルイーズがやってきた。

「先に他のメンバーに見せたけど、今回はこれでどうかな?」

 内部告発ホットラインに届いた相談案件のようだ。
 ルイーズが俺に差し出した紙にはこう書いてあった。

********************
証券会社に勤務しています。
当社の顧客の数名が最近、暗号資産(仮想通貨)の取引を始めました。顧客が取引しているジャービット・コインという暗号資産は、当社で誰も知らないマイナーなものです。さらに、ジャービット・コインを発行している会社も全く知られていない会社のようです。
その暗号資産(ジャービット・コイン)は、先月から価格が急騰しており、投資家は喜んでいるようです。ただ、過去に似たような詐欺が発生しているため、今回も同様の詐欺に思えてなりません。
発行会社は非上場企業で、当社では詳細が分かりません。
一度、調査をお願いできませんでしょうか。
********************

「ジャービット・コインって、ダジャレなのか?他のメンバーの反応はどうだった?」と俺はルイーズに聞いた。

「ミゲルは、ネーミングセンスがいい、って言っていた。おじさんにはウケがいいみたい」

 多分、俺の聞き方が悪かった・・・。
 俺の聞きたかったのは、そっちじゃない。

「ネーミングセンスの話ではなくて、調査する案件として・・・」

「そっちの方ね。みんな興味持ってそうだった。ロイが暗号資産を買ってて、最近値上がりしたって喜んでいたみたい。他のメンバーも『儲かるのだったら、投資してみてもいいかな?』って言っていた」

「興味本位か・・・。まあ、どんな理由であれ、調査対象に興味を持つことは大切だから、今回はこれにしようか」と俺は言った。

「じゃあ、キックオフミーティングを今日の午後開いて調査を開始するということでいいかな?」とルイーズが俺に言ったから「了解」と答えた。


 ちなみに、ジャービス王国では、数年前から暗号資産(仮想通貨)に投資する個人が増えてきた。
 最初は外国で流通している暗号資産のみを扱う取引所が多かったようだが、今は国内の会社が発行する暗号資産も取引されている。

 投資家は取引所を通じて暗号資産の売買を行う。
 暗号資産の人気が高ければ、その暗号資産が買われてさらに価格が高くなる。

 暗号資産の取引自体は、上場株式の取引とあまり変わらない。
 ただ、決定的に違うのは、上場株式は裏付けとなる実態のある会社が存在していて、その会社の保有資産や業績に株価に影響する。投資家は会社の将来性に対して株式に投資しているのだ。

 一方、暗号資産には裏付けとなる実態のある会社がない。
 ※裏付け資産のある不動産セキュリティ・トークンも存在します。

 暗号資産の発行会社には、現預金以外に価値のあるものは何もない。
 発行会社は事業をしているわけではないから、将来的に暗号資産の発行会社の価値が上がるわけではない。
 投資家はよく分からないものを売買しているわけだ。
 とはいえ、実態のない会社もあるから、株式投資も同じような側面もあるのだが・・・。

【図表5-1:株式投資と暗号資産投資】




 ろくな結果にならないかも知れないが、とりあえず調査を開始してみようと俺は考えた。

 <続く>
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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