第5話 カルテルを疑え(その7)
文字数 1,708文字
※本話では、経営学的な説明をしています。本話を飛ばしても、本章の内容にはそこまで影響しないため、興味の無い人は本話を読み飛ばして、次話に進んでください。
(5)カルテルを疑え <続き>
「具体的には?」とルイーズは言った。
「今はカルテルが守られているから、国内商社は銅の輸入量を増加させないだろう。ただし、カルテルを守らずに安い価格で販売する会社が出てきたらどうだろう?」
そう言って俺は、ホワイトボードに先ほどとは別のゲーム理論の数値例(図表2-5)を書いた。
【図表2-5:内部調査部の参入によるゲーム理論の展開】
「この図を見てほしい」と俺が言うと、参加者がホワイトボードに注目した。
俺は説明を続ける。
「今回のゲーム理論の登場人物は、カルテルの関係者(国内商社)と内部調査部だ。カルテルの関係者をA、内部調査部をBとする」
「自分たちが登場するなんて、なんかワクワクしますね」ミゲルは楽しそうだ。
「今の状態はケース1だ。カルテルの関係者は銅取引で利益を得ているが、内部調査部は何もしていないので利益はゼロ」
俺は説明を続ける。
「ケース1の状態から、仮に内部調査部(B)が銅を大量に輸入して、銅の国内販売に参入したと仮定しよう。内部調査部(B)の輸入した銅が、大量に国内市場で販売されるから、カルテルの関係者(A)は内部調査部(B)にシェアを奪われて、利益を減らすことになる。内部調査部(B)が販売を開始しても、国内商社のカルテルは有効だから、カルテルの関係者(A)は輸入量を増やせない。つまり、図表2-5で言うと、ケース3に移行するわけだ」
「ケース3に移行すると、カルテルの関係者(A)は利益が20から10に減ります」とミゲルが言った。
「そうだね。内部調査部が銅取引に参加しても国内商社がカルテルを続けていると、カルテルの関係者(A)の利益は減っていく。カルテルの関係者(A)が利益を増やすためには、輸入量を増やして、ケース4に移行しないといけない」
「カルテルを結んでいる国内商社の中から、裏切り者が出てくるということですね?」とミゲルは楽しそうに言う。
「そういうこと。カルテルの集まりで、『アイツが裏切り者かもしれない・・・』とお互い探り合うわけだよ。探偵ドラマとして、なかなか面白そうだと思うんだ」と俺はミゲルの振りに答えた。
「銅シンジケートで繰り広げられる、裏切り者探しですか。最終的に誰も信じられなくなって、全員敵になりそうです」
「それだ!それが目的なんだ。さすが、ミゲルはするどいね」と俺が褒めたら、おじさんは満面の笑みで辺りを見渡した。他のメンバーからも褒められたいようだ。
ポールが気を使って「さすが!」と小さい声で言ったが、他のメンバーは無視だ。
俺は話を続ける。
「カルテルを続けると利益が減り続けるから、国内商社の中には我慢できなくなって何社か裏切ると思うんだ。全員敵になったら、銅取引は自由競争に移行する。すなわち、ケース4に移行するから、銅の価格は下がって需給が均衡する」
俺はルイーズの方を見た。
「説明が長かったけど、ダニエルの『犯人に対する嫌がらせ』は、内部調査部の銅取引の参入ということは分かった」とルイーズは言った。
「部外者である内部調査部が銅取引に参入することによって、最終的に自由競争に移行させる。名付けて『カルテル潰し作戦』だ!」
俺が決め台詞を言ったら、ミゲルは手を叩いて喜んでくれた。
おじさんは順調に太鼓持ち(人に媚びへつらって、好かれようとする人)としてのポジションを築きつつある。
こうして、俺たち内部調査部は、銅取引がカルテルによって寡占状態になっている現状を打開するため、『カルテル潰し作戦』を決行することにした。
今回の俺の推理は正解だろう。
犯人は国内商社。銅価格を高値で維持するために、国内商社の間で輸入量に関するカルテルを結んでいる。
犯人は分かった。
動機も分かった。
手口も分かった。
でも証拠が無い・・・・。
多少強引な手段を取ることになっても、この際仕方がないだろう。
探偵としてこの方法は美しくないが、今回は事件を解決することが優先だ。
<続く>
(5)カルテルを疑え <続き>
「具体的には?」とルイーズは言った。
「今はカルテルが守られているから、国内商社は銅の輸入量を増加させないだろう。ただし、カルテルを守らずに安い価格で販売する会社が出てきたらどうだろう?」
そう言って俺は、ホワイトボードに先ほどとは別のゲーム理論の数値例(図表2-5)を書いた。
【図表2-5:内部調査部の参入によるゲーム理論の展開】
「この図を見てほしい」と俺が言うと、参加者がホワイトボードに注目した。
俺は説明を続ける。
「今回のゲーム理論の登場人物は、カルテルの関係者(国内商社)と内部調査部だ。カルテルの関係者をA、内部調査部をBとする」
「自分たちが登場するなんて、なんかワクワクしますね」ミゲルは楽しそうだ。
「今の状態はケース1だ。カルテルの関係者は銅取引で利益を得ているが、内部調査部は何もしていないので利益はゼロ」
俺は説明を続ける。
「ケース1の状態から、仮に内部調査部(B)が銅を大量に輸入して、銅の国内販売に参入したと仮定しよう。内部調査部(B)の輸入した銅が、大量に国内市場で販売されるから、カルテルの関係者(A)は内部調査部(B)にシェアを奪われて、利益を減らすことになる。内部調査部(B)が販売を開始しても、国内商社のカルテルは有効だから、カルテルの関係者(A)は輸入量を増やせない。つまり、図表2-5で言うと、ケース3に移行するわけだ」
「ケース3に移行すると、カルテルの関係者(A)は利益が20から10に減ります」とミゲルが言った。
「そうだね。内部調査部が銅取引に参加しても国内商社がカルテルを続けていると、カルテルの関係者(A)の利益は減っていく。カルテルの関係者(A)が利益を増やすためには、輸入量を増やして、ケース4に移行しないといけない」
「カルテルを結んでいる国内商社の中から、裏切り者が出てくるということですね?」とミゲルは楽しそうに言う。
「そういうこと。カルテルの集まりで、『アイツが裏切り者かもしれない・・・』とお互い探り合うわけだよ。探偵ドラマとして、なかなか面白そうだと思うんだ」と俺はミゲルの振りに答えた。
「銅シンジケートで繰り広げられる、裏切り者探しですか。最終的に誰も信じられなくなって、全員敵になりそうです」
「それだ!それが目的なんだ。さすが、ミゲルはするどいね」と俺が褒めたら、おじさんは満面の笑みで辺りを見渡した。他のメンバーからも褒められたいようだ。
ポールが気を使って「さすが!」と小さい声で言ったが、他のメンバーは無視だ。
俺は話を続ける。
「カルテルを続けると利益が減り続けるから、国内商社の中には我慢できなくなって何社か裏切ると思うんだ。全員敵になったら、銅取引は自由競争に移行する。すなわち、ケース4に移行するから、銅の価格は下がって需給が均衡する」
俺はルイーズの方を見た。
「説明が長かったけど、ダニエルの『犯人に対する嫌がらせ』は、内部調査部の銅取引の参入ということは分かった」とルイーズは言った。
「部外者である内部調査部が銅取引に参入することによって、最終的に自由競争に移行させる。名付けて『カルテル潰し作戦』だ!」
俺が決め台詞を言ったら、ミゲルは手を叩いて喜んでくれた。
おじさんは順調に太鼓持ち(人に媚びへつらって、好かれようとする人)としてのポジションを築きつつある。
こうして、俺たち内部調査部は、銅取引がカルテルによって寡占状態になっている現状を打開するため、『カルテル潰し作戦』を決行することにした。
今回の俺の推理は正解だろう。
犯人は国内商社。銅価格を高値で維持するために、国内商社の間で輸入量に関するカルテルを結んでいる。
犯人は分かった。
動機も分かった。
手口も分かった。
でも証拠が無い・・・・。
多少強引な手段を取ることになっても、この際仕方がないだろう。
探偵としてこの方法は美しくないが、今回は事件を解決することが優先だ。
<続く>