回顧録第2話 情けは人の為ならず(その7)

文字数 2,531文字

 (2)情けは人の為ならず <続き>

 その翌日、またチャンがやってきた。どうやら、トマスに見捨てられたわけではなさそうだ。

 チャンは鉄格子の向こうから「余剰在庫を売るか?」と聞いてきた。
「私の一存では決められないので、ジャービス王国に戻って話をさせてくれ」と私は答えた。

 チャンは少し考えてから「売るように説得できるか?」と私に言った。
 ここで「分からない」とか「説得できない」と答えると、留置所から一生出られないかもしれない。

「説得できる」と私はチャンに言った。

 この返答は正解だったようだ。

「猶予は1週間です。お友達はその間も留置所にいてもらいます」とチャンが言うと、警察官がやってきて私は鉄格子から外に出された。

 部屋を出るとジャービス王国の外務省職員を名乗る男がいた。
 私はその男に連れられ、飛行機でジャービス王国に送還された。


 ***

 私はジャービス王国に着くと、外務省職員を名乗る男が運転する車でベルグレービア商事に向かった。
 会社に到着すると、私のことを心配していた人達が出迎えてくれた。
 上司の担当取締役と第4グループ長も心配してくれたようだ。
 部下たちも私が戻ってきたことを喜んでいる。

 私が事情を話すと担当取締役は「なんだ、美人局(つつもたせ)か」と言った。
 第4グループ長は「ハニートラップと言った方が正確です」と言った。
 私にとっては、呼び名はどちらでもいい。

 ベルグレービア商事と他の商社の現地駐在員数名が人質に取られているから、私の最優先事項は余剰在庫を売るように調整することだ。

 私が担当取締役と第4グループ長に確認すると、あっさり「全く問題ない」と言われた。
 『石の上にも作戦』で余剰在庫が出ているから、仕入れ値よりも高く売れるのであれば、直ぐに買ってもらえ、とのことだ。
 2人言われてみて改めて考えると、トマスの件はそれほど悪い話ではない。

 ベルグレービア商事の仕入単価は750JD/kgだ。
 トマスの会社に810JD/kgで売却できれば60JD/kgの利益が出る。
 余剰在庫を保有し続けると倉庫代が余計に掛かるし、外国商社に売却しても国際価格が800JD/kgなので、トマスの会社に売る方が条件は良い。

 それにしても、トマスから条件を聞いた時、なぜ他よりも有利な条件だと思わなかったのだろう?

 留置所に入れられていたから冷静な判断を失っていたのかも知れない・・・。

 とにかく、私は余剰在庫をトマスの会社に売るために国内商社を説得することにした。

 ***

 私はすぐに国内商社の担当者を集めて会議を行った。
 すでに国内商社は事情を知っていたため、私の緊急招集にも関わらず国内商社の担当者は最優先で集まってくれた。

 その会議で私が、トマスの会社に余剰在庫の銅を810JD/kgで売却することを提案すると、全員賛成した。
 参加者は全員口を揃えて「悪くない条件だ」と言っている。

 そうなのだ・・・・。

 トマスが提案してきた条件は、我々にとって悪くないのだ。
 余剰在庫を抱え込んで苦しんでいる我々にとって、むしろ良い条件だ。
 渡りに船と言っていい。

 そして、この悪くない条件が、非常に気持ち悪い・・・。

 私はいろんな可能性を考えてみた。

 ・トマスは本当に810JD/kgと言っていただろうか?
 ・81JD/kgの間違いではないのか?
 ・私は何のために留置所に入れられたのか?
 ・現地駐在員は本当に人質になっているのだろうか?
 ・外務省職員を名乗る男は、何のために私を監視しているのだろうか?

 考えてみるものの、分からない・・・。

 気持ち悪い状態のまま、私たち国内商社は、『石の上にも作成』によって発生した余剰在庫の売却を開始した。

 ***

 トマスへの余剰在庫の売却が開始して、数ヶ月が経過した。もうすっかり年末だ。

 現地駐在員はサンマーティン国で監視対象ではあるものの、現地で普通に生活をしている。私の生活も普通だ。

 そして、まだ『石の上にも作成』は継続している。
 外務省の関連会社がサンマーティン国からの輸入量は月100t追加されたものの、その他は変わりない。
 我々国内商社は、余剰在庫が月100t増えたことから、トマスの会社に売却している。

 『石の上にも作成』は銅価格に関しては成功しており、銅の国内価格は1,500JD/kgを維持している。

 そう言えば、先月、サンマーティン鉱業のチャンがベルグレービア商事にやって来た。
 私はチャンに会って驚いた。
 なぜなら、数カ月ぶりに会ったはずのチャンは、私の会ったことのない別人だった。

 確かに、初めて会った時から顔立ちがアジア系らしくないと思っていた。

 一体、私の会ったチャンは誰だったのだろう?


 サンマーティン国での出来事を思い出していると、部下が来年の『ジャービス王国カレンダー』を持って私のところにやってきた。

「ジャービス王国カレンダー」は、年末年始の挨拶として企業が配っているカレンダーで、国王、王妃と4人の王子が2カ月ごとに掲載されている。
 今年のカレンダーは6人の顔写真に合わせて、それぞれの座右の銘と趣味が載っているようだ。

 ・ジェームス(第1王子)
 【座右の銘】質実剛健
 【趣味】サバイバルゲーム

 確か、第1王子は軍総本部の司令官のはずだから、それらしい座右の銘だろう。
 サバイバルゲームも実践を兼ねた趣味のようだ。
 カレンダーに掲載された写真も日に焼けた好青年だ。


 ・チャールズ(第2王子)
 【座右の銘】急がば回れ
 【趣味】オンラインゲーム

 実に官僚的な言葉(座右の銘)だ。
 何か提案があると「時期早々・・・」とお茶を濁す人間なのかもしれない。
 オンラインゲームをしているせいか色白だ。
 カレンダーの写真は、第1王子に比べると暗い感じがする。


 ・アンドリュー(第3王子)
 【座右の銘】情けは人の為ならず
 【趣味】スパイごっこ

 私はこの座右の銘を見た瞬間、身覚えのある言葉だと思った。

 そして、カレンダーに掲載された写真には、私の知っているチャンが載っていた。

 “スパイごっこ”

 私が巻き込まれた一連の事件は、この王子の趣味だったのだろうか?

 分からない・・・。


 <終わり>
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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