回顧録第2話 情けは人の為ならず(その1)
文字数 1,878文字
(2)情けは人の為ならず
私の名前はルース。ジャービス王国最大の総合商社、ベルグレービア商事で働いている。
金属資源取引を扱う金属資源部の部長をしている。
ジャービス王国の金属取引の大半をベルグレービア商事が扱っているため、私のことを『メタル王』と言う人もいるくらいだ。それくらい、金属業界では有名だと思う。
私が責任者をしている金属資源部は業績も良く、同期で一番出世している。役員への昇進ももう少しだ。
私生活では子供が2人いる。2人とも頭がよく、ジャービス王国の最難関のジャービス王立大学に進学した。親として、とても鼻が高い。
私は、公私共に順調だった。
あの王子に目を付けられるまでは・・・。
あの王子に目をつけられたのは、いつだっただろう?
確か、銅価格を操作していた時だったと思う。
愚痴になるが、よかったら私の話を聞いてほしい。
***
あれは、ジャービス王国に初雪が降ったころだ。吐く息が白かったのを覚えている。
寒空の中、タクシーがつかまらなくてイライラしていた時だ。社内の金属トレーダーから私の携帯電話に電話があった。
ベルグレービア商事では、トレーダーは金属資源部には所属していない。別の部署にいるので私の部下ではないが、お互い様なのでよく情報をくれる。現物を取り扱う金属資源部、先物の扱うトレーダーは、持ちつ持たれつだ。
なので、金属資源取引において、トレーダーとの付き合いは非常に重要だ。
トレーダーからの電話の内容は、銅先物に大量の売りが出ているので、現物市場を調べて欲しいという内容だった。
建玉(たてぎょく)を聞くと、20万kgと言っていたから200tだ。ジャービス王国の銅の取引量が月1,000tだから20%。そんな大量の銅先物を売却する奴はこの国にはいない。
「誤発注じゃないのか?」とトレーダーに聞いたが、「違う」という。
6カ月先まで、200tの銅先物が売られていたからだ。
これだけ大きな建玉を取引するのは、商社以外には考えられない。
銅の先物価格は現物価格と連動しているから、現物を取り扱っていない投資家が先物を大量に売却しても巨額の損失が出るのは目に見えている。
それに、国内商社は銅先物を売らないはずだ。なぜなら、銅の国内価格を維持するために、カルテルを結んでいるからだ。
カルテルはどの業界にでも存在する。買い手から圧力を受けないための自衛の手段と、言えなくもない。石油産出国が利益を目的として設立したOPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries:石油輸出国機構)などはカルテルの典型だ。
ジャービス王国ではカルテルは禁止されている。一方、OPECは大々的に石油価格や供給量を操作している。OPECが違法でないのに、私たちの銅取引のカルテルが違法というのは、納得がいかない。
銅先物を売ると現物価格が下がる。カルテルを結んでいる国内商社は、銅価格を下げたくないから、銅先物を売るはずがない。
そうすると、銅先物を売っているのは外国商社だろうか?
そう思った私は、ジャービス王国と取引のある外国商社に片っ端から電話して確認した。部下に指示をして、国内商社にも全部電話で確認させた。
でも、ジャービス王国の銅先物を取引している外国商社も国内商社もなかった。
ヘッジファンドがどこからか情報を仕入れてきて、銅先物を売っているのだろうか?
その可能性は薄い。
どこが売っているのだろう?
分からない。
とりあえずトレーダーには、銅先物を売っているのは国内商社と外国商社ではないことを伝えた。そして、何か情報を入手したら私に連絡してほしいと伝えた。
***
トレーダーから電話があった2週間後に、金属資源部の部下から銅の現物価格が下がり始めたことを聞かされた。やはり銅先物の売りが影響しているのだろう。
部下が言うには、ジャービス鉱業が国内販売量を増やしているという。
国内商社はカルテルがあるから、販売量を増やさないはずだから、ジャービス鉱業の販売量の増加が銅価格下落の原因に違いない。
そうすると、銅先物の売りもジャービス鉱業かも知れない。
私はトレーダーに電話して、ジャービス鉱業が銅の販売量を増やしていると伝えた。
きっと、他の商社も、銅価格が下がってきて、動揺している頃だろう。早く手を打たないと、他の商社に下手に動かれると困る。
カルテルの連携が崩れると銅の国内価格を維持できないので、私は国内商社の担当者を集めて、情報共有することにした。
<続く>
私の名前はルース。ジャービス王国最大の総合商社、ベルグレービア商事で働いている。
金属資源取引を扱う金属資源部の部長をしている。
ジャービス王国の金属取引の大半をベルグレービア商事が扱っているため、私のことを『メタル王』と言う人もいるくらいだ。それくらい、金属業界では有名だと思う。
私が責任者をしている金属資源部は業績も良く、同期で一番出世している。役員への昇進ももう少しだ。
私生活では子供が2人いる。2人とも頭がよく、ジャービス王国の最難関のジャービス王立大学に進学した。親として、とても鼻が高い。
私は、公私共に順調だった。
あの王子に目を付けられるまでは・・・。
あの王子に目をつけられたのは、いつだっただろう?
確か、銅価格を操作していた時だったと思う。
愚痴になるが、よかったら私の話を聞いてほしい。
***
あれは、ジャービス王国に初雪が降ったころだ。吐く息が白かったのを覚えている。
寒空の中、タクシーがつかまらなくてイライラしていた時だ。社内の金属トレーダーから私の携帯電話に電話があった。
ベルグレービア商事では、トレーダーは金属資源部には所属していない。別の部署にいるので私の部下ではないが、お互い様なのでよく情報をくれる。現物を取り扱う金属資源部、先物の扱うトレーダーは、持ちつ持たれつだ。
なので、金属資源取引において、トレーダーとの付き合いは非常に重要だ。
トレーダーからの電話の内容は、銅先物に大量の売りが出ているので、現物市場を調べて欲しいという内容だった。
建玉(たてぎょく)を聞くと、20万kgと言っていたから200tだ。ジャービス王国の銅の取引量が月1,000tだから20%。そんな大量の銅先物を売却する奴はこの国にはいない。
「誤発注じゃないのか?」とトレーダーに聞いたが、「違う」という。
6カ月先まで、200tの銅先物が売られていたからだ。
これだけ大きな建玉を取引するのは、商社以外には考えられない。
銅の先物価格は現物価格と連動しているから、現物を取り扱っていない投資家が先物を大量に売却しても巨額の損失が出るのは目に見えている。
それに、国内商社は銅先物を売らないはずだ。なぜなら、銅の国内価格を維持するために、カルテルを結んでいるからだ。
カルテルはどの業界にでも存在する。買い手から圧力を受けないための自衛の手段と、言えなくもない。石油産出国が利益を目的として設立したOPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries:石油輸出国機構)などはカルテルの典型だ。
ジャービス王国ではカルテルは禁止されている。一方、OPECは大々的に石油価格や供給量を操作している。OPECが違法でないのに、私たちの銅取引のカルテルが違法というのは、納得がいかない。
銅先物を売ると現物価格が下がる。カルテルを結んでいる国内商社は、銅価格を下げたくないから、銅先物を売るはずがない。
そうすると、銅先物を売っているのは外国商社だろうか?
そう思った私は、ジャービス王国と取引のある外国商社に片っ端から電話して確認した。部下に指示をして、国内商社にも全部電話で確認させた。
でも、ジャービス王国の銅先物を取引している外国商社も国内商社もなかった。
ヘッジファンドがどこからか情報を仕入れてきて、銅先物を売っているのだろうか?
その可能性は薄い。
どこが売っているのだろう?
分からない。
とりあえずトレーダーには、銅先物を売っているのは国内商社と外国商社ではないことを伝えた。そして、何か情報を入手したら私に連絡してほしいと伝えた。
***
トレーダーから電話があった2週間後に、金属資源部の部下から銅の現物価格が下がり始めたことを聞かされた。やはり銅先物の売りが影響しているのだろう。
部下が言うには、ジャービス鉱業が国内販売量を増やしているという。
国内商社はカルテルがあるから、販売量を増やさないはずだから、ジャービス鉱業の販売量の増加が銅価格下落の原因に違いない。
そうすると、銅先物の売りもジャービス鉱業かも知れない。
私はトレーダーに電話して、ジャービス鉱業が銅の販売量を増やしていると伝えた。
きっと、他の商社も、銅価格が下がってきて、動揺している頃だろう。早く手を打たないと、他の商社に下手に動かれると困る。
カルテルの連携が崩れると銅の国内価格を維持できないので、私は国内商社の担当者を集めて、情報共有することにした。
<続く>