第1話 マイケルの逃亡(その2)

文字数 2,013文字

(1)マイケルの逃亡 <続き>

 俺とルイーズは内部告発ホットラインに情報提供してくれたエドガーに会いに行った。
 エドガーは生命保険会社に勤務する30代後半のサラリーマン。子供が小学生に入学するタイミングだったから、戸建て住宅を購入してそこに引っ越しを計画していたようだ。
 住んでいるコンドミニアムを売却して、その売却代金を元手に戸建て住宅の購入しようとして地主に譲渡承諾を求めた。しかし、その過程で今回の地主との揉め事が発生した。
 結局、戸建て住宅は購入できず、家族はしばらくの間、このコンドミニアムで暮らすことになりそうだ。

「はじめまして。総務省のダニエルです。一緒に来たのは、同僚のルイーズです」と俺は簡単に挨拶した。

「え? カレンダーの人ですよね?」

「まあ、そうですね。今年のカレンダーの7月~8月に載っています」

 ご存じの読者もいると思うが、ジャービス王国では毎年『王族カレンダー』を作っている。
『王族カレンダー』は意外にも評判が良くて、ジャービス王国の約70%の国民がそのカレンダーを使っている。支持率は70%に遠く及ばないのだが、なぜだろう? カレンダーには国王、王妃と4人の王子が2カ月ごとに掲載されている。だから、ジャービス王国の国民はほぼ俺の顔を知っていて、こういうやり取りがたまに発生する。

 俺が「写真でも一緒に撮りましょうか?」とエドガーに言うと、俺と一緒にピースサインをして写真におさまった。エドガーは写真を撮って満足したようだ。

 俺はマイケルとジョーダンのことが気になるから、さっそく本題に入る。

「内部告発ホットラインにご連絡頂いた借地権について、いくつか伺いたいのですがよろしいですか?」

「もちろんです。どのような件でしょうか?」

「まず、問題になっている借地契約について伺いたいのですが、地上権ではなく賃借権ですよね?」

「えっと、地上権や賃借権ではなく、借地権なのですが・・・」

「聞き方が悪かったですね。借地権は地上権と賃借権の2つに分かれるんです。普通は賃借権ですが、もし、地上権だったら譲渡承諾は必要ありません」

「地上権?」

「えーっと、土地の賃貸借契約書はありますか?」

 俺がそう言うと、エドガーは俺に土地賃貸借契約書を見せてくれた。契約書を確認すると、今回の借地権は賃借権なので地主の譲渡承諾が必要だ。

 ちなみに地上権と賃借権の違いは以下(図表10-1)の通りだ。地上権は権利(物件)が強すぎて地主に不利になるから、一般的には利用されない。
 地上権が設定されるのはトンネルや地下鉄を作る場合など特殊なケースのみだ。


【図表10-1:借地権の種類】



※上記は通常のケースを記載したものです。契約等で別途定めがある場合は扱いが異なります。

 俺は契約書を見ていて気になる点があったから、エドガーに質問した。

「地主はMJだと聞いていたのですが、この土地賃貸借契約書では別の人物が土地所有者として契約していますね?」

「そうです。私がこのコンドミニアムを購入した時は、契約書に記載してある人物が地主でした。2年ほど前に土地の所有権がその人物からMJに譲渡されたようです」

「へー。じゃあ、MJは元の所有者から底地(借地権が設定された土地の所有権)を購入したのですね。あなたが譲渡承諾を断られたのはMJですよね?」

「そうです。前の地主とは契約の時に会っただけですが、感じの良さそうな人でした。きっと、前の地主に譲渡承諾を依頼していたら揉めなかったはずです」

「ちなみに、前の地主がMJに底地を売却した理由はご存じありませんか?」

「詳しくは知りませんが、不動産会社は「相続で売却した」と言っていました。だから、前の所有者が亡くなったのではないかと・・・」

「相続ですか。まあ、ありそうな理由ですね。ところで、MJから法外な金額で底地を買取るように言われたようですが、いくらで売却すると言ってきましたか?」

「えーっと、500万JDです」

※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。

 俺はコンドミニアム土地面積、建物全体の面積、エドガーが保有している建物面積、路線価を使って計算した。
 エドガーの土地賃借面積は5㎡、路線価は50万JD/㎡、借地権割合70%とすると、底地価格は75万JDだ。

※計算方法は以下の通り。
底地価格=50万JD/㎡×5㎡×(1-70%)=75万JD


 MJはその底地を500万JDで売却しようとしている。路線価ベースで計算した底地価格が75万JDだから約6.7倍だ。
 俺の推理では、MJは底地を安く仕入れて、直ぐにでも売却したい建物所有者に高値で底地を売却しているのだと思う。

 俺たちが手助けできることがあるかどうかは分からないが、エドガーから話を聞いてMJの手口を把握することができた。
 少し追加で話を聞いた後、俺たちはエドガーに礼を言って総務省に戻った。
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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