第1話 新たな依頼(その2)
文字数 2,175文字
(1)新たな依頼 <続き>
俺はルイーズとスミスと一緒に、内部告発ホットラインにメッセージをくれたロドリゲスに会いにいった。
俺たちの前に出てきたロドリゲスは、パーカーを着た、髪型がボサボサの若者だった。平日の昼間に自宅にいることから、大学生だろうか?
俺たちはロドリゲスの自宅の客間(きゃくま)に案内された。今どき客間がある家は珍しい。
そこそこ金持ちの家なのだろう。
まず俺は、ロドリゲスに自己紹介をした。
「総務省の内部調査部からきたダニエルです。2人は、同じく内部調査部のルイーズとスミスです」
「はじめまして、ロドリゲスです。今回は私の依頼を受けていただいて、ありがとうございます。これで10万JDは確定でしょうか?」とロドリゲスは俺に質問した。
どうやら、ロドリゲスは『採用されたら10万JD貰えるキャンペーン』のことを言っているようだ。
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
大学生にとって10万JDは魅力的だ。1カ月のバイト代くらいだろう。
彼女がいれば、ちょっと贅沢な旅行にも行ける。
俺も大学生だったら、テンションが上がったに違いない。
期待させておいて申し訳ないが、俺はロドリゲスに事実を伝えた。
「残念ながら、まだ正式採用にはなっていません。今回お話しを伺って、正式採用となれば10万JDをお支払いします」と俺は言った。
ロドリゲスはがっかりしているようだ。気持ちは分かる。
俺は話を続けた。
「それで、相談内容についてお話しを伺いたいのですが。ロドリゲスは、実際に被害を受けているのでしょうか?」と俺はロドリゲスに質問する。
「私ではなく、私の母です。経緯をご説明しますと・・・」と言ってロドリゲスは今回の経緯を話しはじめた。ロドリゲスの説明は所々要領を得ない部分もあったが、要約するとこんな内容だ。
***********
話は5年前に遡る。
ロドリゲスの母親が友人と買い物をしていた時に、デパートの近くの会場で新商品がもらえるイベントがあるのを知って、訪問したのが始まりだ。
ロドリゲスの母親とその友人がイベント会場に入ると、100人くらいの高齢者が集まっていた。そのイベントは、企業の新商品の説明を5分聞いたら、その商品を無料で貰えるというものだった。新商品を無料配布するイベントはたまにあるから、ロドリゲスの母親は、企業の販売促進イベントだと思ったようだ。
ロドリゲスの母親とその友人は、その日は幾つかの商品の説明を聞いて、その商品をタダ(無料)でもらって帰宅したらしい。
翌週もそのイベントは開催されていた。前回と同様に、商品の説明を5分聞くと、ほとんどの商品が無料で配られた。一部の商品は定価の10%での販売(90%引き)という安値で販売されていたようだ。
その日、ロドリゲスの母親は90%オフ商品を1つだけ買って、その他の商品はタダでもらって帰宅した。翌週も、同じような感じだったらしい。
今思うと、90%引きの商品販売は、頼まれると断りにくい高齢者を見つける手段だったのかもしれない、とロドリゲスは言った。この大学生も、推理が好きなようだ。
そして、ロドリゲスの母親とその友人が4回目のイベントに行ったとき、いつもとは違う商品の説明があった。
毎月分配型の年12%金利の社債だ。額面の1%の金利が毎月送金されるという社債だったらしい。
最低投資金額が1万JDと安かったので、友人と一緒に1口だけ購入した。
いつもタダで商品をもらっている負目もあったのだろう。
この頃からロドリゲスの母親は毎週イベントに参加して、無料で新商品をもらいながら、激安商品をたまに購入する、という生活サイクルに入った。
月1回、少額を購入する社債の金利も毎月送金されてきたようだ。
ただで商品が貰えるし、たまに少額を購入する社債も問題なく金利が入ってくる。
イベントの参加者は非常に満足していたようだ。
そして、次第にロドリゲスの母親は、このイベントを友人や近所に広めるようになった。
他の参加者も友人に広めていたから、日を追うごとにイベントに参加するメンバーは増えていった。
その結果、ロドリゲスの母親が最初に参加した時は100人くらいのイベントだったが、徐々に1,000人くらいが参加する大規模なイベントになった。最初は貸し会議室だったイベント会場も、ホテルのパーティ会場へとグレードアップしていった。
参加者が急激に増えはじめた頃から、周りに変化があった。
社債の保有口数を競うようになったのだ。
ロドリゲスの母親が言うには、参加者がおかしくなったのは、社債の保有口数によってイベント会場の座る順番が決まった頃だと言っている。
イベントの参加者は、社債の保有口数に応じて座る席が決められ、さらに、高額保有者にはイベントを開催している会社からプレゼントが送られるようになった。
プレゼントの内容は社債の保有口数によって差があり、高額保有者の中には海外旅行や車をプレゼントされた者もいたらしい。
ロドリゲスの母親たち参加者は、このイベントにおける高額保有者の優遇制度を『社債カースト』と呼んでいたようだ。
俺も、似たような話をタワーマンションに住んでいる友人から聞いたことがある。
<続く>
俺はルイーズとスミスと一緒に、内部告発ホットラインにメッセージをくれたロドリゲスに会いにいった。
俺たちの前に出てきたロドリゲスは、パーカーを着た、髪型がボサボサの若者だった。平日の昼間に自宅にいることから、大学生だろうか?
俺たちはロドリゲスの自宅の客間(きゃくま)に案内された。今どき客間がある家は珍しい。
そこそこ金持ちの家なのだろう。
まず俺は、ロドリゲスに自己紹介をした。
「総務省の内部調査部からきたダニエルです。2人は、同じく内部調査部のルイーズとスミスです」
「はじめまして、ロドリゲスです。今回は私の依頼を受けていただいて、ありがとうございます。これで10万JDは確定でしょうか?」とロドリゲスは俺に質問した。
どうやら、ロドリゲスは『採用されたら10万JD貰えるキャンペーン』のことを言っているようだ。
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
大学生にとって10万JDは魅力的だ。1カ月のバイト代くらいだろう。
彼女がいれば、ちょっと贅沢な旅行にも行ける。
俺も大学生だったら、テンションが上がったに違いない。
期待させておいて申し訳ないが、俺はロドリゲスに事実を伝えた。
「残念ながら、まだ正式採用にはなっていません。今回お話しを伺って、正式採用となれば10万JDをお支払いします」と俺は言った。
ロドリゲスはがっかりしているようだ。気持ちは分かる。
俺は話を続けた。
「それで、相談内容についてお話しを伺いたいのですが。ロドリゲスは、実際に被害を受けているのでしょうか?」と俺はロドリゲスに質問する。
「私ではなく、私の母です。経緯をご説明しますと・・・」と言ってロドリゲスは今回の経緯を話しはじめた。ロドリゲスの説明は所々要領を得ない部分もあったが、要約するとこんな内容だ。
***********
話は5年前に遡る。
ロドリゲスの母親が友人と買い物をしていた時に、デパートの近くの会場で新商品がもらえるイベントがあるのを知って、訪問したのが始まりだ。
ロドリゲスの母親とその友人がイベント会場に入ると、100人くらいの高齢者が集まっていた。そのイベントは、企業の新商品の説明を5分聞いたら、その商品を無料で貰えるというものだった。新商品を無料配布するイベントはたまにあるから、ロドリゲスの母親は、企業の販売促進イベントだと思ったようだ。
ロドリゲスの母親とその友人は、その日は幾つかの商品の説明を聞いて、その商品をタダ(無料)でもらって帰宅したらしい。
翌週もそのイベントは開催されていた。前回と同様に、商品の説明を5分聞くと、ほとんどの商品が無料で配られた。一部の商品は定価の10%での販売(90%引き)という安値で販売されていたようだ。
その日、ロドリゲスの母親は90%オフ商品を1つだけ買って、その他の商品はタダでもらって帰宅した。翌週も、同じような感じだったらしい。
今思うと、90%引きの商品販売は、頼まれると断りにくい高齢者を見つける手段だったのかもしれない、とロドリゲスは言った。この大学生も、推理が好きなようだ。
そして、ロドリゲスの母親とその友人が4回目のイベントに行ったとき、いつもとは違う商品の説明があった。
毎月分配型の年12%金利の社債だ。額面の1%の金利が毎月送金されるという社債だったらしい。
最低投資金額が1万JDと安かったので、友人と一緒に1口だけ購入した。
いつもタダで商品をもらっている負目もあったのだろう。
この頃からロドリゲスの母親は毎週イベントに参加して、無料で新商品をもらいながら、激安商品をたまに購入する、という生活サイクルに入った。
月1回、少額を購入する社債の金利も毎月送金されてきたようだ。
ただで商品が貰えるし、たまに少額を購入する社債も問題なく金利が入ってくる。
イベントの参加者は非常に満足していたようだ。
そして、次第にロドリゲスの母親は、このイベントを友人や近所に広めるようになった。
他の参加者も友人に広めていたから、日を追うごとにイベントに参加するメンバーは増えていった。
その結果、ロドリゲスの母親が最初に参加した時は100人くらいのイベントだったが、徐々に1,000人くらいが参加する大規模なイベントになった。最初は貸し会議室だったイベント会場も、ホテルのパーティ会場へとグレードアップしていった。
参加者が急激に増えはじめた頃から、周りに変化があった。
社債の保有口数を競うようになったのだ。
ロドリゲスの母親が言うには、参加者がおかしくなったのは、社債の保有口数によってイベント会場の座る順番が決まった頃だと言っている。
イベントの参加者は、社債の保有口数に応じて座る席が決められ、さらに、高額保有者にはイベントを開催している会社からプレゼントが送られるようになった。
プレゼントの内容は社債の保有口数によって差があり、高額保有者の中には海外旅行や車をプレゼントされた者もいたらしい。
ロドリゲスの母親たち参加者は、このイベントにおける高額保有者の優遇制度を『社債カースト』と呼んでいたようだ。
俺も、似たような話をタワーマンションに住んでいる友人から聞いたことがある。
<続く>