第5話 カルテルを疑え(その1)
文字数 1,958文字
(5)カルテルを疑え
ジャービス商品取引所とベルグレービア商事に訪問していた6人が、内部調査部に戻ってきた。
俺もどちらかに行きたかったが、別の会議に参加していたため、留守番だった。
俺が尊敬している刑事が『事件は会議室ではなく現場で起きている』と言っていた。探偵として、現場を知らないのは致命的だ。
今から現場の話を聞いて犯人を推理しよう、と心に決めた。
俺は戻ってきた内部調査部のメンバー6人を会議スペースに集めた。会議スペースと言っても、小さい机が置いてあるだけの、せせこましい空間だ。
とても7人も入れるとは思えない会議スペースなのだが、別の会議室に移動するのも面倒だったので、満員電車の中のような空間で会議が始まった。
俺が内部調査部長なので会議を進める。
「まず、ジャービス商品取引所はどうだったの?」と俺はルイーズに質問した。
「担当者に銅先物の価格について聞いてきたけど、先物価格が現物価格の上がる形状になっていないみたい」
「どういうこと?」
「例えば、現物価格(今の価格)、1カ月先物(1カ月後の価格)、6カ月先物(6カ月後の価格)と見たときに、6カ月先物の価格が一番低くなっているみたい。これがどういうことかと言うと、投資家は銅価格がそのうち下落すると予想していることらしい。先物主導で現物価格が上がるときは、こういう形状にはならないみたい」
「ふーん。じゃあ、先物市場に異常はないから、投機筋が先物を使って価格高騰を仕掛けているわけではない、ということ?」
「ジャービス商品取引所の担当者が言うには、そういうことみたい」
「そうか。ベルグレービア商事はどうだった?」と俺はスミスに聞いた。
「私たちは、ベルグレービア商事の金属資源の責任者、ルースから話を聞いてきました。ルースの話では、原因は需給バランスが崩れているから、ということみたいです。今年に入ってから銅の需要が急拡大しているようですが、一方、供給量は前年度とほぼ同じで慢性的に銅が不足しているようです。また、投機筋が銅を買い占めている情報は入ってきていない、と言っていました」
「現物価格は需要が拡大しているから上がっていて、誰かが意図的に買い占めているわけではない。ということで、いいかな?」と俺はスミスに確認した。
「ルースから聞いた話では、その通りです」とスミスは言った。
「つまり、ジャービス商品取引所とベルグレービア商事へのヒアリング結果をまとめると、銅を買い占めている者がいないということになるよね?」と俺は内部調査部のメンバーに聞いた。
すると、「そうだね」とルイーズが言った。
「そうだとすると、調査の結果、『銅価格の高騰は、犯人がいないから事件が解決できませんでした』というオチにならないか?」と俺は言った。
このままではまずい。犯人がいない事件なんて、探偵としてどう解決すればいいか検討もつかない。俺は内部告発ホットラインに送られてきた内容をもう一度確認した。
**********************************************
銅の取引価格が高騰し、メーカーの製造原価が増加して収益が圧迫されています。このままでは値上げに踏み切るしかありません。銅価格の上昇は何者かによる買占めのようなので、調査をお願いします。
**********************************************
銅価格の高騰の原因は、告発者の言う『何者かによる買占め』ではないのだろうか?
それとも、そもそも需給バランスが崩れただけで、誰も何もしていないのだろうか?
本当に犯人はいないのか?
もしかすると、これくらいのトリックが分からない俺はポンコツなのか?
謎は深まるばかりだ・・・・。
考え中の俺にルイーズが話してきた。
「別に犯人がいてもいなくても、いいじゃないかな」
「犯人がいなくていいって、どういうこと?事件が解決できないじゃない」と俺は反論する。
「だから、内部調査部の本来の目的は犯人探しじゃない。国民生活を守るために問題を解決することが目的じゃないの?」とルイーズが言った。
確かに正論だが、それだと内部調査部の調査には向かない。
明確な原因・犯人が存在しなければ、事件を解決したことにならないからだ。事件として調査している以上、原因を発見し、解決方法を示す必要があるはずだ。
「言っていることは分かるよ。内部調査部は、国王が国民の人気取りのために始めたわけだけど、でも、調査となると事情が違う。明確な悪が存在しなければ、結果の善し悪しが判断できない。それとも、『物価高が悪だから、物価高を退治する』と言えばいいのか?」と俺は言った。
期待した結果が得られず、俺は少し投げやりになっているようだ。
<続く>
ジャービス商品取引所とベルグレービア商事に訪問していた6人が、内部調査部に戻ってきた。
俺もどちらかに行きたかったが、別の会議に参加していたため、留守番だった。
俺が尊敬している刑事が『事件は会議室ではなく現場で起きている』と言っていた。探偵として、現場を知らないのは致命的だ。
今から現場の話を聞いて犯人を推理しよう、と心に決めた。
俺は戻ってきた内部調査部のメンバー6人を会議スペースに集めた。会議スペースと言っても、小さい机が置いてあるだけの、せせこましい空間だ。
とても7人も入れるとは思えない会議スペースなのだが、別の会議室に移動するのも面倒だったので、満員電車の中のような空間で会議が始まった。
俺が内部調査部長なので会議を進める。
「まず、ジャービス商品取引所はどうだったの?」と俺はルイーズに質問した。
「担当者に銅先物の価格について聞いてきたけど、先物価格が現物価格の上がる形状になっていないみたい」
「どういうこと?」
「例えば、現物価格(今の価格)、1カ月先物(1カ月後の価格)、6カ月先物(6カ月後の価格)と見たときに、6カ月先物の価格が一番低くなっているみたい。これがどういうことかと言うと、投資家は銅価格がそのうち下落すると予想していることらしい。先物主導で現物価格が上がるときは、こういう形状にはならないみたい」
「ふーん。じゃあ、先物市場に異常はないから、投機筋が先物を使って価格高騰を仕掛けているわけではない、ということ?」
「ジャービス商品取引所の担当者が言うには、そういうことみたい」
「そうか。ベルグレービア商事はどうだった?」と俺はスミスに聞いた。
「私たちは、ベルグレービア商事の金属資源の責任者、ルースから話を聞いてきました。ルースの話では、原因は需給バランスが崩れているから、ということみたいです。今年に入ってから銅の需要が急拡大しているようですが、一方、供給量は前年度とほぼ同じで慢性的に銅が不足しているようです。また、投機筋が銅を買い占めている情報は入ってきていない、と言っていました」
「現物価格は需要が拡大しているから上がっていて、誰かが意図的に買い占めているわけではない。ということで、いいかな?」と俺はスミスに確認した。
「ルースから聞いた話では、その通りです」とスミスは言った。
「つまり、ジャービス商品取引所とベルグレービア商事へのヒアリング結果をまとめると、銅を買い占めている者がいないということになるよね?」と俺は内部調査部のメンバーに聞いた。
すると、「そうだね」とルイーズが言った。
「そうだとすると、調査の結果、『銅価格の高騰は、犯人がいないから事件が解決できませんでした』というオチにならないか?」と俺は言った。
このままではまずい。犯人がいない事件なんて、探偵としてどう解決すればいいか検討もつかない。俺は内部告発ホットラインに送られてきた内容をもう一度確認した。
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銅の取引価格が高騰し、メーカーの製造原価が増加して収益が圧迫されています。このままでは値上げに踏み切るしかありません。銅価格の上昇は何者かによる買占めのようなので、調査をお願いします。
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銅価格の高騰の原因は、告発者の言う『何者かによる買占め』ではないのだろうか?
それとも、そもそも需給バランスが崩れただけで、誰も何もしていないのだろうか?
本当に犯人はいないのか?
もしかすると、これくらいのトリックが分からない俺はポンコツなのか?
謎は深まるばかりだ・・・・。
考え中の俺にルイーズが話してきた。
「別に犯人がいてもいなくても、いいじゃないかな」
「犯人がいなくていいって、どういうこと?事件が解決できないじゃない」と俺は反論する。
「だから、内部調査部の本来の目的は犯人探しじゃない。国民生活を守るために問題を解決することが目的じゃないの?」とルイーズが言った。
確かに正論だが、それだと内部調査部の調査には向かない。
明確な原因・犯人が存在しなければ、事件を解決したことにならないからだ。事件として調査している以上、原因を発見し、解決方法を示す必要があるはずだ。
「言っていることは分かるよ。内部調査部は、国王が国民の人気取りのために始めたわけだけど、でも、調査となると事情が違う。明確な悪が存在しなければ、結果の善し悪しが判断できない。それとも、『物価高が悪だから、物価高を退治する』と言えばいいのか?」と俺は言った。
期待した結果が得られず、俺は少し投げやりになっているようだ。
<続く>