第4話 家族会議(その1)
文字数 2,049文字
(4) 家族会議
総務省に戻った俺は、その足で国王が招集した定例会議に参加した。
ジャービス王国は王族が政治の中心にいて、重要な政策の方針を定期的に話し合っている。
この定例会議は参加者が国王と王子4人だけ。
だから、役所で働く公務員からは『家族会議』と呼ばれている。
多分、いい意味ではない。
ジャービス王国では、家族会議で決まったことがそのまま政策や法律として反映されるわけではない。
ジャービス王国において政策や法案を審議するのは議会だからだ。
大雑把に言うと、家族会議で決まった事項のうち、議会で承認されるのは約50%。
半分は議会に否決される。
思い付きで起案したもの、国民受けが良くないもの、意味がなさそうな案は、ほぼ全て議会に否決されるのだ。
良く言えば、国家としてのガバナンスが効いている。
家族会議が終わりに近づいたころ、国王が俺に質問してきた。
「内部調査部では、最近どういう案件を調査しているのだ?」
「今はジャービット・コインの件を調査しています。内部告発ホットラインに届いた案件です。ちなみに、ジャービット・コインは仮想通貨や暗号資産です。過去のパフォーマンスが他の暗号資産と比べて良過ぎるので『何か裏があるのではないか?』と情報提供がありました。それで、調査を開始しました」と俺は答えた。
「仮想通貨か。確か、数年前に国内での取引を禁止するかどうかを議論した記憶があるな。一時期よりも取引量は少なくなったと聞いている。実際のところはどうなのだ?」と国王が俺に聞いてきた。
「ひと昔前のように買えば必ず儲かるという風潮はありません。そういう意味では取引は正常化していると思います」と俺は答えた。
「そうか。そういえば、暗号資産交換業者の大手、TFXの買収を同業者が検討しているというニュースを見たな。今後は同業を買収するM&Aが活発化するのだろうか? ダニエルはどう思う?」と国王が言った。
「増えるでしょうね。暗号資産交換業者が規模を追求するのは理にかなっています。暗号資産交換業者はシステムの運用コストや広告費が大きいので、規模が大きくないと利益が出にくいですから。ただ、暗号資産交換業者は財務内容を誤魔化しやすいので、デューデリジェンス(資産査定)を慎重にする必要があると思います」
「そういうものか。まあ、頑張ってくれ」と国王は言った。
今日の定例会議の議題は一通り議論した。
会議はこれで終わりだと思っていたら、第2王子のチャールズが発言した。
「ダニエル。暗号資産交換業者で、どこか安く買えそうな会社ないかな?」
俺は嫌な予感がした。
こういう時、チャールズは仕事を俺に押し付けようとしている。
まず、チャールズの真意を確かめた方がいいだろう。
俺はチャールズに質問した。
「どういうことですか?」
「ジャービス王国は国の財源を補うために国債を発行しているよね。例えば、10年国債を発行すると年率3%の金利を払わないといけない」チャールズは当たり前のことを言った。
「当たり前じゃないですか。国債は国の借金ですから国債保有者に利息を払わないといけません」
「でもさ、ジャービス王国が仮想通貨を発行したら利息を払わなくていいよね」
「え?」
「例えば、ジャービス王国が100%株主の会社が暗号資産を発行する。その暗号資産は市場で取引されて価格は変動するけど、国の借金じゃない。だから、ジャービス王国が償還する必要がない。そして、ジャービス王国は利息を払う必要ない」
「まあ、そうですね」
「暗号資産交換業者を買収できれば、ジャービス王国の暗号資産を流通させることができる。そうすると、ジャービス王国は国債を発行しなくてもいいよね?」
チャールズの考えそうなことだ。
国債利息の支払いをケチろうとしている。
いつも通りセコいやつだ。
チャールズの言いたいことは分かるが、それは俺の仕事ではない。
買収するなら自分でやってほしいのが俺の本音だ。
言うことを聞いていると俺の仕事が増えていきそうだから、俺が関わらない方向に誘導しないといけない。
「チャールズ兄さんの言っていることは、中央銀行で貨幣を発行するのと同じですよね? インフレが起きるリスクをどう考えていますか?」
「それは違うよ。中央銀行で貨幣を発行したらマネーストックが増えるけど、暗号資産を発行してもマネーストックが増えない。暗号資産の買い手は市中に流通している貨幣で暗号資産を購入するから、マネーストックには影響しない」
「マネーストックじゃない?」
「そうだよ。マネーストックを増やせばインフレ率が増加する可能性がある。けど、暗号資産はマネーストックに影響しないからインフレは起きないはずだ」とチャールズは言った。
チャールズは強引な理屈を展開しはじめた。
参加者が納得しそうな雰囲気にも見える。
このままではマズイ。
チャールズは国王の合意を採ってこの件を俺に押し付けようとしている。
何とかして回避しなければ・・・。
<続く>
総務省に戻った俺は、その足で国王が招集した定例会議に参加した。
ジャービス王国は王族が政治の中心にいて、重要な政策の方針を定期的に話し合っている。
この定例会議は参加者が国王と王子4人だけ。
だから、役所で働く公務員からは『家族会議』と呼ばれている。
多分、いい意味ではない。
ジャービス王国では、家族会議で決まったことがそのまま政策や法律として反映されるわけではない。
ジャービス王国において政策や法案を審議するのは議会だからだ。
大雑把に言うと、家族会議で決まった事項のうち、議会で承認されるのは約50%。
半分は議会に否決される。
思い付きで起案したもの、国民受けが良くないもの、意味がなさそうな案は、ほぼ全て議会に否決されるのだ。
良く言えば、国家としてのガバナンスが効いている。
家族会議が終わりに近づいたころ、国王が俺に質問してきた。
「内部調査部では、最近どういう案件を調査しているのだ?」
「今はジャービット・コインの件を調査しています。内部告発ホットラインに届いた案件です。ちなみに、ジャービット・コインは仮想通貨や暗号資産です。過去のパフォーマンスが他の暗号資産と比べて良過ぎるので『何か裏があるのではないか?』と情報提供がありました。それで、調査を開始しました」と俺は答えた。
「仮想通貨か。確か、数年前に国内での取引を禁止するかどうかを議論した記憶があるな。一時期よりも取引量は少なくなったと聞いている。実際のところはどうなのだ?」と国王が俺に聞いてきた。
「ひと昔前のように買えば必ず儲かるという風潮はありません。そういう意味では取引は正常化していると思います」と俺は答えた。
「そうか。そういえば、暗号資産交換業者の大手、TFXの買収を同業者が検討しているというニュースを見たな。今後は同業を買収するM&Aが活発化するのだろうか? ダニエルはどう思う?」と国王が言った。
「増えるでしょうね。暗号資産交換業者が規模を追求するのは理にかなっています。暗号資産交換業者はシステムの運用コストや広告費が大きいので、規模が大きくないと利益が出にくいですから。ただ、暗号資産交換業者は財務内容を誤魔化しやすいので、デューデリジェンス(資産査定)を慎重にする必要があると思います」
「そういうものか。まあ、頑張ってくれ」と国王は言った。
今日の定例会議の議題は一通り議論した。
会議はこれで終わりだと思っていたら、第2王子のチャールズが発言した。
「ダニエル。暗号資産交換業者で、どこか安く買えそうな会社ないかな?」
俺は嫌な予感がした。
こういう時、チャールズは仕事を俺に押し付けようとしている。
まず、チャールズの真意を確かめた方がいいだろう。
俺はチャールズに質問した。
「どういうことですか?」
「ジャービス王国は国の財源を補うために国債を発行しているよね。例えば、10年国債を発行すると年率3%の金利を払わないといけない」チャールズは当たり前のことを言った。
「当たり前じゃないですか。国債は国の借金ですから国債保有者に利息を払わないといけません」
「でもさ、ジャービス王国が仮想通貨を発行したら利息を払わなくていいよね」
「え?」
「例えば、ジャービス王国が100%株主の会社が暗号資産を発行する。その暗号資産は市場で取引されて価格は変動するけど、国の借金じゃない。だから、ジャービス王国が償還する必要がない。そして、ジャービス王国は利息を払う必要ない」
「まあ、そうですね」
「暗号資産交換業者を買収できれば、ジャービス王国の暗号資産を流通させることができる。そうすると、ジャービス王国は国債を発行しなくてもいいよね?」
チャールズの考えそうなことだ。
国債利息の支払いをケチろうとしている。
いつも通りセコいやつだ。
チャールズの言いたいことは分かるが、それは俺の仕事ではない。
買収するなら自分でやってほしいのが俺の本音だ。
言うことを聞いていると俺の仕事が増えていきそうだから、俺が関わらない方向に誘導しないといけない。
「チャールズ兄さんの言っていることは、中央銀行で貨幣を発行するのと同じですよね? インフレが起きるリスクをどう考えていますか?」
「それは違うよ。中央銀行で貨幣を発行したらマネーストックが増えるけど、暗号資産を発行してもマネーストックが増えない。暗号資産の買い手は市中に流通している貨幣で暗号資産を購入するから、マネーストックには影響しない」
「マネーストックじゃない?」
「そうだよ。マネーストックを増やせばインフレ率が増加する可能性がある。けど、暗号資産はマネーストックに影響しないからインフレは起きないはずだ」とチャールズは言った。
チャールズは強引な理屈を展開しはじめた。
参加者が納得しそうな雰囲気にも見える。
このままではマズイ。
チャールズは国王の合意を採ってこの件を俺に押し付けようとしている。
何とかして回避しなければ・・・。
<続く>