第5話 抵当権と譲渡担保(その1)

文字数 1,326文字

(5) 抵当権と譲渡担保

 総務省の3階に移動した俺たちは、1日がかりでLシリーズの登記簿謄本をかき集めた。

 会社のホームページから過去に販売したLシリーズの所在地を特定し、物件の登記簿謄本を取得する。
 ちなみに、Lシリーズは区分所有権建物だ。1つの建物に100部屋あれば、100個の登記簿謄本が存在する。
 かなりの数の登記簿謄本を取得しなければならないことが、お分かりいただけるだろう。

 レンソイス不動産はLシリーズを1,000部屋販売していたため、土地と建物を合わせると、登記簿謄本が1,000以上必要になる。気が遠くなる作業だった。
 正直に言うと、内部調査部のメンバーだけでは手が足りなかったので、総務省の職員も5人手伝ってもらった。

 俺は総務大臣だから、俺に言われると総務省の職員は断りづらかっただろう。
 作業の後、陰で悪口を言われているのだと思う。

 こうして集めた登記簿謄本を、ルイーズとスミスがデータ化した。
 まとめた登記簿謄本のデータを見ると、多い人で10部屋保有している。
 Lシリーズの販売単価は1部屋当たり約2,000万JDだ。2億JDもLシリーズを買っている個人投資家がいるのに俺は少し驚いた。

※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円としています。

 登記簿謄本を確認したところ、個人投資家が購入したLシリーズのほとんどに抵当権が設定されていた。個人投資家は銀行からの借入金で物件を取得しているようだ。
 借入先は、ほぼロワール銀行からだった。レンソイス不動産とロワール銀行はLシリーズの販売で業務提携しているのだろう。

 なお、個人投資家がLシリーズを購入した物件のうち、10%くらいは抵当権が抹消されている。これらは、Lファイナンスという会社に所有権移転登記が行われていた。
 所有権移転の原因は、譲渡担保となっていることから、純粋な不動産売買ではなさそうだ。

 ポールは譲渡担保の登記を今まで見たことがなかったようで、俺に質問してきた。

「部長、譲渡担保の記載がある登記簿謄本をはじめて見ました。この譲渡担保は抵当権とは別物なのですか?」

 他のメンバーも見たことがないだろうから、俺はメンバー全員に対して説明した。

「抵当権も譲渡担保も、不動産を担保にするのは同じだよ。抵当権は、借入金の返済ができない場合、貸し手は担保実行手続きをしないと担保物件を売却できない。直ぐに売却できないんだ。でも、譲渡担保は所有権が貸し手にあるから、借入金の返済ができない場合は、担保物件を直ぐに売却できる」

【図表4-1-2:抵当権と譲渡担保の違い】



「抵当権よりも譲渡担保の方が優れている、ということですか?」とポールが言った。

「それは何とも言えないね。譲渡担保は所有権移転をするから、登記費用などが高い。抵当権の方が安い。だから、普通は担保設定する時は、抵当権にする」

「へー。譲渡担保の方が処分しやすいけど、コストが高いのか。知らなかった」とポールは言った。

「まあ、譲渡担保は不動産融資の実務ではあまり頻繁に使われる手法ではない。担保物件の処分を前提に融資するノンバンクでたまに利用されるくらいかな・・・」と俺は言った。

 <続く>
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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