第4話 まずは市場調査をしよう(その1)
文字数 2,333文字
まず俺たちは、銅の取引価格の現状を手分けして調べることにした。銅価格が本当に高騰しているのか、国際市場と比べて高いのか、など現状を把握しておかないと、犯人は見つけられないからだ。
ルイーズ、ミゲル、ロイの3人はジャービス商品取引所へ訪問して市場取引に異常がないかをヒアリングすることになった。
一方、スミス、ガブリエル、ポールの3人は金属を取り扱う商社に訪問して、最近の価格動向をヒアリングすることとなった。
俺は他にやることがあるので留守番だ。
探偵として正確な推理をするためには、現場を知る必要があるのだが。残念だが、今日は忙しいから仕方ない。
**********
まず、ルイーズ、ミゲル、ロイの3人が訪問したジャービス商品取引所は、商品取引を全般的に取り扱っていて、銅の先物取引も取り扱っている。
念のために説明しておくと、商品取引所とは、特定の商品または商品指数についての先物取引およびオプション取引を行う取引所のことだ。商品取引所が取り扱う商品は、農産物(コメ、トウモロコシ、大豆など)、砂糖、水産物(冷凍エビなど)、ゴム、貴金属(金、銀、白金、パラジウムなど)、アルミニウム、石油(原油、灯油)などだ。
それに対して、証券取引所(金融商品取引所ともいう。)は主に株式や債券の売買取引を行う取引所のことだ。
上場株式の売買などは証券取引所(又は金融商品取引所)で行うため知っている人も多いが、商品取引所はマイナーなので知らない人が多いだろう。
次に、先物取引とは、銅先物を例にすると、1カ月後の銅を現時点で購入する取引だ。
1か月後の銅を買うといっても、通常は、商品の現物(銅)を引き渡さず差金決済(売却金額と買付金額との差額の授受する決済方法)をする。
現物(銅)を受け渡しする、「現引き」や「現渡し」という方法もあるが一般的ではない。
将来的に銅価格の上昇が見込まれる場合、1カ月後の先物取引は、現在の価格よりも高くなる。逆に言うと、銅の先物価格が上がっている場合は、銅の値上がりを市場が見込んでいるということだ。
つまり、銅の先物価格(将来の銅の価格)は銅の現物価格(今の銅の価格)に影響を与える。
ジャービス商品取引所に訪問したのは、銅の現物価格(今の銅の価格)の高騰の原因が、銅の先物取引(将来の銅の価格)かもしれないからだ。
ジャービス商品取引所に訪問したルイーズ、ミゲル、ロイの3人は、担当者とあいさつをした後、銅価格の動向について質問した。
「銅の現物価格が昨年度は800JD/kgであったのが、今年は1,500JD/kgに高騰しています。この価格高騰の原因が、先物取引なのかを知りたくて伺いました」とルイーズは担当者に言った。
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「価格高騰の正確な原因は、当方では分かりかねます。ただ、今のところ、銅価格の高騰は先物価格が原因ではないと考えています。先物主導で価格が上がる場合は、先物価格が全体的に(例えば、1カ月から1年まで)上がっていきます。しかし、現在のところ、現物価格が最も高くて、先物価格は期間が長くなるほど(先の限月(先物取引の期日)ほど)下がっています。先物主導で現物価格が上がる場合と傾向が違うのです。ちなみに1年前と現在の現物・先物価格を比較したものがこれ(図表2-1)です」と担当者は説明した。
【図表2-1:1年前と現在の現物・先物価格】
「そうすると、銅価格は、『今は高いけど将来的に下がってくる』と投資家は予想しているということでしょうか?」ルイーズは担当者に確認した。
「基本的にはそうです。ただ、先物価格が必ずしも現物価格の動向を表すわけではありません。最近の動向から言うと、市場参加者は銅価格が下がると思っているものの、実際には下がっていません。今年に入ってから、ずっとこんな調子です。なので、今回の銅価格の高騰は、理由は分かりませんが、私は先物ではなく現物主導で起きていると考えています」と担当者は答えた。
「先物取引で誰かが銅価格を吊り上げている、ということではないようですね。ご説明ありがとうございました。よく分かりました」そう言って、ルイーズたちはジャービス商品取引所を後にした。
ジャービス商品取引所を出たところでロイが「先物は空振りだったみたいだね」とルイーズに話しかけてきた。
「市場参加者が銅価格は下がると思っていても、実際には下がらない。先物の流れに逆らって誰かが現物市場に介入している、ということか。調査の方向性が分かったら、ジャービス商品取引所を訪問して良かったんじゃない?」とルイーズは返した。
「まあ、そうかもね。それにしても、会議室に『社会からの信頼確保』って貼ってあったけど、社訓を会議室に貼るのが流行っているのかな?」とロイは言う。
「そんなわけないでしょ。まあ、『社会からの信頼確保』の方がダニエルの『倹約こそ美徳!』よりもメッセージ性があって伝わりやすいよね」とルイーズ。
「部長が貼りたいんだから、貼らしてあげたらいいじゃない。どうせ部外者の目に触れないから、大丈夫だよ。誰かに見られたら恥ずかしいけどね」
「私は部長の『倹約こそ美徳!』も好きですよ」とミゲルが言った。
おじさんなので、社是(しゃぜ)や社訓が好きそうだ。
「本当にそう思ってる?」とルイーズが聞くと、「本当ですよ。欲を言えば、ギャグを入れてくれるとなお良いです」とミゲルは返した。
どうやらミゲルは、もう少しパンチの効いた社是を要求しているようだ。
そうこうしているうちに、ルイーズ、ミゲル、ロイの3人は、総務省に着いた。
<続く>
ルイーズ、ミゲル、ロイの3人はジャービス商品取引所へ訪問して市場取引に異常がないかをヒアリングすることになった。
一方、スミス、ガブリエル、ポールの3人は金属を取り扱う商社に訪問して、最近の価格動向をヒアリングすることとなった。
俺は他にやることがあるので留守番だ。
探偵として正確な推理をするためには、現場を知る必要があるのだが。残念だが、今日は忙しいから仕方ない。
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まず、ルイーズ、ミゲル、ロイの3人が訪問したジャービス商品取引所は、商品取引を全般的に取り扱っていて、銅の先物取引も取り扱っている。
念のために説明しておくと、商品取引所とは、特定の商品または商品指数についての先物取引およびオプション取引を行う取引所のことだ。商品取引所が取り扱う商品は、農産物(コメ、トウモロコシ、大豆など)、砂糖、水産物(冷凍エビなど)、ゴム、貴金属(金、銀、白金、パラジウムなど)、アルミニウム、石油(原油、灯油)などだ。
それに対して、証券取引所(金融商品取引所ともいう。)は主に株式や債券の売買取引を行う取引所のことだ。
上場株式の売買などは証券取引所(又は金融商品取引所)で行うため知っている人も多いが、商品取引所はマイナーなので知らない人が多いだろう。
次に、先物取引とは、銅先物を例にすると、1カ月後の銅を現時点で購入する取引だ。
1か月後の銅を買うといっても、通常は、商品の現物(銅)を引き渡さず差金決済(売却金額と買付金額との差額の授受する決済方法)をする。
現物(銅)を受け渡しする、「現引き」や「現渡し」という方法もあるが一般的ではない。
将来的に銅価格の上昇が見込まれる場合、1カ月後の先物取引は、現在の価格よりも高くなる。逆に言うと、銅の先物価格が上がっている場合は、銅の値上がりを市場が見込んでいるということだ。
つまり、銅の先物価格(将来の銅の価格)は銅の現物価格(今の銅の価格)に影響を与える。
ジャービス商品取引所に訪問したのは、銅の現物価格(今の銅の価格)の高騰の原因が、銅の先物取引(将来の銅の価格)かもしれないからだ。
ジャービス商品取引所に訪問したルイーズ、ミゲル、ロイの3人は、担当者とあいさつをした後、銅価格の動向について質問した。
「銅の現物価格が昨年度は800JD/kgであったのが、今年は1,500JD/kgに高騰しています。この価格高騰の原因が、先物取引なのかを知りたくて伺いました」とルイーズは担当者に言った。
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「価格高騰の正確な原因は、当方では分かりかねます。ただ、今のところ、銅価格の高騰は先物価格が原因ではないと考えています。先物主導で価格が上がる場合は、先物価格が全体的に(例えば、1カ月から1年まで)上がっていきます。しかし、現在のところ、現物価格が最も高くて、先物価格は期間が長くなるほど(先の限月(先物取引の期日)ほど)下がっています。先物主導で現物価格が上がる場合と傾向が違うのです。ちなみに1年前と現在の現物・先物価格を比較したものがこれ(図表2-1)です」と担当者は説明した。
【図表2-1:1年前と現在の現物・先物価格】
「そうすると、銅価格は、『今は高いけど将来的に下がってくる』と投資家は予想しているということでしょうか?」ルイーズは担当者に確認した。
「基本的にはそうです。ただ、先物価格が必ずしも現物価格の動向を表すわけではありません。最近の動向から言うと、市場参加者は銅価格が下がると思っているものの、実際には下がっていません。今年に入ってから、ずっとこんな調子です。なので、今回の銅価格の高騰は、理由は分かりませんが、私は先物ではなく現物主導で起きていると考えています」と担当者は答えた。
「先物取引で誰かが銅価格を吊り上げている、ということではないようですね。ご説明ありがとうございました。よく分かりました」そう言って、ルイーズたちはジャービス商品取引所を後にした。
ジャービス商品取引所を出たところでロイが「先物は空振りだったみたいだね」とルイーズに話しかけてきた。
「市場参加者が銅価格は下がると思っていても、実際には下がらない。先物の流れに逆らって誰かが現物市場に介入している、ということか。調査の方向性が分かったら、ジャービス商品取引所を訪問して良かったんじゃない?」とルイーズは返した。
「まあ、そうかもね。それにしても、会議室に『社会からの信頼確保』って貼ってあったけど、社訓を会議室に貼るのが流行っているのかな?」とロイは言う。
「そんなわけないでしょ。まあ、『社会からの信頼確保』の方がダニエルの『倹約こそ美徳!』よりもメッセージ性があって伝わりやすいよね」とルイーズ。
「部長が貼りたいんだから、貼らしてあげたらいいじゃない。どうせ部外者の目に触れないから、大丈夫だよ。誰かに見られたら恥ずかしいけどね」
「私は部長の『倹約こそ美徳!』も好きですよ」とミゲルが言った。
おじさんなので、社是(しゃぜ)や社訓が好きそうだ。
「本当にそう思ってる?」とルイーズが聞くと、「本当ですよ。欲を言えば、ギャグを入れてくれるとなお良いです」とミゲルは返した。
どうやらミゲルは、もう少しパンチの効いた社是を要求しているようだ。
そうこうしているうちに、ルイーズ、ミゲル、ロイの3人は、総務省に着いた。
<続く>