第1話 銀行の破綻(その3)
文字数 1,803文字
(1)銀行の破綻 <続き>
※本話に登場する金融機関は実際のものとは一切関係ありません。
俺は銀行が含み損を抱えていることは理解した。
でも、銀行は総務省の管轄ではないから『ふーん。そうなの?』くらいの感覚だ。
正直言って、俺にはあまり関係ない。
そうであるにも関わらず、ルイーズが慌てて俺のところにやってきた理由が解せない。
俺はルイーズに確認することにした。
「政策金利が上昇して国内銀行が含み損を抱えていることは分かったよ。それで、銀行の業績悪化が俺と何か関係あるの?」
ルイーズはハッとした顔をした。
俺の推理が正しければ、要件を言うのを忘れていたようだ。
これくらいは探偵でなくても分かる。
「ああ、要件ね。来たのよ!」とルイーズは言った。
―― 来た?
いつも思うのだが、ルイーズは自分の頭の中で自己完結している。
だからよく主語を省略する。
ルイーズの意図を読み取れないから、俺はもう一度質問した。
「来た? 誰が?」
「チャールズよ。チャールズ!」
チャールズは俺の兄、ジャービス王国の第二王子だ。内務大臣をしている。
話が読めない・・・。
「何しに来たの?」
「責任取れって言ってる」
何だ? その行きずりの女との一夜のようなセリフは?
俺は意味が分からないからルイーズに確認する。
「責任? 何の責任?」
「銀行の含み損の責任」
「銀行の責任って、銀行は総務省の管轄じゃない。内務省の管轄だろ?」
「政策金利を引き上げたのはダニエルの責任だって、チャールズは主張してるわ」
「あいつアホか? 政策金利は家族会議で決定したし、公表したのは内務省だ・・・」
チャールズが難癖を付けてきた。
いつものことだが、さすがに今回の銀行の件は言掛りが酷い。
仕方ないから、俺はチャールズに会って真意を確かめることにした。
***
俺とルイーズは内務省を訪問した。アポなしだ。
受付に『チャールズに会いたい』と伝えると直ぐにチャールズの執務室に案内された。
乱暴にドアを開けて俺が部屋に入ると、チャールズがビックリして俺の方を見ている。
「ダニエル、急にどうしたんだ?」とチャールズは俺に話しかけた。
「要件は分かってるでしょ? 銀行の含み損の責任がうちにあるって? どういうことですか?」
「ああ、それか。ちょっと困ったことになってね・・・」チャールズはボソッと言った。
チャールズは困った表情をしている。
俺に責任を擦り付けようとしているわけではないのか?
いや、そういうフリをしているだけかも・・・。
とりあえず俺はチャールズに状況を確認することにした。
「どうしたんですか?」俺は声のトーンを落として言った。
「さっき連絡があってね・・・。地方銀行のセレナ銀行が経営破綻しそうなんだ」
「セレナ銀行ですか? あそこは中小企業向け融資が多いですよね?」
「そうだ。ジャービス政府が金融緩和政策を採用していた時に、セレナ銀行は預金を大量に集めたんだが、運用先に困って外債を相当買ったらしいんだ」とチャールズは言った。
「政策金利を1%にしてた時ですよね。為替レートは1米ドル=190JDくらいまでジャービス・ドル安が進みましたね」
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「そうだ。今は政策金利を4%に引き上げたから為替レートは1米ドル=120JDだろ。為替差損だけで-36.8%(=(120-190)÷190)の損失が出てるんだ」
「まあ、そうでしょうね」
「他の地銀は、政策金利が1%の時に国内債を買ったらしいんだけど、政策金利が4%に上昇して含み損を抱えている」
「でしょうね。外債も国内債も損失が出ますね。でも、なぜセレナ銀行は短期債に投資しなかったんですか?」
「そうだよなー。内務省から注意喚起はしたんだ。でもなー、ジャービス国内の全ての銀行が内務省の話を聞くわけじゃない。それに、うちが国内銀行の全部を監視できないからな・・・」
チャールズはしみじみと言った。
チャールズの言いたいことは分かる。
政策金利の変更時に無茶な投資をすると含み損を抱える。これは誰でも分かることだ。
内務省が何もしていなかった訳ではないのだろう。
とは言え、責任は内務省にある。総務省じゃない。
それに、チャールズに甘い言葉をかけるのは止めておこう。
あいつは直ぐに調子に乗るから・・・
俺はそう思った。
<続く>
※本話に登場する金融機関は実際のものとは一切関係ありません。
俺は銀行が含み損を抱えていることは理解した。
でも、銀行は総務省の管轄ではないから『ふーん。そうなの?』くらいの感覚だ。
正直言って、俺にはあまり関係ない。
そうであるにも関わらず、ルイーズが慌てて俺のところにやってきた理由が解せない。
俺はルイーズに確認することにした。
「政策金利が上昇して国内銀行が含み損を抱えていることは分かったよ。それで、銀行の業績悪化が俺と何か関係あるの?」
ルイーズはハッとした顔をした。
俺の推理が正しければ、要件を言うのを忘れていたようだ。
これくらいは探偵でなくても分かる。
「ああ、要件ね。来たのよ!」とルイーズは言った。
―― 来た?
いつも思うのだが、ルイーズは自分の頭の中で自己完結している。
だからよく主語を省略する。
ルイーズの意図を読み取れないから、俺はもう一度質問した。
「来た? 誰が?」
「チャールズよ。チャールズ!」
チャールズは俺の兄、ジャービス王国の第二王子だ。内務大臣をしている。
話が読めない・・・。
「何しに来たの?」
「責任取れって言ってる」
何だ? その行きずりの女との一夜のようなセリフは?
俺は意味が分からないからルイーズに確認する。
「責任? 何の責任?」
「銀行の含み損の責任」
「銀行の責任って、銀行は総務省の管轄じゃない。内務省の管轄だろ?」
「政策金利を引き上げたのはダニエルの責任だって、チャールズは主張してるわ」
「あいつアホか? 政策金利は家族会議で決定したし、公表したのは内務省だ・・・」
チャールズが難癖を付けてきた。
いつものことだが、さすがに今回の銀行の件は言掛りが酷い。
仕方ないから、俺はチャールズに会って真意を確かめることにした。
***
俺とルイーズは内務省を訪問した。アポなしだ。
受付に『チャールズに会いたい』と伝えると直ぐにチャールズの執務室に案内された。
乱暴にドアを開けて俺が部屋に入ると、チャールズがビックリして俺の方を見ている。
「ダニエル、急にどうしたんだ?」とチャールズは俺に話しかけた。
「要件は分かってるでしょ? 銀行の含み損の責任がうちにあるって? どういうことですか?」
「ああ、それか。ちょっと困ったことになってね・・・」チャールズはボソッと言った。
チャールズは困った表情をしている。
俺に責任を擦り付けようとしているわけではないのか?
いや、そういうフリをしているだけかも・・・。
とりあえず俺はチャールズに状況を確認することにした。
「どうしたんですか?」俺は声のトーンを落として言った。
「さっき連絡があってね・・・。地方銀行のセレナ銀行が経営破綻しそうなんだ」
「セレナ銀行ですか? あそこは中小企業向け融資が多いですよね?」
「そうだ。ジャービス政府が金融緩和政策を採用していた時に、セレナ銀行は預金を大量に集めたんだが、運用先に困って外債を相当買ったらしいんだ」とチャールズは言った。
「政策金利を1%にしてた時ですよね。為替レートは1米ドル=190JDくらいまでジャービス・ドル安が進みましたね」
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「そうだ。今は政策金利を4%に引き上げたから為替レートは1米ドル=120JDだろ。為替差損だけで-36.8%(=(120-190)÷190)の損失が出てるんだ」
「まあ、そうでしょうね」
「他の地銀は、政策金利が1%の時に国内債を買ったらしいんだけど、政策金利が4%に上昇して含み損を抱えている」
「でしょうね。外債も国内債も損失が出ますね。でも、なぜセレナ銀行は短期債に投資しなかったんですか?」
「そうだよなー。内務省から注意喚起はしたんだ。でもなー、ジャービス国内の全ての銀行が内務省の話を聞くわけじゃない。それに、うちが国内銀行の全部を監視できないからな・・・」
チャールズはしみじみと言った。
チャールズの言いたいことは分かる。
政策金利の変更時に無茶な投資をすると含み損を抱える。これは誰でも分かることだ。
内務省が何もしていなかった訳ではないのだろう。
とは言え、責任は内務省にある。総務省じゃない。
それに、チャールズに甘い言葉をかけるのは止めておこう。
あいつは直ぐに調子に乗るから・・・
俺はそう思った。
<続く>