第5話 カルテルを疑え(その5)
文字数 2,129文字
※本話では、経営学的な説明をしています。本話を飛ばしても、本章の内容にはそこまで影響しないため、興味の無い人は本話を読み飛ばして、次話に進んでください。
(5)カルテルを疑え <続き>
【図表2-4:ゲーム理論による数量決定(再掲)】
俺は話を続けた。
「だけど、自由競争では、1社だけ抜け駆けする状況は起こらない。A社が輸入量を増やせばB社の利益は減るから、B社も輸入量を増やすだろう。
すなわち、B社にとっては、ケース2(A社だけ輸入増)の利益7よりもケース4(A社もB社も輸入増)の利益10の方が良いわけだ。消去法での意思決定とも言えるだろう。この競争の結果、最終的にケース4(A社もB社も輸入増)に落ち着くのが、通常の企業間競争の結果だ。ナッシュ均衡と言うんだ」
※このように、寡占状態において参加者がそれぞれ取るべき行動を選択した結果、安定的な状態(均衡状態)になるような戦略の組み合わせを『ナッシュ均衡』といいます。
「セブンイレブンは、ファミリーマートに抜け駆けされて利益が減るくらいであれば、少しでも利益の減少幅が減る出店戦略を選択する。ファミリーマートも、同じく出店戦略を選択しますね。セブンイレブンもファミリーマートも出店戦略を選択してしまう。こうして、コンビニの店舗数が増えていくんですね」とミゲルが言った。
「そうだね。最終的にはコンビニだらけになってしまって、マーケットが飽和化してしまう。でも、ゲーム理論では出店をやめられないんだ。店舗数が減ると、他のコンビニチェーンにお客を取られてしまうから。10メートルおきにファミリーマートが並んでたりするのは、それが理由だと思う」と俺は言った。
「その場所にセブンイレブンが出店したら、お客さんを取られますからね」とミゲルは納得している。
すると、「スニーカーよりも分かり易いね」とルイーズがボソッと言った。
俺はメンバーの顔を見渡すと、頷いている。スニーカーの例えは分かりにくかったようだ。
みんな理解しているようなので、俺は話を続けた。
「さて、A社もB社も輸入量を増やさないケース1と、A社もB社も輸入量を増やすケース4を見比べてみよう」と俺は言った。
「左上と右下ですね」
「両者を比較してみると、A社はケース1の方がケース4よりも利益が5大きい(ケース1:20、ケース4:15)。B社も利益が5大きい(ケース1:15、ケース4:10)。A社もB社も輸入量を増やさない状態(ケース1)が、2社にとってベストだ。すなわち、自由競争は企業の利益を減少させるんだ」
※すなわち、自由競争によるナッシュ均衡の利益配分は、パレート最適(参加者の利益が最大化される状態)とは限らないことを意味しています。
「コンビニは店舗数を増やさない方が、儲かるんですか?」とミゲルは驚いている。
「一定数までは増やす必要があるけど、それ以上店舗を増やす必要はない。10メートルおきにファミリーマートがあっても、各店舗でお客さんの取り合いになるだけで、利益面ではむしろマイナスだ。店舗ごとに家賃、人件費、経費が掛かってくるから、本当は店舗数を増やしたくないはずだよ」と俺は説明した。
「へー。コンビニは、儲からないのを分かっているのに出店しないといけないんですね。大変ですね」とミゲルはしみじみと言った。
「さて問題です。コンビニ業界は各社が出店競争しています(ケース4の状況)。
でも、これ以上出店しても利益が増えないので、各社は出店数を増やしたくないと考えています。すなわち、ケース1の状態にしたいと思っています。
この場合、どうすればいいでしょうか?」と俺はメンバーに質問した。
「出店を止める」とミゲルが言った。
「残念、不正解です。他のコンビニチェーンが新規出店するから、出店を止めたらそのコンビニだけ利益が下がるだけだ。図表2-4だとケース2かケース3になるだけだよ」
「分かった。これはコンビニ業界全体の問題だから、同業種の集まりで、『お互いにこれ以上出店しないようにしよう!』と決める」とロイが言った。
「正解!お互いに抜け駆けしないように協定を結べばいいよね。そうすると、コンビニ業界が全体的に現状維持(新規出店しない)の戦略を採用するから、ケース1になる」と俺は言った。
正解できなかったミゲルは悔しそうだ。
おじさんは普段は真面目に仕事しないくせに、こういうゲームとか雑談の時だけ真面目に参加する・・・。
「コンビニの出店の協定は消費者の価格には影響しないから、特に問題にならないだろう。でも、消費者が影響を受ける価格操作を目的とした協定を結ぶ場合があって、その協定をカルテルって呼ぶんだ。銅の取引に話を戻すと、他社が抜け駆けして輸入量を増やさないために(ケース1にするために)カルテルを結んでいるはずだ」と俺は説明した。
本当に商社がカルテルを結んでいるかどうかは、俺には分からない。
カルテルを結んでいなくても、「もしお宅の会社が輸入を増やしたら、うちも増やすよ(ケース4の状態にすることを匂わせる)」というようなやり取りをしているのかもしれない。
いずれにしても、輸入量が増えていないのは何か理由があるだろう。
<続く>
(5)カルテルを疑え <続き>
【図表2-4:ゲーム理論による数量決定(再掲)】
俺は話を続けた。
「だけど、自由競争では、1社だけ抜け駆けする状況は起こらない。A社が輸入量を増やせばB社の利益は減るから、B社も輸入量を増やすだろう。
すなわち、B社にとっては、ケース2(A社だけ輸入増)の利益7よりもケース4(A社もB社も輸入増)の利益10の方が良いわけだ。消去法での意思決定とも言えるだろう。この競争の結果、最終的にケース4(A社もB社も輸入増)に落ち着くのが、通常の企業間競争の結果だ。ナッシュ均衡と言うんだ」
※このように、寡占状態において参加者がそれぞれ取るべき行動を選択した結果、安定的な状態(均衡状態)になるような戦略の組み合わせを『ナッシュ均衡』といいます。
「セブンイレブンは、ファミリーマートに抜け駆けされて利益が減るくらいであれば、少しでも利益の減少幅が減る出店戦略を選択する。ファミリーマートも、同じく出店戦略を選択しますね。セブンイレブンもファミリーマートも出店戦略を選択してしまう。こうして、コンビニの店舗数が増えていくんですね」とミゲルが言った。
「そうだね。最終的にはコンビニだらけになってしまって、マーケットが飽和化してしまう。でも、ゲーム理論では出店をやめられないんだ。店舗数が減ると、他のコンビニチェーンにお客を取られてしまうから。10メートルおきにファミリーマートが並んでたりするのは、それが理由だと思う」と俺は言った。
「その場所にセブンイレブンが出店したら、お客さんを取られますからね」とミゲルは納得している。
すると、「スニーカーよりも分かり易いね」とルイーズがボソッと言った。
俺はメンバーの顔を見渡すと、頷いている。スニーカーの例えは分かりにくかったようだ。
みんな理解しているようなので、俺は話を続けた。
「さて、A社もB社も輸入量を増やさないケース1と、A社もB社も輸入量を増やすケース4を見比べてみよう」と俺は言った。
「左上と右下ですね」
「両者を比較してみると、A社はケース1の方がケース4よりも利益が5大きい(ケース1:20、ケース4:15)。B社も利益が5大きい(ケース1:15、ケース4:10)。A社もB社も輸入量を増やさない状態(ケース1)が、2社にとってベストだ。すなわち、自由競争は企業の利益を減少させるんだ」
※すなわち、自由競争によるナッシュ均衡の利益配分は、パレート最適(参加者の利益が最大化される状態)とは限らないことを意味しています。
「コンビニは店舗数を増やさない方が、儲かるんですか?」とミゲルは驚いている。
「一定数までは増やす必要があるけど、それ以上店舗を増やす必要はない。10メートルおきにファミリーマートがあっても、各店舗でお客さんの取り合いになるだけで、利益面ではむしろマイナスだ。店舗ごとに家賃、人件費、経費が掛かってくるから、本当は店舗数を増やしたくないはずだよ」と俺は説明した。
「へー。コンビニは、儲からないのを分かっているのに出店しないといけないんですね。大変ですね」とミゲルはしみじみと言った。
「さて問題です。コンビニ業界は各社が出店競争しています(ケース4の状況)。
でも、これ以上出店しても利益が増えないので、各社は出店数を増やしたくないと考えています。すなわち、ケース1の状態にしたいと思っています。
この場合、どうすればいいでしょうか?」と俺はメンバーに質問した。
「出店を止める」とミゲルが言った。
「残念、不正解です。他のコンビニチェーンが新規出店するから、出店を止めたらそのコンビニだけ利益が下がるだけだ。図表2-4だとケース2かケース3になるだけだよ」
「分かった。これはコンビニ業界全体の問題だから、同業種の集まりで、『お互いにこれ以上出店しないようにしよう!』と決める」とロイが言った。
「正解!お互いに抜け駆けしないように協定を結べばいいよね。そうすると、コンビニ業界が全体的に現状維持(新規出店しない)の戦略を採用するから、ケース1になる」と俺は言った。
正解できなかったミゲルは悔しそうだ。
おじさんは普段は真面目に仕事しないくせに、こういうゲームとか雑談の時だけ真面目に参加する・・・。
「コンビニの出店の協定は消費者の価格には影響しないから、特に問題にならないだろう。でも、消費者が影響を受ける価格操作を目的とした協定を結ぶ場合があって、その協定をカルテルって呼ぶんだ。銅の取引に話を戻すと、他社が抜け駆けして輸入量を増やさないために(ケース1にするために)カルテルを結んでいるはずだ」と俺は説明した。
本当に商社がカルテルを結んでいるかどうかは、俺には分からない。
カルテルを結んでいなくても、「もしお宅の会社が輸入を増やしたら、うちも増やすよ(ケース4の状態にすることを匂わせる)」というようなやり取りをしているのかもしれない。
いずれにしても、輸入量が増えていないのは何か理由があるだろう。
<続く>