回顧録第3話 若かりし記憶(その3)

文字数 1,121文字

(3)別れと始まり

 ネール・マテリアルの打ち上げで私はアナンヤと仲良くなった。その後も連絡を取り合って何度か一緒に食事に行ったり、映画に行ったりした。何度かデートした後、私たちは付き合うことになった。

 アナンヤは当時、大学院を卒業した後の進路について悩んでいた。研究を続けるために海外に留学するか、ネール・マテリアルとは別の会社に就職するかだ。
 ネール・マテリアルは父親が社長をしているが、資金力がないため就職は考えていないようだった。

 自分の進路に迷ったアナンヤは私に相談してきた。
 私たちは付き合っていたから、アナンヤは私に気を使ってくれたのだろう。

「留学するか就職するか迷ってるんだ。ホセはどっちがいいと思う?」とアナンヤは私に聞いた。

 私はこの質問の意図を理解している。
 『どっちがいい?』は、既に結論が出ている時にするものだ。
 つまり、相談したいのではなくて、自分の考えを私に後押ししてほしいだけだ。
 なので、この質問に対して『留学がいいと思う』とか『就職がいいと思う』と言ってはいけない。求められている回答ではないからだ。
 この質問の正解は、相手の意見を聞いた上でその意見を肯定することだ。

 だから私はこう切り出した。

「留学と就職か・・・。迷うよね。アナンヤはどっちがいいと思ってるの?」

 するとアナンヤは少し考えてから私に言った。

「うーん。どちらかかと言うと留学かな」

 私が次にすることは意見の肯定だ。

「留学かー。僕も留学がいいと思うよ。アナンヤはどこに行っても活躍できるだろうから」

 こうしてアナンヤの留学が決定した。
 私は恋人が外国に行くのを引き留めなかった。でも、引き留めたとしてもアナンヤの留学熱は冷めなかっただろう。
 アナンヤは私に引き留めて欲しかったのかもしれない。それでも、私は最終的には本人が納得するようにするのが一番だと考えた。
 私はそういう空気が読める人間だ。

 それから半年後にアナンヤは留学のために海外に旅立った。
 私たちの交際が始まってから1年7カ月が経過した頃だ。

 私は「帰ってきたら、また会おう」とアナンヤに言ったけど、あまり期待はしていなかった。
 留学先でアナンヤに恋人ができるかもしれないし、私にも恋人ができるかもしれないから。

 こうして私たちの関係は終わった。


 アナンヤが旅立ってから半年が経過したころ、私はジャービス重工を退職して、カルタゴ証券に転職した。カルタゴ証券はベンチャーキャピタルではなかったけど、ベンチャー企業のエクイティファイナンスを取り扱っていた。

 私は、ネール・マテリアルのような中小企業が活躍できるフィールドを作ろう、と意気込んでカルタゴ証券に入社したのだった。

 <続く>
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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