第8話 事件は慰労会で起こる
文字数 2,542文字
(8)事件は慰労会で起こる
俺は国王主催の慰労会に参加している。この慰労会は、俺たち内部調査部が関わったジャービス王国の通貨危機と銀行破綻を回避したことを、国王が労うという趣旨で開催されているものだ。
多くの省庁に跨るプロジェクトだったので、この件に関わった関係者は多い。慰労会の参加人数が多いから、ジャービス政府の合同庁舎にある体育館で開催されることになった。
ホテルの大規模宴会場でも貸し切って開催すればいいと思うのだが、これだけ大勢の参加者がいると数名は問題を起こす。出席者の間で口論になって喧嘩が起こるとか、酔っぱらって備品を壊すとか、細かいことを言いだすとキリがない。
民間施設で政府関係者や公務員が問題を起こすとマスコミに騒がれる。そう考えたチャールズが体育館での開催を国王に提案したから、会場がここに決定した。
合同庁舎の体育館で開催されているとはいえ、振舞われている料理も一流料理人によるものだ。会場ではバンドによる演奏が聞こえるから、金をケチっているわけではなさそうだ。
当然のように参加者は正装している。
俺は総務大臣として、慰労会の会場を回りながら関係者に挨拶をしていく。内部調査部だけでは解決できない事件も多いから、今後も協力を仰いでいくためには良好な関係を築いておく必要があるからだ。
俺が内務省の関係者と話をしている隣では、ミゲルがホセたちと楽しそうに話している。
ミゲルは警察の捜査協力でしばらく内部調査部にいなかったから、ホセたちは寂しかったのだろう。
ミゲルとホセたちが話している様子を羨ましそうに見つめるジョルジュ。ジョルジュはミゲルを取られたのが寂しいのだ。ジョルジュはミゲルたちの輪に入るかどうか迷っている。
その様子に気付いた俺は、ジョルジュをホセたちのところに連れて行った。俺はしばらくして別のところに移動したが、ジョルジュは楽しそうにホセたちと会話していた。
―― おじさんはおじさんと群れるんだよな・・・
おじさんの輪を見ながら俺はそう思った。
ホセたちのところを離れて少し歩くとアドルフとダビドが見えたから、俺は挨拶に行った。アドルフたちには債券貸借取引や銀行のデューデリの時に世話になった。
アドルフに話しかけたら、中学生時代からの俺とルイーズの学年トップ争いの話を聞かされた。俺もルイーズに勝つために真剣に勉強したのを覚えている。今となってはいい思い出だ。
俺が別の場所に移動しようとしたら「ルイーズをよろしく頼む」とアドルフに言われた。俺は「ええ、もちろん!」と答えた。
―― 何のことだろう?
俺はそう思ったが、アドルフに聞き返すと話が長くなりそうだ。だから聞くのは止めてその場を去った。
慰労会の会場を回っていたら、内部調査部の一団が見えた。男性陣はスーツを着ている。ルイーズは薄いブルーのドレス、ロイは黒いドレスを着ている。いつもとは違う女性陣を見て、こういう時は何と声を掛ければいいのだろう?と俺は考える。
―― 綺麗だね!
多分、違うな・・・
俺は普段、そういうことを言わない。
俺が内部調査部のメンバーに近づいたら、ルイーズに「タキシードなんか着て、どうしたの?」とからかわれた。ルイーズが嫌味を言ってくるのはいつもの事だから、俺は気にしていない。
俺がルイーズと慰労会の料理の話をしていたら、周囲の視線を感じた。気のせいではない。
なぜなら、この会場にいる参加者の大半は『俺とルイーズが付き合っている』と思っているからだ。俺としては悪い気はしないので、大っぴらに否定も肯定もしない。
少ししたら、急に会場が静まりかえった。
俺が『国王が挨拶でもするのかな?』と思って周りの様子を伺っていたら、少し離れたところから男性の声が聞こえた。
“ルイーザ、私と結婚してほしい!”
―― ルイーザ? 結婚?
俺が声の方を見ると、チャールズが片膝をついているのが見えた。
チャールズの前にいるのはルイーザことロイ。
―― え? どういうこと?
俺はチャールズが慰労会にロイが参加するのかをスミスに執拗に聞いていたことを思い出した。
―― あー、そういうことか!
俺は状況を理解した。
俺の兄(チャールズ)は、ほとんど話したことがない女性にいきなりプロポーズしている。
同じ男としてチャールズの勇気に感服する。
でも、あまりにも唐突だ・・・
俺はチャールズの性格をよく理解している。
チャールズはいろいろと考え過ぎるタイプ。
放っておいたらストーカーになるかもしれない。
ストーカーの兄を持つくらいなら、唐突でもプロポーズしてくれた方がいい!
俺は納得した。
俺がチャールズとロイの様子を眺めていたら、気付いたらアドルフが俺の横に立っていた。
アドルフは俺との距離を徐々に詰めてきた。
そして、アドルフは俺の腕を肘でグイグイ押し始めた。
俺がアドルフを見ると、アドルフはルイーズの方を顎で指している。
―― コイツ、俺にプロポーズしろと言ってるのか?
いやいや、さすがに無理だろ・・・。恥ずかしすぎる。
俺は必死に顔を横に振るのだが、アドルフはグイグイをやめない。
ルイーズに何か言わないとアドルフは許してくれないような気がする。
俺はしかたなくルイーズ話しかけた。
「ねえ、ルー」
「なに?」
「この前、ターニャに指定されたフルーツパーラーがとても美味しかったんだ。今度一緒に行かない?」
「へー、ダニーが誘ってくるなんてめずらしいね。二人で?」
「そうだよ。二人で。ダメかな?」
ルイーズは少し考えてから俺に言った。
「いいわよ、ダニーの奢りなら」
俺は斜め前からアドルフの視線を感じた。冷たい目線だ。
でも、そんな目で見ないでほしい。
俺にしては頑張った。なんなら褒めてほしいくらいだ。
それにしても、
―― 意外にあっさりオッケーだったな・・・
俺はルイーズの反応を思い起こす。
ひょっとしたらルイーズは俺に気があるんじゃないか?
いや、違うかもしれない・・・
やっぱり、違わないかもしれない・・・
俺の戦い?は始まったばかりだ。
<完>
【後書き】
用語解説、登場人物に続きますが、本編はこれで完結となります。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
俺は国王主催の慰労会に参加している。この慰労会は、俺たち内部調査部が関わったジャービス王国の通貨危機と銀行破綻を回避したことを、国王が労うという趣旨で開催されているものだ。
多くの省庁に跨るプロジェクトだったので、この件に関わった関係者は多い。慰労会の参加人数が多いから、ジャービス政府の合同庁舎にある体育館で開催されることになった。
ホテルの大規模宴会場でも貸し切って開催すればいいと思うのだが、これだけ大勢の参加者がいると数名は問題を起こす。出席者の間で口論になって喧嘩が起こるとか、酔っぱらって備品を壊すとか、細かいことを言いだすとキリがない。
民間施設で政府関係者や公務員が問題を起こすとマスコミに騒がれる。そう考えたチャールズが体育館での開催を国王に提案したから、会場がここに決定した。
合同庁舎の体育館で開催されているとはいえ、振舞われている料理も一流料理人によるものだ。会場ではバンドによる演奏が聞こえるから、金をケチっているわけではなさそうだ。
当然のように参加者は正装している。
俺は総務大臣として、慰労会の会場を回りながら関係者に挨拶をしていく。内部調査部だけでは解決できない事件も多いから、今後も協力を仰いでいくためには良好な関係を築いておく必要があるからだ。
俺が内務省の関係者と話をしている隣では、ミゲルがホセたちと楽しそうに話している。
ミゲルは警察の捜査協力でしばらく内部調査部にいなかったから、ホセたちは寂しかったのだろう。
ミゲルとホセたちが話している様子を羨ましそうに見つめるジョルジュ。ジョルジュはミゲルを取られたのが寂しいのだ。ジョルジュはミゲルたちの輪に入るかどうか迷っている。
その様子に気付いた俺は、ジョルジュをホセたちのところに連れて行った。俺はしばらくして別のところに移動したが、ジョルジュは楽しそうにホセたちと会話していた。
―― おじさんはおじさんと群れるんだよな・・・
おじさんの輪を見ながら俺はそう思った。
ホセたちのところを離れて少し歩くとアドルフとダビドが見えたから、俺は挨拶に行った。アドルフたちには債券貸借取引や銀行のデューデリの時に世話になった。
アドルフに話しかけたら、中学生時代からの俺とルイーズの学年トップ争いの話を聞かされた。俺もルイーズに勝つために真剣に勉強したのを覚えている。今となってはいい思い出だ。
俺が別の場所に移動しようとしたら「ルイーズをよろしく頼む」とアドルフに言われた。俺は「ええ、もちろん!」と答えた。
―― 何のことだろう?
俺はそう思ったが、アドルフに聞き返すと話が長くなりそうだ。だから聞くのは止めてその場を去った。
慰労会の会場を回っていたら、内部調査部の一団が見えた。男性陣はスーツを着ている。ルイーズは薄いブルーのドレス、ロイは黒いドレスを着ている。いつもとは違う女性陣を見て、こういう時は何と声を掛ければいいのだろう?と俺は考える。
―― 綺麗だね!
多分、違うな・・・
俺は普段、そういうことを言わない。
俺が内部調査部のメンバーに近づいたら、ルイーズに「タキシードなんか着て、どうしたの?」とからかわれた。ルイーズが嫌味を言ってくるのはいつもの事だから、俺は気にしていない。
俺がルイーズと慰労会の料理の話をしていたら、周囲の視線を感じた。気のせいではない。
なぜなら、この会場にいる参加者の大半は『俺とルイーズが付き合っている』と思っているからだ。俺としては悪い気はしないので、大っぴらに否定も肯定もしない。
少ししたら、急に会場が静まりかえった。
俺が『国王が挨拶でもするのかな?』と思って周りの様子を伺っていたら、少し離れたところから男性の声が聞こえた。
“ルイーザ、私と結婚してほしい!”
―― ルイーザ? 結婚?
俺が声の方を見ると、チャールズが片膝をついているのが見えた。
チャールズの前にいるのはルイーザことロイ。
―― え? どういうこと?
俺はチャールズが慰労会にロイが参加するのかをスミスに執拗に聞いていたことを思い出した。
―― あー、そういうことか!
俺は状況を理解した。
俺の兄(チャールズ)は、ほとんど話したことがない女性にいきなりプロポーズしている。
同じ男としてチャールズの勇気に感服する。
でも、あまりにも唐突だ・・・
俺はチャールズの性格をよく理解している。
チャールズはいろいろと考え過ぎるタイプ。
放っておいたらストーカーになるかもしれない。
ストーカーの兄を持つくらいなら、唐突でもプロポーズしてくれた方がいい!
俺は納得した。
俺がチャールズとロイの様子を眺めていたら、気付いたらアドルフが俺の横に立っていた。
アドルフは俺との距離を徐々に詰めてきた。
そして、アドルフは俺の腕を肘でグイグイ押し始めた。
俺がアドルフを見ると、アドルフはルイーズの方を顎で指している。
―― コイツ、俺にプロポーズしろと言ってるのか?
いやいや、さすがに無理だろ・・・。恥ずかしすぎる。
俺は必死に顔を横に振るのだが、アドルフはグイグイをやめない。
ルイーズに何か言わないとアドルフは許してくれないような気がする。
俺はしかたなくルイーズ話しかけた。
「ねえ、ルー」
「なに?」
「この前、ターニャに指定されたフルーツパーラーがとても美味しかったんだ。今度一緒に行かない?」
「へー、ダニーが誘ってくるなんてめずらしいね。二人で?」
「そうだよ。二人で。ダメかな?」
ルイーズは少し考えてから俺に言った。
「いいわよ、ダニーの奢りなら」
俺は斜め前からアドルフの視線を感じた。冷たい目線だ。
でも、そんな目で見ないでほしい。
俺にしては頑張った。なんなら褒めてほしいくらいだ。
それにしても、
―― 意外にあっさりオッケーだったな・・・
俺はルイーズの反応を思い起こす。
ひょっとしたらルイーズは俺に気があるんじゃないか?
いや、違うかもしれない・・・
やっぱり、違わないかもしれない・・・
俺の戦い?は始まったばかりだ。
<完>
【後書き】
用語解説、登場人物に続きますが、本編はこれで完結となります。
最後まで読んでいただきありがとうございました!