第6話 銀行の国有化(その3)
文字数 1,883文字
(6)銀行の国有化 <続き>
※本話に登場する金融機関は実際のものとは一切関係ありません。
俺は国王に優先株式を引き受ければ、銀行の議決権を保有せずに出資できることを伝えた。
国王の思考回路は家族の中でも独特だ。
第1王子のジェームスは脳筋だから単純だし、第2王子のチャールズは臆病なほど保守的だ。第3王子のアンドリューは癖があるものの現実的だ。
一方、国王は感覚で物事を考える。理屈ではないから厄介だ。
俺の予想が正しければ、国王は銀行への出資に興味を持っているような気がする。
なぜ国王は銀行への出資に興味を持っているのだろうか?
銀行の経営破綻を食い止めたとアピールしたいのだろうか?
俺はまず国王の真意を確認することにした。
「国王は銀行に出資したいのですか?」
「いや。そういうわけではない。昨日、テレビで昔のドキュメンタリーを見ていたのだ。欧米では国主導で銀行の経営破綻を処理していた」
―― テレビの影響だ・・・
俺は何となく国王の思考回路を理解した。
きっと、ドキュメンタリーを見ていて『カッコイイ!』と思ったのだ。
俺は国王がドキュメンタリーのどの部分を『カッコイイ!』と思っているのかを具体的に確認していく。
「はあ。それで、そのドキュメンタリーはどういう内容でしたか?」
「リーマン・ショックの際に経営破綻の危機にあった金融機関の救済劇だ」
※リーマン・ショックは、サブプライム住宅ローンのデフォルトがきっかけとなった金融危機。投資銀行のリーマン・ブラザーズが2008年9月15日に経営破綻した後、世界的金融危機に発展したことからこのように呼ばれる。
「リーマン・ショックですか。サブプライムローンが発端でしたね?」と俺は国王に聞いた。
「そうだ。リーマン・ブラザーズは米国連邦政府や連邦準備制度理事会(FRB)の言うことを聞かず、最終的に経営破綻した」
「セレナ銀行みたいだと言いたいのですか?」と俺は聞いた。
「リーマン・ブラザーズとセレナ銀行では規模が違うが、似たような状況だと思う」
「はあ。でも、リーマン・ブラザーズは損失額が大きすぎたのと簿外債務が不明だったので、結局は救済されませんでしたよね?」
「リーマン・ブラザーズはやり過ぎだったんだ。それでも、メリルリンチはバンク・オブ・アメリカが買収することで経営危機を乗り切ったし、モルガン・スタンレーも日本の三菱UFJフィナンシャルグループが出資したことで経営危機を乗り切った」
国王は遠いところを見ている。
昨日のドキュメンタリーを思い出しているのだろう。
―― ダメだ。テレビに影響されすぎている・・・
俺はそのドキュメンタリーを作った奴を殴ってやろうかと真剣に考えた。
いや、ドキュメンタリー作家を殴ったところで事態は好転しない。
俺は国王の考える『カッコイイ!』の妥協点を探るために、自然な会話を続ける。
「そうですね。世界的な金融危機を乗り切るために、各国は経営危機にあった金融機関を財政的に支援しました。各国が金融緩和政策を始めたのもリーマン・ショックの後です。当然、ジャービス王国も金融危機を回避するためにいろいろな施策を講じました」
「そうだ。それにも関わらず、ジャービス王国には第二のリーマン・ショックが来ている」
「はあ・・・」
俺はセレナ銀行の件はリーマン・ショックとは全く違うと思っている。セレナ銀行は単純なALMの不備だ。だが、国王の中では今回の件とリーマン・ショックは重なって見えているらしい。
「それに、最近も欧米で金融危機が起きそうになったのを何とか押しとどめていると聞いている」
「シリコンバレーの銀行やスイスの銀行の件ですか?」
「ああ。スイスでは国主導で経営危機にあった銀行の救済を大手金融機関に依頼した。さらに、その銀行が発行していたAT1債を無価値にして、有利子負債を大幅に圧縮することに成功した」
※AT1債(Additional Tier 1債)は、高い利回りを提供するリスクの高い債券のことです。
「AT1債の投資家は被害を被ったらしいですね。全体では2兆JDを超える損失が発生したと聞きました。その影響で、他の金融機関が発行しているAT1債も価格が下がっているらしいです」
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「投資家が被害を被ったのはどっちでもいい。わしが言いたいのは、ジャービス政府もこういう派手なことをしたいのだ!」
―― 派手なことか・・・
国王は一度言い出すと、他人の言うことを聞かない。
どうしたものか・・・
<続く>
※本話に登場する金融機関は実際のものとは一切関係ありません。
俺は国王に優先株式を引き受ければ、銀行の議決権を保有せずに出資できることを伝えた。
国王の思考回路は家族の中でも独特だ。
第1王子のジェームスは脳筋だから単純だし、第2王子のチャールズは臆病なほど保守的だ。第3王子のアンドリューは癖があるものの現実的だ。
一方、国王は感覚で物事を考える。理屈ではないから厄介だ。
俺の予想が正しければ、国王は銀行への出資に興味を持っているような気がする。
なぜ国王は銀行への出資に興味を持っているのだろうか?
銀行の経営破綻を食い止めたとアピールしたいのだろうか?
俺はまず国王の真意を確認することにした。
「国王は銀行に出資したいのですか?」
「いや。そういうわけではない。昨日、テレビで昔のドキュメンタリーを見ていたのだ。欧米では国主導で銀行の経営破綻を処理していた」
―― テレビの影響だ・・・
俺は何となく国王の思考回路を理解した。
きっと、ドキュメンタリーを見ていて『カッコイイ!』と思ったのだ。
俺は国王がドキュメンタリーのどの部分を『カッコイイ!』と思っているのかを具体的に確認していく。
「はあ。それで、そのドキュメンタリーはどういう内容でしたか?」
「リーマン・ショックの際に経営破綻の危機にあった金融機関の救済劇だ」
※リーマン・ショックは、サブプライム住宅ローンのデフォルトがきっかけとなった金融危機。投資銀行のリーマン・ブラザーズが2008年9月15日に経営破綻した後、世界的金融危機に発展したことからこのように呼ばれる。
「リーマン・ショックですか。サブプライムローンが発端でしたね?」と俺は国王に聞いた。
「そうだ。リーマン・ブラザーズは米国連邦政府や連邦準備制度理事会(FRB)の言うことを聞かず、最終的に経営破綻した」
「セレナ銀行みたいだと言いたいのですか?」と俺は聞いた。
「リーマン・ブラザーズとセレナ銀行では規模が違うが、似たような状況だと思う」
「はあ。でも、リーマン・ブラザーズは損失額が大きすぎたのと簿外債務が不明だったので、結局は救済されませんでしたよね?」
「リーマン・ブラザーズはやり過ぎだったんだ。それでも、メリルリンチはバンク・オブ・アメリカが買収することで経営危機を乗り切ったし、モルガン・スタンレーも日本の三菱UFJフィナンシャルグループが出資したことで経営危機を乗り切った」
国王は遠いところを見ている。
昨日のドキュメンタリーを思い出しているのだろう。
―― ダメだ。テレビに影響されすぎている・・・
俺はそのドキュメンタリーを作った奴を殴ってやろうかと真剣に考えた。
いや、ドキュメンタリー作家を殴ったところで事態は好転しない。
俺は国王の考える『カッコイイ!』の妥協点を探るために、自然な会話を続ける。
「そうですね。世界的な金融危機を乗り切るために、各国は経営危機にあった金融機関を財政的に支援しました。各国が金融緩和政策を始めたのもリーマン・ショックの後です。当然、ジャービス王国も金融危機を回避するためにいろいろな施策を講じました」
「そうだ。それにも関わらず、ジャービス王国には第二のリーマン・ショックが来ている」
「はあ・・・」
俺はセレナ銀行の件はリーマン・ショックとは全く違うと思っている。セレナ銀行は単純なALMの不備だ。だが、国王の中では今回の件とリーマン・ショックは重なって見えているらしい。
「それに、最近も欧米で金融危機が起きそうになったのを何とか押しとどめていると聞いている」
「シリコンバレーの銀行やスイスの銀行の件ですか?」
「ああ。スイスでは国主導で経営危機にあった銀行の救済を大手金融機関に依頼した。さらに、その銀行が発行していたAT1債を無価値にして、有利子負債を大幅に圧縮することに成功した」
※AT1債(Additional Tier 1債)は、高い利回りを提供するリスクの高い債券のことです。
「AT1債の投資家は被害を被ったらしいですね。全体では2兆JDを超える損失が発生したと聞きました。その影響で、他の金融機関が発行しているAT1債も価格が下がっているらしいです」
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
「投資家が被害を被ったのはどっちでもいい。わしが言いたいのは、ジャービス政府もこういう派手なことをしたいのだ!」
―― 派手なことか・・・
国王は一度言い出すと、他人の言うことを聞かない。
どうしたものか・・・
<続く>