第9話 デューデリジェンス(その8)
文字数 2,644文字
(9)デューデリジェンス <続き>
私たちはジャービット・エクスチェンジから内部調査部に戻った。
部屋の中を見たらダニエルはいない。総務省の別の会議に出席しているようだ。
あれでも総務大臣だから忙しいのだろう。
ダニエルはジャービット・エクスチェンジの件を気にしているから、そのうち内部調査部の部屋に来るだろう。
ダニエルが来るまでの間、私はロイ、ポールと今回の論点を整理することにした。
「まず、ジャービット・エクスチェンジは、顧客から1ジャービット・コインを2万JDで買取りたいと思っている。顧客が保有しているジャービット・コインは10万個。だから、全て買取る場合は20億JD必要になる。それでいいよね?」
「そうだね」とロイが言った。
「それに対して、ジャービットには手許資金が10億JD、上場する2銘柄が5億JDで売却できる場合、不足する資金は5億JD。それでいいよね?」
「合ってますよ」とポールが言った。
「ホセの希望する買取価格を許容する場合、i5からの出資額は最大5億JD。そういう前提でいいのよね?」と私はロイとポールに確認した。
「大丈夫。その前提で合っているよ。」とロイが言った。
私たちの出資額は最大5億JD。暗号資産交換業者を買収するにしては安上がりな額だ。
私はホセが拘っていた顧客からの買取価格について、ロイとポールに聞いた。
「ジャービット・エクスチェンジは民事再生の申請をしているから、顧客は会社が倒産したと思っている。さすがに顧客も倒産した会社からは、ほとんど回収できないと思っているよね?」
「そう思うよ」とロイが言った。
「だから、1ジャービット・コインを2万JDも出して顧客から買取る必要はない。買取価格は1万JDでも、5,000JDでも構わないはずじゃない?」
私はホセのこだわりに疑問を呈した。
「それはそうだけど。ホセは2万JDでの買取りを何度も主張していたでしょ。だから、2万JDの買取価格は譲れないんじゃないかな?」とロイは言った。
ロイは『また同じ話を蒸し返している』と思っているのだろう。
ジャービット・コインの買取価格を2万JDにしないとこの案件は先に進まない。
それは分かる。分かっているのだが、私はどうしても無駄な支出だと思ってしまう。
ふと前を見ると、ダニエルが書いた社是(しゃぜ)らしきものが目に入った。
“倹約は美徳!”
ダニエルもたまには良いこと言うじゃないか・・・
今の私の心境を表しているような気がしてきた。
※詳しくは『第2回活動報告:カルテルを潰せ 第3話:新たな調査』をご覧下さい。
私が考えているとロイが話を続けた。
「そもそもだけど・・・、1ジャービット・コインを1万JDで買取るのであれば、ジャービット・エクスチェンジの手許資金で足りる」
「そうだね」
「ジャービット・エクスチェンジが1万JDで買取るのであれば、私たちスポンサーの出番はない。だから、私たちは1ジャービット・コインを2万JDで買ってもらわないと困るわけよ」
「分かったわよ。買取価格はホセの希望を前提に検討することにする」
私は納得していないものの、案件を進めるために買取価格を妥協することにした。
「あと、投資している非上場株式からどれくらい回収できると思う?」と私は尋ねた。
「正直分からないけど、60社残っているよね。数社は上場するか第三者に売却できるんじゃないかな」とロイが言った。
「今まで投資した100社中25社が上場か売却できているから、それなりに目利きはできるはず。本当に簿価純資産額(会計帳簿の純資産額をもとに計算した株式価値)で評価して良いのか、迷ってるんだ・・・」と私はボソッと言った。
非上場株式は投資利益をあげているから、本来であれば株式評価額は簿価純資産額よりもかなり高くなるはずだ。
だから、私は非上場株式を簿価純資産額で評価することに少し抵抗がある。
民事再生企業から不当に安く買い叩く火事場泥棒、とでも言えばいいのだろうか・・・
***
私が考えていたらダニエルが内部調査部に入ってきた。
ダニエルは私を見つけると「デューデリはどうだった?」と言った。
「デューデリは特に問題なく終わりそう。保有している資産は預金と投資有価証券だけ。負債はない。デューデリの報告書は、明後日ドラフトを送るとトーマスが言っていた」と私は答えた。
「投資有価証券は、簿価純資産で評価するんだよね?」
「そのつもり。でも、想像していたよりも投資が成功していて、少し迷ってるんだ」
「迷ってる? どういう風に?」ダニエルが言った。
「ジャービットは過去5年間で100社のベンチャー企業に総額10億JDを投資している。投資したうちの5社が上場して10億JD回収して、20社を第三者へ売却して10億JD回収している。今までの回収額は合計20億JDだから、10億JDの利益が出てる」
「投資額が5年間で2倍になったわけだね。すごいなー」
「さらに2社が上場予定で、この2社の株式の売却で5億JDが回収できると思う。投資有価証券を簿価純資産で評価したら、評価額が低くなり過ぎないかな?」と私は言った。
「低いかもね。でも、今回は民事再生法の適用申請している会社だから、破産前提の財産評価でいいと思うよ。それが一般的だしね」
「そうなんだけど・・・」
「それに、今回の目的はベンチャー投資じゃない。暗号資産の発行会社を買収することだ。だから、極論すると買収対象のジャービットが投資有価証券を保有している必要はない」
「投資有価証券を保有している必要がない?」
「そう。もし投資有価証券の評価額が気になるんだったら、i5の投資対象から投資有価証券を外してもいいんだよ」とダニエルは言った。
「再生スキームの中に、投資有価証券を入れないってこと?」
「そうだよ。投資有価証券を外したければ外してもいいよ。当のチャールズはベンチャー投資に興味ないだろうから、気にしないんじゃないかな」
「そうか・・・。ありがとう。少し考えてみる」と私は言った。
投資有価証券の価値を低く評価することに私は罪悪感がある。
もし罪悪感があるんだったら、i5の投資対象から外せばいいだけだ。
ダニエルが言ったように、投資有価証券は本来必要ないものだから。
でも、投資有価証券を外すか外さないか、優柔不断な私には決められない。
とにかく、トーマスからデューデリの結果を聞いてから考えることにした。
体の良い先延ばしなのだが・・・
私たちはジャービット・エクスチェンジから内部調査部に戻った。
部屋の中を見たらダニエルはいない。総務省の別の会議に出席しているようだ。
あれでも総務大臣だから忙しいのだろう。
ダニエルはジャービット・エクスチェンジの件を気にしているから、そのうち内部調査部の部屋に来るだろう。
ダニエルが来るまでの間、私はロイ、ポールと今回の論点を整理することにした。
「まず、ジャービット・エクスチェンジは、顧客から1ジャービット・コインを2万JDで買取りたいと思っている。顧客が保有しているジャービット・コインは10万個。だから、全て買取る場合は20億JD必要になる。それでいいよね?」
「そうだね」とロイが言った。
「それに対して、ジャービットには手許資金が10億JD、上場する2銘柄が5億JDで売却できる場合、不足する資金は5億JD。それでいいよね?」
「合ってますよ」とポールが言った。
「ホセの希望する買取価格を許容する場合、i5からの出資額は最大5億JD。そういう前提でいいのよね?」と私はロイとポールに確認した。
「大丈夫。その前提で合っているよ。」とロイが言った。
私たちの出資額は最大5億JD。暗号資産交換業者を買収するにしては安上がりな額だ。
私はホセが拘っていた顧客からの買取価格について、ロイとポールに聞いた。
「ジャービット・エクスチェンジは民事再生の申請をしているから、顧客は会社が倒産したと思っている。さすがに顧客も倒産した会社からは、ほとんど回収できないと思っているよね?」
「そう思うよ」とロイが言った。
「だから、1ジャービット・コインを2万JDも出して顧客から買取る必要はない。買取価格は1万JDでも、5,000JDでも構わないはずじゃない?」
私はホセのこだわりに疑問を呈した。
「それはそうだけど。ホセは2万JDでの買取りを何度も主張していたでしょ。だから、2万JDの買取価格は譲れないんじゃないかな?」とロイは言った。
ロイは『また同じ話を蒸し返している』と思っているのだろう。
ジャービット・コインの買取価格を2万JDにしないとこの案件は先に進まない。
それは分かる。分かっているのだが、私はどうしても無駄な支出だと思ってしまう。
ふと前を見ると、ダニエルが書いた社是(しゃぜ)らしきものが目に入った。
“倹約は美徳!”
ダニエルもたまには良いこと言うじゃないか・・・
今の私の心境を表しているような気がしてきた。
※詳しくは『第2回活動報告:カルテルを潰せ 第3話:新たな調査』をご覧下さい。
私が考えているとロイが話を続けた。
「そもそもだけど・・・、1ジャービット・コインを1万JDで買取るのであれば、ジャービット・エクスチェンジの手許資金で足りる」
「そうだね」
「ジャービット・エクスチェンジが1万JDで買取るのであれば、私たちスポンサーの出番はない。だから、私たちは1ジャービット・コインを2万JDで買ってもらわないと困るわけよ」
「分かったわよ。買取価格はホセの希望を前提に検討することにする」
私は納得していないものの、案件を進めるために買取価格を妥協することにした。
「あと、投資している非上場株式からどれくらい回収できると思う?」と私は尋ねた。
「正直分からないけど、60社残っているよね。数社は上場するか第三者に売却できるんじゃないかな」とロイが言った。
「今まで投資した100社中25社が上場か売却できているから、それなりに目利きはできるはず。本当に簿価純資産額(会計帳簿の純資産額をもとに計算した株式価値)で評価して良いのか、迷ってるんだ・・・」と私はボソッと言った。
非上場株式は投資利益をあげているから、本来であれば株式評価額は簿価純資産額よりもかなり高くなるはずだ。
だから、私は非上場株式を簿価純資産額で評価することに少し抵抗がある。
民事再生企業から不当に安く買い叩く火事場泥棒、とでも言えばいいのだろうか・・・
***
私が考えていたらダニエルが内部調査部に入ってきた。
ダニエルは私を見つけると「デューデリはどうだった?」と言った。
「デューデリは特に問題なく終わりそう。保有している資産は預金と投資有価証券だけ。負債はない。デューデリの報告書は、明後日ドラフトを送るとトーマスが言っていた」と私は答えた。
「投資有価証券は、簿価純資産で評価するんだよね?」
「そのつもり。でも、想像していたよりも投資が成功していて、少し迷ってるんだ」
「迷ってる? どういう風に?」ダニエルが言った。
「ジャービットは過去5年間で100社のベンチャー企業に総額10億JDを投資している。投資したうちの5社が上場して10億JD回収して、20社を第三者へ売却して10億JD回収している。今までの回収額は合計20億JDだから、10億JDの利益が出てる」
「投資額が5年間で2倍になったわけだね。すごいなー」
「さらに2社が上場予定で、この2社の株式の売却で5億JDが回収できると思う。投資有価証券を簿価純資産で評価したら、評価額が低くなり過ぎないかな?」と私は言った。
「低いかもね。でも、今回は民事再生法の適用申請している会社だから、破産前提の財産評価でいいと思うよ。それが一般的だしね」
「そうなんだけど・・・」
「それに、今回の目的はベンチャー投資じゃない。暗号資産の発行会社を買収することだ。だから、極論すると買収対象のジャービットが投資有価証券を保有している必要はない」
「投資有価証券を保有している必要がない?」
「そう。もし投資有価証券の評価額が気になるんだったら、i5の投資対象から投資有価証券を外してもいいんだよ」とダニエルは言った。
「再生スキームの中に、投資有価証券を入れないってこと?」
「そうだよ。投資有価証券を外したければ外してもいいよ。当のチャールズはベンチャー投資に興味ないだろうから、気にしないんじゃないかな」
「そうか・・・。ありがとう。少し考えてみる」と私は言った。
投資有価証券の価値を低く評価することに私は罪悪感がある。
もし罪悪感があるんだったら、i5の投資対象から外せばいいだけだ。
ダニエルが言ったように、投資有価証券は本来必要ないものだから。
でも、投資有価証券を外すか外さないか、優柔不断な私には決められない。
とにかく、トーマスからデューデリの結果を聞いてから考えることにした。
体の良い先延ばしなのだが・・・