第8話 国内世論との戦い(その1)

文字数 1,673文字

(8)国内世論との戦い

 ポールがホラント証券に米銀との買戻し条件付売買取引をアレンジするように依頼したところ、直ぐに興味を持つ米銀が現れた。これで俺たち内部調査部の関係する取引の準備は整った。

 全ての準備が整った俺たちは為替対応のための一連の取引(以下の①~⑬)をスタートした。

①ジャービス中央銀行から額面3,000億JD の10年国債を無担保で借りる
②10年国債を担保に1兆JD分の米ドルを購入する
③政策金利を1%に引き下げる
④購入した1兆JD分の米ドルを売却する
⑤額面3,000億JD の10年国債を米銀に売却する
⑥売却益を使って補助金を出す
⑦海外企業の誘致を行う
⑧1兆JD分の米ドルを空売りする
⑨政策金利を4%に引き上げる
⑩空売りした1兆JD分の米ドルを買い戻す
⑪額面3,000億JD の10年国債を米銀から買い戻す
⑫ジャービス中央銀行に額面3,000億JD の10年国債を返済する
⑬決済益を使って補助金を出す

※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円としています。


 まず、①ジャービス中央銀行から額面3,000億JDの国債を無担保債券貸借取引で借り入れた。
 俺たちがジャービス中央銀行を訪問した後、総裁のアドルフが何度か内務省に訪問してチャールズに考え直すように打診したようだ。だが、アドルフの努力も虚しく、チャールズの考えは変わらなかった。
 だから、俺たちはジャービス中央銀行から国債を無担保で借りることができた。

 ジャービス中央銀行から借りた額面3,000億JDの国債は外為取引の証拠金として、ホラント証券の証券口座に移管した。米ドルを購入する際の担保とするためだ。

 そして、俺たちはホラント証券から②米ドルを1兆JD分買付けた。
 取引直前の為替レートは1米ドル=140JDだったが、1兆JDの米ドル買いを入れたことによって、為替レートは1米ドル=145JDまでジャービス・ドル安が進んだ。
 ジャービス・ドルの取引量は米ドルに比べると極めて小さいから、為替レートが動くのは仕方のないことだ。
 為替レートの変動の結果、俺たちの米ドルの平均購入単価は1米ドル=143JDとなった。
 購入した米ドルは69.93億米ドル(=1兆JD÷143JD/米ドル)だ。

 ジャービス・ドルを空売りしているヘッジファンドは、急に為替レートが1米ドル=140JDから1米ドル=145JDに動いたことに驚いたようだ。だが、米ドルの買い注文がジャービス王国のホラント証券から出ていることから、純粋な為替のトレーディングだとヘッジファンドは考えた。俺たちが大量にジャービス・ドルを売った(米ドルを買った)にも関わらず、ヘッジファンドは大きなポジション変更をしなかった。

 ここまでは為替レートが少し動いただけで、ジャービス王国の国民や企業に大きな影響は出ない。マスコミからの報道もなく、誰も注目していなかった。

 米ドルの購入から2週間が経過し、内務省から③ジャービス・ドルの10年国債金利を1%に誘導する金融緩和政策が発表された。金融緩和の理由は『低金利の誘導によって国内景気を刺激するため』と公表した。
 内務省が公表した金融緩和政策により、銀行貸出の平均金利が5%から2%に低下した。
 調達金利の低下によって、ジャービス国内企業は銀行からの借入を徐々に増やしていった。

 一方、ジャービス・ドル金利が1%に低下したことによって、為替レートに大きな動きが見られた。
 ジャービス・ドル金利が1%なのに対して米ドル金利が4%だ。企業や個人投資家の間でJD売り・米ドル買いが一気に広がった。この結果、ジャービス・ドル安の動きが加速して為替レートは一時的に1米ドル=200JDまで下落した。
 国内外の投資家が狼狽してジャービス・ドルを売ったり、ヘッジファンドがジャービス・ドルのショート(空売り)・ポジションを増やしたりしたことも影響している、とホラント証券の担当者は言っていた。

 ここまでのところ、俺の狙い通りに為替市場は反応したようだ。

<続く>
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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