第3話 不正融資の内容を確認しよう(その2)
文字数 1,791文字
(3) 不正融資の内容を確認しよう <続き>
「ここまでくると、ほぼ詐欺ですね。その業者には、御社の営業マンが依頼するのですか?」
「いえ。そんな証拠が残るようなことはしません。顧客に偽造業者の連絡先を伝えて、顧客から直接連絡してもらっています。何か不正が発覚しても、『当社は知らなかった』と言えばいいだけです」とウォルターが言った。
「そうすると、偽造指示の証拠を掴むのは難しいのか・・・」と俺が言うと、
「でも、顧客は文書偽造で逮捕できそうです」とミゲルが呑気に言った。
「それは困ります」とウォルターは言った。
「ですよね?」
「・・・とはいえ、不正融資の調査をしていくと、顧客を逮捕してから当社の捜査を進めることになりますよね。顧客は当社の営業に勧められて、書類偽造をしてしまったわけですから」
「手順としてはそうなるでしょう。それにしても、なぜ顧客はそこまでリスクを冒して、不動産投資をするのですか?」
「説明が難しいですね。端的に言うと、流行っているからです」とウォルターは答えた。
「流行っている?」
「去年『不動産で不労所得の9割を手に入れよう!』という本が流行ったのをご存じですか?」
「もちろん知ってます。去年の一般書のベストセラーですね」
「ええ。その本では不動産経営が楽観的に解説されていて、不動産さえ持っていればハッピーな人生が送れると考える人が増えました」
「へー。そういえば、最近、不動産投資の広告をよく見る気がします。その本の影響かな?」
「ええ。その本の影響です。不動産会社が扱う物件にはいろいろあります。プロ投資家には、立地が悪い物件や利回りが低い物件は売れません。実需(実際に住むために不動産を購入すること)の場合は、広い間取りの物件しか売れません。これらのニーズには合わない単身者用のレジデンスを、当社は個人投資家に売っています」
「顧客にとっては、儲からなくても買うことに意味があるのかー。すごい状況だ」
俺は正直驚いている。不動産投資がここまで加熱しているとは知らなかった。
「今まであまり売れなかった単身者用の不動産が売れるようになって、販売価格が高くなりました。販売価格が高くなるのと、借入金を増やさないといけません。そうすると、ますます審査書類を改竄する必要が発生します」
「すごいなー。ワンルーム投資バブルかー」俺は感心して言った。
「私もこの業界に長くいますが、もう、無茶苦茶です」
「でしょうね。私自身はワンルーム投資バブルを知りませんでしたけど、不動産市場が高騰している話は聞きません。不動産の全体的な市場価格は上がっているのですか?」と俺はウォルターに質問した。
「そうですねー。不動産価格は、全体としては上がっていません。例えば、もともと高額なオフィスビルはプロ投資家しか売買しないため、売買価格は変わりません。実需の不動産も、マイホームを買いたい家族が予算内で探すので、販売価格は同じです。流行りに乗って参入してきた個人投資家が買う、シングルタイプのレジデンスの価格だけが昨年比30%くらい上がりました」
「影響は局所的に起きているのかー。知らなかったな」
俺は個人投資家が買っている不動産について理解した。
最後に、俺はウォルターに幾つか質問した。
「それで、あなたから御社の内部資料を入手するのは避けた方がいいでしょう。不正融資について本格的に調査を開始する前に、こちらで情報を集めたいと思っています。申請書類や収入証明の偽造が行われたと思われる不動産物件を幾つか教えてもらえませんか?」と俺はウォルターに聞いた。
「それであれば、当社が『Lシリーズ』として販売している物件は、ほぼ全て対象です」
「最後に一つ。書類を偽造している業者はどこか知っていますか?」
「マラニ印刷という印刷会社です。大きい会社なので、組織的に関与しているわけではないでしょう。ごく一部の従業員だけが関わっていると思います。ただ、私自身は偽造書類を依頼したわけではないので、担当者の名前は分かりません」
「分かりました。ありがとうございます」
俺たちはウォルターに礼を言って、総務省に戻ることにした。
これだけ聞けたら、ある程度はこちらで調べられるだろう。
不動産投資に加熱する個人投資家。
相場よりも高く売りたい不動産会社。
個人投資家に多く借入させるための不正融資。
闇は深そうだ・・・・
「ここまでくると、ほぼ詐欺ですね。その業者には、御社の営業マンが依頼するのですか?」
「いえ。そんな証拠が残るようなことはしません。顧客に偽造業者の連絡先を伝えて、顧客から直接連絡してもらっています。何か不正が発覚しても、『当社は知らなかった』と言えばいいだけです」とウォルターが言った。
「そうすると、偽造指示の証拠を掴むのは難しいのか・・・」と俺が言うと、
「でも、顧客は文書偽造で逮捕できそうです」とミゲルが呑気に言った。
「それは困ります」とウォルターは言った。
「ですよね?」
「・・・とはいえ、不正融資の調査をしていくと、顧客を逮捕してから当社の捜査を進めることになりますよね。顧客は当社の営業に勧められて、書類偽造をしてしまったわけですから」
「手順としてはそうなるでしょう。それにしても、なぜ顧客はそこまでリスクを冒して、不動産投資をするのですか?」
「説明が難しいですね。端的に言うと、流行っているからです」とウォルターは答えた。
「流行っている?」
「去年『不動産で不労所得の9割を手に入れよう!』という本が流行ったのをご存じですか?」
「もちろん知ってます。去年の一般書のベストセラーですね」
「ええ。その本では不動産経営が楽観的に解説されていて、不動産さえ持っていればハッピーな人生が送れると考える人が増えました」
「へー。そういえば、最近、不動産投資の広告をよく見る気がします。その本の影響かな?」
「ええ。その本の影響です。不動産会社が扱う物件にはいろいろあります。プロ投資家には、立地が悪い物件や利回りが低い物件は売れません。実需(実際に住むために不動産を購入すること)の場合は、広い間取りの物件しか売れません。これらのニーズには合わない単身者用のレジデンスを、当社は個人投資家に売っています」
「顧客にとっては、儲からなくても買うことに意味があるのかー。すごい状況だ」
俺は正直驚いている。不動産投資がここまで加熱しているとは知らなかった。
「今まであまり売れなかった単身者用の不動産が売れるようになって、販売価格が高くなりました。販売価格が高くなるのと、借入金を増やさないといけません。そうすると、ますます審査書類を改竄する必要が発生します」
「すごいなー。ワンルーム投資バブルかー」俺は感心して言った。
「私もこの業界に長くいますが、もう、無茶苦茶です」
「でしょうね。私自身はワンルーム投資バブルを知りませんでしたけど、不動産市場が高騰している話は聞きません。不動産の全体的な市場価格は上がっているのですか?」と俺はウォルターに質問した。
「そうですねー。不動産価格は、全体としては上がっていません。例えば、もともと高額なオフィスビルはプロ投資家しか売買しないため、売買価格は変わりません。実需の不動産も、マイホームを買いたい家族が予算内で探すので、販売価格は同じです。流行りに乗って参入してきた個人投資家が買う、シングルタイプのレジデンスの価格だけが昨年比30%くらい上がりました」
「影響は局所的に起きているのかー。知らなかったな」
俺は個人投資家が買っている不動産について理解した。
最後に、俺はウォルターに幾つか質問した。
「それで、あなたから御社の内部資料を入手するのは避けた方がいいでしょう。不正融資について本格的に調査を開始する前に、こちらで情報を集めたいと思っています。申請書類や収入証明の偽造が行われたと思われる不動産物件を幾つか教えてもらえませんか?」と俺はウォルターに聞いた。
「それであれば、当社が『Lシリーズ』として販売している物件は、ほぼ全て対象です」
「最後に一つ。書類を偽造している業者はどこか知っていますか?」
「マラニ印刷という印刷会社です。大きい会社なので、組織的に関与しているわけではないでしょう。ごく一部の従業員だけが関わっていると思います。ただ、私自身は偽造書類を依頼したわけではないので、担当者の名前は分かりません」
「分かりました。ありがとうございます」
俺たちはウォルターに礼を言って、総務省に戻ることにした。
これだけ聞けたら、ある程度はこちらで調べられるだろう。
不動産投資に加熱する個人投資家。
相場よりも高く売りたい不動産会社。
個人投資家に多く借入させるための不正融資。
闇は深そうだ・・・・