第4話 業界の評判を聞こう(その1)
文字数 1,740文字
(4) 業界の評判を聞こう
ポールが働いていたホラント証券は国内大手証券会社だ。イベントで高齢者に社債を販売しているフォーレンダム証券よりも規模が十倍くらい大きいだろう。
ポールは、かつての同僚であるクラールに話を聞くために、古巣のホラント証券を訪問した。
ホラント証券には退社してから来ていないから、5年ぶりだろうか?
営業ノルマがきつくて同僚の半分くらいが退職したと聞いているが、実感としては70%くらい辞めたんじゃないかと思う。
ポールには当時の辛い記憶が蘇ってくる。
今もホラント証券で働いているクラールは大変なのだろう、とポールはふと思った。
ポールが応接室で待っていると、クラールが部屋に入って来た。
「急に連絡して、申し訳ないね。大丈夫だった?」とポールは言った。
「ちょうど暇だったから、大丈夫だよ。それにしても、今は総務省で働いているって?」とクラールは言って、ポールに自分の名刺を渡した。
「課長になったの?」クラールから名刺を受取ったポールは思わず言った。
「そうだよ。今年の春かな?ポールが辞めたのが5年前だから、その1年後に課長代理に昇進して、今年の春に課長になった」
「大変じゃなかった?」
「そりゃあ、大変だよ。今もだけど」とクラールは笑いながら言った。
それを聞いたポールは、もう少し我慢すれば良かったのかな、少し羨ましいような気がした。
考えても仕方ないので、ポールは自分の名刺をクラールに渡して近況を説明した。
「今は総務省で働いている。役職は係長だから、クラールには負けてるけどね」とポールは言った。
「証券会社と総務省の課長を比べちゃだめだよ」
「なんで?」
「だって、総務省の課長って、携帯電話会社の役員を呼び出して、説教できるくらいの権力があるじゃない。証券会社の課長では、携帯電話会社の役員に会うことも適わないよ」
「言いたいことは分かるけど、さすがにそれは言いすぎだよ」
「国営の企業に転職したって聞いていたけど、どうして総務省なの?」とクラールが答えにくい質問をしてきた。
「少し前まで第13穀物倉庫で商品調達の仕事をしていたのだけど、いろいろあってね。今は総務省に新しくできた内部調査部という部署で働いているんだ。不正調査をする部署と言えば、イメージし易いのかな。それで、高齢者向けの社債について調べている」
「まあ、元気そうでよかった。それで、その社債はホラント証券で販売している社債?」
「違う、違う。フォーレンダム証券が販売している劣後社債だよ」
「なんだ。びっくりさせないでよ。うちの証券会社に調査にきたのかと思った」クラールは安心したようだ。
「フォーレンダム証券が販売している劣後社債について、業界での評判を聞きたいのだけど」とポールは切り出した。
「あの劣後社債か。もちろん知っているよ」
「どんな感じなの?」
「いい商品だと思う。劣後社債の利回りは、定期預金金利や国債利回りよりも高いから、営業マンとしては販売しやすい。それに、シニア(普通社債)は機関投資家に人気がある。運用会社が毎月ファンドを組成しているみたいだけど、全て完売している。すごいよね」とクラールは言った。
「へー。あの劣後社債は、人気あるんだ」
「そう思うよ。フォーレンダム証券は、以前は小さい地場の証券会社だったけど、最近は急激に業績が伸びてきているんだ。その劣後社債の販売を開始してから、業績が飛躍的に伸びたんじゃないかな?」
「そうなんだ」
「普通社債は投資適格(格付がBBB以上)だから機関投資家が何もしなくても買ってくれる。だから、普通社債はトルネアセットマネジメントが直接販売していて、フォーレンダム証券は関わっていないはずだ」
「ホラント証券でも社債を年金基金に大量に売っていたね」
「そうだよ。年金基金は、投資適格の社債を大量に買ってくれるから、うちでも超重要顧客だよ」
「僕もそういう部署に配属されていたら、ホラント証券に残っていたかもしれないな」
「接待とか大変だよ。あの部署に入りたかったの?」
「当時はね。そんなに大変なの?」
「昔からの証券営業が好きな人は、いいんじゃないかな。そうじゃないと、辛いかもしれない」
「そうか・・・」
ポールの想像と少し違っていたようだ。
<続く>
ポールが働いていたホラント証券は国内大手証券会社だ。イベントで高齢者に社債を販売しているフォーレンダム証券よりも規模が十倍くらい大きいだろう。
ポールは、かつての同僚であるクラールに話を聞くために、古巣のホラント証券を訪問した。
ホラント証券には退社してから来ていないから、5年ぶりだろうか?
営業ノルマがきつくて同僚の半分くらいが退職したと聞いているが、実感としては70%くらい辞めたんじゃないかと思う。
ポールには当時の辛い記憶が蘇ってくる。
今もホラント証券で働いているクラールは大変なのだろう、とポールはふと思った。
ポールが応接室で待っていると、クラールが部屋に入って来た。
「急に連絡して、申し訳ないね。大丈夫だった?」とポールは言った。
「ちょうど暇だったから、大丈夫だよ。それにしても、今は総務省で働いているって?」とクラールは言って、ポールに自分の名刺を渡した。
「課長になったの?」クラールから名刺を受取ったポールは思わず言った。
「そうだよ。今年の春かな?ポールが辞めたのが5年前だから、その1年後に課長代理に昇進して、今年の春に課長になった」
「大変じゃなかった?」
「そりゃあ、大変だよ。今もだけど」とクラールは笑いながら言った。
それを聞いたポールは、もう少し我慢すれば良かったのかな、少し羨ましいような気がした。
考えても仕方ないので、ポールは自分の名刺をクラールに渡して近況を説明した。
「今は総務省で働いている。役職は係長だから、クラールには負けてるけどね」とポールは言った。
「証券会社と総務省の課長を比べちゃだめだよ」
「なんで?」
「だって、総務省の課長って、携帯電話会社の役員を呼び出して、説教できるくらいの権力があるじゃない。証券会社の課長では、携帯電話会社の役員に会うことも適わないよ」
「言いたいことは分かるけど、さすがにそれは言いすぎだよ」
「国営の企業に転職したって聞いていたけど、どうして総務省なの?」とクラールが答えにくい質問をしてきた。
「少し前まで第13穀物倉庫で商品調達の仕事をしていたのだけど、いろいろあってね。今は総務省に新しくできた内部調査部という部署で働いているんだ。不正調査をする部署と言えば、イメージし易いのかな。それで、高齢者向けの社債について調べている」
「まあ、元気そうでよかった。それで、その社債はホラント証券で販売している社債?」
「違う、違う。フォーレンダム証券が販売している劣後社債だよ」
「なんだ。びっくりさせないでよ。うちの証券会社に調査にきたのかと思った」クラールは安心したようだ。
「フォーレンダム証券が販売している劣後社債について、業界での評判を聞きたいのだけど」とポールは切り出した。
「あの劣後社債か。もちろん知っているよ」
「どんな感じなの?」
「いい商品だと思う。劣後社債の利回りは、定期預金金利や国債利回りよりも高いから、営業マンとしては販売しやすい。それに、シニア(普通社債)は機関投資家に人気がある。運用会社が毎月ファンドを組成しているみたいだけど、全て完売している。すごいよね」とクラールは言った。
「へー。あの劣後社債は、人気あるんだ」
「そう思うよ。フォーレンダム証券は、以前は小さい地場の証券会社だったけど、最近は急激に業績が伸びてきているんだ。その劣後社債の販売を開始してから、業績が飛躍的に伸びたんじゃないかな?」
「そうなんだ」
「普通社債は投資適格(格付がBBB以上)だから機関投資家が何もしなくても買ってくれる。だから、普通社債はトルネアセットマネジメントが直接販売していて、フォーレンダム証券は関わっていないはずだ」
「ホラント証券でも社債を年金基金に大量に売っていたね」
「そうだよ。年金基金は、投資適格の社債を大量に買ってくれるから、うちでも超重要顧客だよ」
「僕もそういう部署に配属されていたら、ホラント証券に残っていたかもしれないな」
「接待とか大変だよ。あの部署に入りたかったの?」
「当時はね。そんなに大変なの?」
「昔からの証券営業が好きな人は、いいんじゃないかな。そうじゃないと、辛いかもしれない」
「そうか・・・」
ポールの想像と少し違っていたようだ。
<続く>