第1話 銀行の破綻(その1)
文字数 1,961文字
俺の名前はダニエル。ジャービス王国という小さな国の第4王子だ。
俺はジャービス王国で起こった事件を解決するために探偵をしている。
本当は内部調査部の部長なのだが、探偵の方がやる気が出る。
だから、そういう設定にしている。
俺は名探偵を目指して日々研鑽してきたつもりだ。
幾つもの事件を通して分かったことが一つある。
―― 俺は名探偵ではない
確かに俺は名探偵ではない。
でも、世の中には名探偵ではないけど周囲に『俺は名探偵!』と錯覚させるテクニックを有する毛利小五郎先生がいる。
俺は毛利小五郎先生を手本に研鑽した。
失敗した・・・
行き詰まった俺はベテラン警察官に相談した。
ベテラン警察官に俺に教えてくれた。
―― 俺は名探偵ではない。スペシャリストだ!
物は言いようだが、俺の探偵としての方向性が定まった気がする。
だから、俺はこれからも調査のスペシャリストとして事件を解決していこうと決めた。
何事も気分の持ちようだな・・・
(1)銀行の破綻
俺が総務省に出勤すると、ルイーズが慌てて入ってきた。
様子からするに緊急の要件のようだ。
「どうしたの?」と俺はルイーズに尋ねた。
「クレディ・スミスがヤバいことになってる。投資家が売却して株価が急落してる」
※本話に登場する金融機関は実際のものとは一切関係ありません。また、本話に登場する金融機関は『クレディ・スイス』ではありません。
クレディ・スミスは創業から150年を超える国際金融機関の一つだ。
世界中に支店を持ち、古くから富裕層向けビジネスで有名な金融機関だ。
「え? そうなの? ちょっと待って・・・」
そう言うと俺はクレディ・スミスの株価を検索した。
確か・・・、1年前は1株当り10米ドルはあったはずだ。
いま確認するとクレディ・スミスの株価は1株当り4米ドル。
株価は1年間で60%下落したことになる。
ニュースを検索すると「今が底だ!」と言って著名投資家がクレディ・スミス株を買っている記事が出てきた。
株価は憶測で変動するから、その著名投資家の判断が正しいのかどうかは俺には分かない。
もう少ししたら、著名投資家が正しかったか分かるだろう。
幾つかの関連記事を見ると、クレディ・スミスの株価は下がっているものの債券のデフォルト(債務不履行)などのクレジットイベントは発生していない。
直ぐに倒産するという感じでもなさそうだ。
「株価が下がっていたのは知ってたけど、こんなに下がってると思わなかった。原因は何なの?」
俺はルイーズに原因を聞いた。
ルイーズは「詳しくは分からないんだけど・・・」と前置きしてから言った。
「ホラント証券から聞いた話では、低金利の時に投資したジャンク債の価格が、世界的な利上げで大幅に値下がりしたらしい。クレディ・スミスの来期決算で巨額損失が出そうだから投資家が保有している株式を売却しているみたいね」
***
これからの話を進めるうえで、解説しておこう。
リーマン・ショックによる金融危機に対応するために10年以上前に各国の中央銀行が金融緩和を行った。中央銀行が行った主な金融緩和の内容は、流動性の供給と金利の引下げだ。
まず、金融機関や機関投資家が保有する国債やMBS(Mortgage Backed Security:住宅ローン担保証券)を中央銀行が買上げることによって市中に現金をばら撒いた。
また、金利を引き下げてゼロ金利やマイナス金利にすることによって、債務者(銀行から借入をしている企業や個人)の貸倒れを防いだ。
各国は金融緩和を長期間続けてきたから市場には余剰資金が溢れてしまい、顧客からの預金が大量に銀行に流れ込んだ。銀行は調達した資金を運用しなければいけない。
高格付け債券(信用力が高い社債など)の利回りが著しく低下しており、収益性を考えると金融機関の投資対象にならなかった。だから、金融機関は利回りの比較的高かったジャンク債(信用力が低い社債など)に投資して収益力の低下を防ごうとした。
顧客から集めた預金を貸付や債券で運用する銀行のビジネスモデルを考えれば、特に違和感のある戦略ではない。
この戦略は、中央銀行が金融緩和政策を継続している間は特に問題にならなかった。
しかし、中央銀行が金融政策を転換すると状況が変わってくる。
パンデミックで世界的に金がばら撒かれ、世界中でインフレが加速したのだ。
その結果、各国中央銀行は政策金利の引き上げを開始した。
金利が引き上げられると既発債(既に発行されている社債等)の時価は下がるのだが、低金利の時期に取得した社債券は全て損失を抱えることになる。
※金利と債券価値の関係は『第7回活動報告』で説明しています。詳しく知りたい人は『第7回活動報告』をご確認下さい。
<続く>
俺はジャービス王国で起こった事件を解決するために探偵をしている。
本当は内部調査部の部長なのだが、探偵の方がやる気が出る。
だから、そういう設定にしている。
俺は名探偵を目指して日々研鑽してきたつもりだ。
幾つもの事件を通して分かったことが一つある。
―― 俺は名探偵ではない
確かに俺は名探偵ではない。
でも、世の中には名探偵ではないけど周囲に『俺は名探偵!』と錯覚させるテクニックを有する毛利小五郎先生がいる。
俺は毛利小五郎先生を手本に研鑽した。
失敗した・・・
行き詰まった俺はベテラン警察官に相談した。
ベテラン警察官に俺に教えてくれた。
―― 俺は名探偵ではない。スペシャリストだ!
物は言いようだが、俺の探偵としての方向性が定まった気がする。
だから、俺はこれからも調査のスペシャリストとして事件を解決していこうと決めた。
何事も気分の持ちようだな・・・
(1)銀行の破綻
俺が総務省に出勤すると、ルイーズが慌てて入ってきた。
様子からするに緊急の要件のようだ。
「どうしたの?」と俺はルイーズに尋ねた。
「クレディ・スミスがヤバいことになってる。投資家が売却して株価が急落してる」
※本話に登場する金融機関は実際のものとは一切関係ありません。また、本話に登場する金融機関は『クレディ・スイス』ではありません。
クレディ・スミスは創業から150年を超える国際金融機関の一つだ。
世界中に支店を持ち、古くから富裕層向けビジネスで有名な金融機関だ。
「え? そうなの? ちょっと待って・・・」
そう言うと俺はクレディ・スミスの株価を検索した。
確か・・・、1年前は1株当り10米ドルはあったはずだ。
いま確認するとクレディ・スミスの株価は1株当り4米ドル。
株価は1年間で60%下落したことになる。
ニュースを検索すると「今が底だ!」と言って著名投資家がクレディ・スミス株を買っている記事が出てきた。
株価は憶測で変動するから、その著名投資家の判断が正しいのかどうかは俺には分かない。
もう少ししたら、著名投資家が正しかったか分かるだろう。
幾つかの関連記事を見ると、クレディ・スミスの株価は下がっているものの債券のデフォルト(債務不履行)などのクレジットイベントは発生していない。
直ぐに倒産するという感じでもなさそうだ。
「株価が下がっていたのは知ってたけど、こんなに下がってると思わなかった。原因は何なの?」
俺はルイーズに原因を聞いた。
ルイーズは「詳しくは分からないんだけど・・・」と前置きしてから言った。
「ホラント証券から聞いた話では、低金利の時に投資したジャンク債の価格が、世界的な利上げで大幅に値下がりしたらしい。クレディ・スミスの来期決算で巨額損失が出そうだから投資家が保有している株式を売却しているみたいね」
***
これからの話を進めるうえで、解説しておこう。
リーマン・ショックによる金融危機に対応するために10年以上前に各国の中央銀行が金融緩和を行った。中央銀行が行った主な金融緩和の内容は、流動性の供給と金利の引下げだ。
まず、金融機関や機関投資家が保有する国債やMBS(Mortgage Backed Security:住宅ローン担保証券)を中央銀行が買上げることによって市中に現金をばら撒いた。
また、金利を引き下げてゼロ金利やマイナス金利にすることによって、債務者(銀行から借入をしている企業や個人)の貸倒れを防いだ。
各国は金融緩和を長期間続けてきたから市場には余剰資金が溢れてしまい、顧客からの預金が大量に銀行に流れ込んだ。銀行は調達した資金を運用しなければいけない。
高格付け債券(信用力が高い社債など)の利回りが著しく低下しており、収益性を考えると金融機関の投資対象にならなかった。だから、金融機関は利回りの比較的高かったジャンク債(信用力が低い社債など)に投資して収益力の低下を防ごうとした。
顧客から集めた預金を貸付や債券で運用する銀行のビジネスモデルを考えれば、特に違和感のある戦略ではない。
この戦略は、中央銀行が金融緩和政策を継続している間は特に問題にならなかった。
しかし、中央銀行が金融政策を転換すると状況が変わってくる。
パンデミックで世界的に金がばら撒かれ、世界中でインフレが加速したのだ。
その結果、各国中央銀行は政策金利の引き上げを開始した。
金利が引き上げられると既発債(既に発行されている社債等)の時価は下がるのだが、低金利の時期に取得した社債券は全て損失を抱えることになる。
※金利と債券価値の関係は『第7回活動報告』で説明しています。詳しく知りたい人は『第7回活動報告』をご確認下さい。
<続く>