回顧録第1話 王子が私の前にやってきた(その3)
文字数 1,862文字
(1)王子が私の前にやってきた <続き>
その日の夕方、スミスは私に『今日の夜、小麦の在庫調整をする』と言った。
いつもは月初に在庫調整をしているのに、今回は月末に作業するという。
スミスが計画を変更するということは、何か理由があるはずだ。
― ひょっとして、王子か?
夜になって私、ガブリエル、ポールは小麦を貯蔵しているタンクの上に登った。タンクには簡易な梯子(はしご)が設置されていて、それを伝って上まで登れるようになっている。
タンクの高さは30メートルを超えているから、高さはビルの10階と同じくらいだ。
タンクの下はコンクリートの道路だ。下に落ちたら確実に死ぬ。暗闇で下が見えないのが、恐怖心と戦う私にとって唯一の救いだ。
私は高いところが苦手だ。だから、本当はこんなところに登りたくない。
でも、仲間が私のために協力してくれているのに、私だけが『怖いから登りたくない』とは言えない。
それに、スミスは『今回が最後だ』と言っていた。今日の作業が終われば、今後はこんな怖い思いはしなくてすむ。
私は最後の勇気を振り絞って、高所恐怖症と格闘する。
ちなみに、私たちがタンクの上に登ったのは、タンクの中に入っている土嚢(どのう)を取り出すためだ。土嚢は取り出しやすいように、タンクの中にロープで吊るしてある。
ロープを使わず、高さ30メートルの小麦の中に入って土嚢を取り出すことなんて不可能だ。
それにしても重い。土嚢の重さは1つ20kgだとポールから聞いたことがある。
嘘を付く必要はないから、その情報は正しいはずだ。
土嚢を2つ持って30メートルの高さから梯子を降りるのは、かなりの重労働だ。私の身長は男性よりも高いけど、男性並みに筋力があるわけではない。
バスケットボール選手に、男性並みの筋力は要求されないから。
私がやっとの思いで土嚢を地面に降ろすと、数名の男に声を掛けられた。
よく見たらサブマシンガンをこちらに構えている。
― やばい! 強盗だ!
こんな夜中に押し入ってくる輩は強盗しかない。
私は考えを巡らせた。私はタンクに上るための軽装だ。金目のものは持っていない。
『お金は持っていません!』と言えば許してくれるのだろうか?
いやダメだ。
『儲かったなー』と思うくらいの金額を渡さないと、強盗は見逃してくれない。
強盗する手間暇を考えると、儲けがないと納得しないからだ。
男の1人は私たちに、『手を頭の後ろに組み、壁際に並べ』と言った。
私たちは男の指示に従った。
この状況で抵抗するのアホだ。
サブマシンガンに素手で勝てるはずがない。
私たちを壁際に並ばせると、男の一人が言った。
「警察だ!」
― だったら、先に言ってくれ!
殺されるかと思った。
あの僅かな間に、私は幸せでも不幸でもない半生を思い出していた。
『一炊(いっすい)の夢』とはよく言ったものだ・・・
※一炊は飯を炊く時間のこと。唐代、立身出世を願う盧生(ろせい)という青年が、邯鄲(かんたん)という町で出世がかなうという枕を借りて寝た。すると、栄耀栄華をきわめる一生の夢を見たが、夢からさめると粟飯すら炊き上がっていない短い時間であった。人の一生を思い出すには、大した時間が掛からないという話である。
***
どうやら、私たちは警察に捕まったらしい。
でも、強盗に遭遇するよりはマシだ。
少なくとも命の危険はない。
しばらくすると、王子があの綺麗な女性と一緒にやってきた。
そして、王子はスミスがいるのを確かめると、スミスに何か言った。
スミスが土嚢を王子に差し出すと、「土嚢?」と変な声を出して驚いた。
― かわいい!
警察に捕まっている状況で不謹慎だが、私は幸せな気分になった。
それにしても、王子の隣の女性は不機嫌そうだ。
生理前だろうか?
その後も王子はスミスと話をしている。
王子はこの事件の犯人を探している。
しかし、スミスは犯人の名前を言わない。
私を庇(かば)ってくれているのだ。
沈黙が続く・・・・
最後は辛抱できなくなって「私がやりました」と言ってしまった。
私を見つめる王子。
王子を見つめ返す私。
私が王子に微笑みかけたら、王子も私に笑顔を返してくれた。
沈黙が続く・・・・
しばらくすると、警察は私たちを警察署に連れて行った。
こうして、高身長の王子は私の前に現れた。
これが、運命かどうかは分からない。
王子だし、身長は高いし、独身だ。
それに、ライバルはいない。
だから、転職はもう少し先にしようと思う
その日の夕方、スミスは私に『今日の夜、小麦の在庫調整をする』と言った。
いつもは月初に在庫調整をしているのに、今回は月末に作業するという。
スミスが計画を変更するということは、何か理由があるはずだ。
― ひょっとして、王子か?
夜になって私、ガブリエル、ポールは小麦を貯蔵しているタンクの上に登った。タンクには簡易な梯子(はしご)が設置されていて、それを伝って上まで登れるようになっている。
タンクの高さは30メートルを超えているから、高さはビルの10階と同じくらいだ。
タンクの下はコンクリートの道路だ。下に落ちたら確実に死ぬ。暗闇で下が見えないのが、恐怖心と戦う私にとって唯一の救いだ。
私は高いところが苦手だ。だから、本当はこんなところに登りたくない。
でも、仲間が私のために協力してくれているのに、私だけが『怖いから登りたくない』とは言えない。
それに、スミスは『今回が最後だ』と言っていた。今日の作業が終われば、今後はこんな怖い思いはしなくてすむ。
私は最後の勇気を振り絞って、高所恐怖症と格闘する。
ちなみに、私たちがタンクの上に登ったのは、タンクの中に入っている土嚢(どのう)を取り出すためだ。土嚢は取り出しやすいように、タンクの中にロープで吊るしてある。
ロープを使わず、高さ30メートルの小麦の中に入って土嚢を取り出すことなんて不可能だ。
それにしても重い。土嚢の重さは1つ20kgだとポールから聞いたことがある。
嘘を付く必要はないから、その情報は正しいはずだ。
土嚢を2つ持って30メートルの高さから梯子を降りるのは、かなりの重労働だ。私の身長は男性よりも高いけど、男性並みに筋力があるわけではない。
バスケットボール選手に、男性並みの筋力は要求されないから。
私がやっとの思いで土嚢を地面に降ろすと、数名の男に声を掛けられた。
よく見たらサブマシンガンをこちらに構えている。
― やばい! 強盗だ!
こんな夜中に押し入ってくる輩は強盗しかない。
私は考えを巡らせた。私はタンクに上るための軽装だ。金目のものは持っていない。
『お金は持っていません!』と言えば許してくれるのだろうか?
いやダメだ。
『儲かったなー』と思うくらいの金額を渡さないと、強盗は見逃してくれない。
強盗する手間暇を考えると、儲けがないと納得しないからだ。
男の1人は私たちに、『手を頭の後ろに組み、壁際に並べ』と言った。
私たちは男の指示に従った。
この状況で抵抗するのアホだ。
サブマシンガンに素手で勝てるはずがない。
私たちを壁際に並ばせると、男の一人が言った。
「警察だ!」
― だったら、先に言ってくれ!
殺されるかと思った。
あの僅かな間に、私は幸せでも不幸でもない半生を思い出していた。
『一炊(いっすい)の夢』とはよく言ったものだ・・・
※一炊は飯を炊く時間のこと。唐代、立身出世を願う盧生(ろせい)という青年が、邯鄲(かんたん)という町で出世がかなうという枕を借りて寝た。すると、栄耀栄華をきわめる一生の夢を見たが、夢からさめると粟飯すら炊き上がっていない短い時間であった。人の一生を思い出すには、大した時間が掛からないという話である。
***
どうやら、私たちは警察に捕まったらしい。
でも、強盗に遭遇するよりはマシだ。
少なくとも命の危険はない。
しばらくすると、王子があの綺麗な女性と一緒にやってきた。
そして、王子はスミスがいるのを確かめると、スミスに何か言った。
スミスが土嚢を王子に差し出すと、「土嚢?」と変な声を出して驚いた。
― かわいい!
警察に捕まっている状況で不謹慎だが、私は幸せな気分になった。
それにしても、王子の隣の女性は不機嫌そうだ。
生理前だろうか?
その後も王子はスミスと話をしている。
王子はこの事件の犯人を探している。
しかし、スミスは犯人の名前を言わない。
私を庇(かば)ってくれているのだ。
沈黙が続く・・・・
最後は辛抱できなくなって「私がやりました」と言ってしまった。
私を見つめる王子。
王子を見つめ返す私。
私が王子に微笑みかけたら、王子も私に笑顔を返してくれた。
沈黙が続く・・・・
しばらくすると、警察は私たちを警察署に連れて行った。
こうして、高身長の王子は私の前に現れた。
これが、運命かどうかは分からない。
王子だし、身長は高いし、独身だ。
それに、ライバルはいない。
だから、転職はもう少し先にしようと思う