第6話 MBO(Management Buyout)(その1)
文字数 2,243文字
(6)MBO(Management Buyout)
俺たちがネール・マテリアルを訪問してから1カ月が経過した頃、俺が内部調査部に行くとホセが会いに来た。
ホセが社長をしているジャービット・エクスチェンジは、内部調査部の隣の部屋にいるから俺が来たのを察知してやって来たようだ。
「部長、さっきアナンヤから連絡がありました。ついにネール・マテリアルはMBO(Management Buyout)を決めたようです」とホセは言った。
「そう。ついにアナンヤは決心したんだね。上場していると常に買収されるリスクに晒されるから、ネール・マテリアルにとっては良かったんじゃないかな」と俺は言った。
「そうですね。前回我々が訪問した後、非公開化について社内で検討したようです。すると、上場維持にこだわる役員や職員がいなかったようで、MBOを進めることにしたようです」
「へー。やっぱり、誰も興味がなかったということか。それで、TOBの条件はどうするつもりなの?」と俺はホセに聞いた。
「今は一株当り株価が100JD、発行済株式総数が1,000万株、時価総額は10億JDです。TOB価格は20%のプレミアムを乗せて1株当り120JDに設定するようです」
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円に設定しています。
「アナンヤ以外の株式80%を買取るとすると10億JD×80%×120%だから、9億6,000万JDか」
「銀行に借入を依頼したので、資金的には余裕はあるようです」とホセは言った。
「それにしても、プレミアムが20%か・・・。ダウラファンドが納得するのかな?」
「それは分かりません。もしダウラファンドが対抗TOBを仕掛けてきたら、TOB価格を引き上げて対応するしかありませんね」とホセは言った。
「まあ、状況を見てみようよ」と俺が言うと、ホセは「そうですね」と言って自室に帰っていった。
***
アナンヤが設立したSPC(Special Purpose Company:特別目的会社)がネール・マテリアルをTOB(株式公開買付け)すると公表したのは、俺がホセから話を聞いた翌週だった。
TOBの条件はホセから聞いた通りで、TOB価格(公開買付け価格)は1株当り120JD、直近株価100JD/株に対して20%のプレミアムが加算されている。
ネール・マテリアルはアナンヤのSPCがTOBを実施するのに合わせて、公開買付けに関する賛同表明のプレスリリースを公表した。
俺はプレミアムが低いのではないかと思っていたのだが、案の定、ダウラファンドはアナンヤのTOBに対抗して、リリースの2日後に1株当り130JDでネール・マテリアルをTOBすることを公表した。
何となくそんな気がしていたので、俺はダウラファンドの対抗TOBに違和感を覚えなかった。
俺がダウラファンドのTOBに関する資料を見ていると、ホセが俺のところにやってきた。
「部長、ちょっといいですか?」とホセは俺の部屋に入ってくるなり言った。
ホセが焦っているように見えるのだが、十中八九ネール・マテリアルの件だろう。
「ネール・マテリアルの件? やっぱりTOB価格が安かったよね?」と俺はホセに言った。
「ですね・・・」とホセは言った。
ホセも安いと思っていたのだろう。だったらアナンヤに言ってあげれば良かったのではないかと思ったが、今さらだから止めた。
ホセはアナンヤに気を使っている節がある。
二人にも若い時期はあったのだろうから、過去に何かあったのかもしれない。
でも、俺は大人だ。
初老の二人の関係について、余計な詮索はしない・・・
「アナンヤから連絡があったの?」と俺はホセに聞いた。
「ありました。ダウラファンドの対抗TOBについて、アドバイスをしてほしいようです」とホセは申し訳なさそうに言った。
内部調査部は不正調査をする部署だ。だから、本来TOBのアドバイスは業務範囲外だ。
断ってもいいのだが、ホセが必死に頼み込んでくるから俺としては断りにくい。
それに、内部調査部の案件として正式に検討しているのだから『少しくらいは協力してもいいか』と内心思っている。
ちなみに、アナンヤが俺にホワイトナイトを依頼してきても、断ろうと思っている。
ジャービット・エクスチェンジの時のように、ネール・マテリアルを買収するのは勘弁してほしい。
ジャービット・エクスチェンジは、そもそもは第2王子のチャールズが買収したいと言いだしたから、俺たちが民事再生法のスポンサーとして名乗り出た。それなのに、ジャービット・エクスチェンジを買収した後、内務省で管理するのが面倒になったようで、最終的に総務省に押し付けられている。
内部調査部は既に4社保有している。i2が銅の輸入取引を行う会社、i3が劣後社債を買取る会社、i4が不動産を競売で取得する会社、i5が暗号資産取引業者を保有する会社だ。
俺の兄弟は『総務省(俺)が最終的に面倒を見ればいい』と思っている節がある。
でも、俺としては『これ以上は面倒見きれない』というのが正直な感想だ。
仕方なくネール・マテリアルからTOBの状況を聞くことにするが、俺は『絶対に会社を買収したりしない!』という固い意志を持ってミーティングに臨むことにする。
ミーティングには前回と同様、ミゲルとスミスに参加してもらうことにした。
何か不測の事態が発生したら、2人のどちらかに対応してもらおう・・・
<続く>
俺たちがネール・マテリアルを訪問してから1カ月が経過した頃、俺が内部調査部に行くとホセが会いに来た。
ホセが社長をしているジャービット・エクスチェンジは、内部調査部の隣の部屋にいるから俺が来たのを察知してやって来たようだ。
「部長、さっきアナンヤから連絡がありました。ついにネール・マテリアルはMBO(Management Buyout)を決めたようです」とホセは言った。
「そう。ついにアナンヤは決心したんだね。上場していると常に買収されるリスクに晒されるから、ネール・マテリアルにとっては良かったんじゃないかな」と俺は言った。
「そうですね。前回我々が訪問した後、非公開化について社内で検討したようです。すると、上場維持にこだわる役員や職員がいなかったようで、MBOを進めることにしたようです」
「へー。やっぱり、誰も興味がなかったということか。それで、TOBの条件はどうするつもりなの?」と俺はホセに聞いた。
「今は一株当り株価が100JD、発行済株式総数が1,000万株、時価総額は10億JDです。TOB価格は20%のプレミアムを乗せて1株当り120JDに設定するようです」
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円に設定しています。
「アナンヤ以外の株式80%を買取るとすると10億JD×80%×120%だから、9億6,000万JDか」
「銀行に借入を依頼したので、資金的には余裕はあるようです」とホセは言った。
「それにしても、プレミアムが20%か・・・。ダウラファンドが納得するのかな?」
「それは分かりません。もしダウラファンドが対抗TOBを仕掛けてきたら、TOB価格を引き上げて対応するしかありませんね」とホセは言った。
「まあ、状況を見てみようよ」と俺が言うと、ホセは「そうですね」と言って自室に帰っていった。
***
アナンヤが設立したSPC(Special Purpose Company:特別目的会社)がネール・マテリアルをTOB(株式公開買付け)すると公表したのは、俺がホセから話を聞いた翌週だった。
TOBの条件はホセから聞いた通りで、TOB価格(公開買付け価格)は1株当り120JD、直近株価100JD/株に対して20%のプレミアムが加算されている。
ネール・マテリアルはアナンヤのSPCがTOBを実施するのに合わせて、公開買付けに関する賛同表明のプレスリリースを公表した。
俺はプレミアムが低いのではないかと思っていたのだが、案の定、ダウラファンドはアナンヤのTOBに対抗して、リリースの2日後に1株当り130JDでネール・マテリアルをTOBすることを公表した。
何となくそんな気がしていたので、俺はダウラファンドの対抗TOBに違和感を覚えなかった。
俺がダウラファンドのTOBに関する資料を見ていると、ホセが俺のところにやってきた。
「部長、ちょっといいですか?」とホセは俺の部屋に入ってくるなり言った。
ホセが焦っているように見えるのだが、十中八九ネール・マテリアルの件だろう。
「ネール・マテリアルの件? やっぱりTOB価格が安かったよね?」と俺はホセに言った。
「ですね・・・」とホセは言った。
ホセも安いと思っていたのだろう。だったらアナンヤに言ってあげれば良かったのではないかと思ったが、今さらだから止めた。
ホセはアナンヤに気を使っている節がある。
二人にも若い時期はあったのだろうから、過去に何かあったのかもしれない。
でも、俺は大人だ。
初老の二人の関係について、余計な詮索はしない・・・
「アナンヤから連絡があったの?」と俺はホセに聞いた。
「ありました。ダウラファンドの対抗TOBについて、アドバイスをしてほしいようです」とホセは申し訳なさそうに言った。
内部調査部は不正調査をする部署だ。だから、本来TOBのアドバイスは業務範囲外だ。
断ってもいいのだが、ホセが必死に頼み込んでくるから俺としては断りにくい。
それに、内部調査部の案件として正式に検討しているのだから『少しくらいは協力してもいいか』と内心思っている。
ちなみに、アナンヤが俺にホワイトナイトを依頼してきても、断ろうと思っている。
ジャービット・エクスチェンジの時のように、ネール・マテリアルを買収するのは勘弁してほしい。
ジャービット・エクスチェンジは、そもそもは第2王子のチャールズが買収したいと言いだしたから、俺たちが民事再生法のスポンサーとして名乗り出た。それなのに、ジャービット・エクスチェンジを買収した後、内務省で管理するのが面倒になったようで、最終的に総務省に押し付けられている。
内部調査部は既に4社保有している。i2が銅の輸入取引を行う会社、i3が劣後社債を買取る会社、i4が不動産を競売で取得する会社、i5が暗号資産取引業者を保有する会社だ。
俺の兄弟は『総務省(俺)が最終的に面倒を見ればいい』と思っている節がある。
でも、俺としては『これ以上は面倒見きれない』というのが正直な感想だ。
仕方なくネール・マテリアルからTOBの状況を聞くことにするが、俺は『絶対に会社を買収したりしない!』という固い意志を持ってミーティングに臨むことにする。
ミーティングには前回と同様、ミゲルとスミスに参加してもらうことにした。
何か不測の事態が発生したら、2人のどちらかに対応してもらおう・・・
<続く>