第3話 そして現在(その1)
文字数 2,112文字
(3)そして現在
というわけで、今俺は真夏の炎天下の中、穀物倉庫にいる。俺もルイーズも汗だくだ。それにしても暑い。
事務所スペースはエアコンが効いているのだが、あいにく小麦の貯蔵庫は炎天下の屋外にあるのだ。
みなさんは、穀物倉庫をご存じだろうか?
物流倉庫のようなものをイメージしているかもしれないが、第13穀物倉庫は規模が違う。石油や天然ガスの貯蔵タンクがイメージに近いだろう。ベルトコンベヤーで穀物が貯蔵サイロ(タンク)に運ばれてきて、中に貯蔵される。
正確なサイズは分からないが、高さが30メートルくらい、横幅が10メートルくらいの巨大な貯蔵サイロが屋外にいくつも並んでいる。
貯蔵庫の確認は最低限にして、事務所スペースで作業をした方が良さそうだ。ずっと外にいると、死んでしまう。
俺とルイーズは、第13穀物倉庫に早朝に到着した後、施設長のミゲルから穀物倉庫の商流について簡単なレクチャーを受けた。簡単に商流を示せばこのような感じだ(図表1-3)。
【図表1-3:穀物倉庫の商流】
ジャービス王国は農業が盛んで、農家が生産した農作物は王国が買い上げることになっている。もちろん農家自身で販売してもいいのだが、自力での販売は限界がある。なので、全生産量の80%が王国の買取り対象となっている。
なお、自然災害による農作物の不作、急なインフレに備えるために、年間国内消費量の半分(6か月分)を王国の倉庫に貯蔵しておく。第13穀物倉庫の場合、小麦の月末在庫の4,000tがそれ(緊急用備蓄)だ。
王国が買い上げた農作物は各地の倉庫に保管され、商社や食品工場に一定の利益率を乗せて販売する。食品工場が製造した食品が小売店(スーパーマーケット)に卸され、小売店で最終消費者に販売される。
全国から買い取った農作物を貯蔵する穀物倉庫は全国で30か所あり、この第13穀物倉庫は国内では小型の穀物倉庫らしい。
実際に第13穀物倉庫を見て分かったが、在庫管理は近代的だ。貯蔵庫が巨大すぎて、人が量ったりできないからだろう。
農作物ごとに貯蔵タンク(サイロ)があり、中にどれくらい入っているかは、メーターを見れば一目で分かる。
ちなみに、ダート商会への販売分は、ご丁寧に横に避けてあった。俺の推理が正しければ、これが今月の調整分だろう。
今朝確認した搬入前の貯蔵タンクの量が2,250tだった。月末在庫は4,000tにするから、小麦の月末仕入は1,750t(4,000t-2,250t)のはずだ。今日の納品書と比較したら、仕入数量と単価の不正は確認できそうだ。
***********
俺とルイーズは暑さに耐えかね、エアコンの効いた事務所スペースで書類を確認することにした。
炎天下で1時間以上も確認作業をしたルイーズは、機嫌が良くないみたいだ。さっきから俺のことを睨んでいる。それを察した俺は、遠慮がちにルイーズに話しかけた。
「いやー、外は暑かったね。熱中症で倒れないように、ちゃんと水分補給しないとね」
「じゃあ、何か飲み物買ってきてよ」とルイーズは言った。
図々しいが、作業をしてもらわないと困る。
しかたないから、俺はルイーズの飲み物を買いに休憩室に行く。
飲み物くらいで、機嫌は治らないだろうが。
************
第13穀物倉庫の休憩室は、テーブルと椅子が大量に配置されている殺風景な光景だった。
俺が休憩室に入ったら、話が好きそうなおばさんがいた。こっちに寄ってくる。
「ダニエル王子ですよね?」とおばさんが話しかけてきたので、「そうです」と俺はおばさんに返した。これも探偵としての情報収集だ。
「ターニャと言います。それにしても、想像していたよりも男前ですね?」とターニャ言った。
どういう想像だったのか知らないが、『想像したよりも』という言葉は、本人に言うべきではないだろう。怒ってもしかたない。
「ありがとうございます!」と愛想よく応える俺。
ターニャは俺が男前かどうかには興味がないらしく、「それにしても、こんな暑い日に倉庫に来るなんて、大変ですね」と返してきた。
「1時間くらい外にいたら、暑くて死にそうでした。他の人は涼しそうな顔をして作業をしていましたが、慣れですかね?」
「もしかして、空調服を着ていなかったんですか?」
「空調服って何ですか?」と俺は知らない単語が出てきたので、ターニャに聞いた。
「ファンが付いている作業着です。この季節に外で作業する時は、保冷剤を作業着の中に入れて、その冷気をファンで循環させるのです。エアコンを着ているようなイメージですね」とターニャは言った。
炎天下で作業しない俺は、便利グッズを知っている訳がない。
「だから、他の人は平気だったんだ」
「誰か、予備の空調服を貸してあげればよかったのに。可哀そうに・・・」
「まあ、炎天下の確認作業は終わったので、もう大丈夫です。今はエアコンが効いた事務所スペースにいますから」
「どこも大変なのですね。ところで、在庫棚卸の確認で来ていると聞いていますが、作業は順調ですか?」
ターニャは暇なのだろう。俺と話して時間つぶしをしているようだ。
<続く>
というわけで、今俺は真夏の炎天下の中、穀物倉庫にいる。俺もルイーズも汗だくだ。それにしても暑い。
事務所スペースはエアコンが効いているのだが、あいにく小麦の貯蔵庫は炎天下の屋外にあるのだ。
みなさんは、穀物倉庫をご存じだろうか?
物流倉庫のようなものをイメージしているかもしれないが、第13穀物倉庫は規模が違う。石油や天然ガスの貯蔵タンクがイメージに近いだろう。ベルトコンベヤーで穀物が貯蔵サイロ(タンク)に運ばれてきて、中に貯蔵される。
正確なサイズは分からないが、高さが30メートルくらい、横幅が10メートルくらいの巨大な貯蔵サイロが屋外にいくつも並んでいる。
貯蔵庫の確認は最低限にして、事務所スペースで作業をした方が良さそうだ。ずっと外にいると、死んでしまう。
俺とルイーズは、第13穀物倉庫に早朝に到着した後、施設長のミゲルから穀物倉庫の商流について簡単なレクチャーを受けた。簡単に商流を示せばこのような感じだ(図表1-3)。
【図表1-3:穀物倉庫の商流】
ジャービス王国は農業が盛んで、農家が生産した農作物は王国が買い上げることになっている。もちろん農家自身で販売してもいいのだが、自力での販売は限界がある。なので、全生産量の80%が王国の買取り対象となっている。
なお、自然災害による農作物の不作、急なインフレに備えるために、年間国内消費量の半分(6か月分)を王国の倉庫に貯蔵しておく。第13穀物倉庫の場合、小麦の月末在庫の4,000tがそれ(緊急用備蓄)だ。
王国が買い上げた農作物は各地の倉庫に保管され、商社や食品工場に一定の利益率を乗せて販売する。食品工場が製造した食品が小売店(スーパーマーケット)に卸され、小売店で最終消費者に販売される。
全国から買い取った農作物を貯蔵する穀物倉庫は全国で30か所あり、この第13穀物倉庫は国内では小型の穀物倉庫らしい。
実際に第13穀物倉庫を見て分かったが、在庫管理は近代的だ。貯蔵庫が巨大すぎて、人が量ったりできないからだろう。
農作物ごとに貯蔵タンク(サイロ)があり、中にどれくらい入っているかは、メーターを見れば一目で分かる。
ちなみに、ダート商会への販売分は、ご丁寧に横に避けてあった。俺の推理が正しければ、これが今月の調整分だろう。
今朝確認した搬入前の貯蔵タンクの量が2,250tだった。月末在庫は4,000tにするから、小麦の月末仕入は1,750t(4,000t-2,250t)のはずだ。今日の納品書と比較したら、仕入数量と単価の不正は確認できそうだ。
***********
俺とルイーズは暑さに耐えかね、エアコンの効いた事務所スペースで書類を確認することにした。
炎天下で1時間以上も確認作業をしたルイーズは、機嫌が良くないみたいだ。さっきから俺のことを睨んでいる。それを察した俺は、遠慮がちにルイーズに話しかけた。
「いやー、外は暑かったね。熱中症で倒れないように、ちゃんと水分補給しないとね」
「じゃあ、何か飲み物買ってきてよ」とルイーズは言った。
図々しいが、作業をしてもらわないと困る。
しかたないから、俺はルイーズの飲み物を買いに休憩室に行く。
飲み物くらいで、機嫌は治らないだろうが。
************
第13穀物倉庫の休憩室は、テーブルと椅子が大量に配置されている殺風景な光景だった。
俺が休憩室に入ったら、話が好きそうなおばさんがいた。こっちに寄ってくる。
「ダニエル王子ですよね?」とおばさんが話しかけてきたので、「そうです」と俺はおばさんに返した。これも探偵としての情報収集だ。
「ターニャと言います。それにしても、想像していたよりも男前ですね?」とターニャ言った。
どういう想像だったのか知らないが、『想像したよりも』という言葉は、本人に言うべきではないだろう。怒ってもしかたない。
「ありがとうございます!」と愛想よく応える俺。
ターニャは俺が男前かどうかには興味がないらしく、「それにしても、こんな暑い日に倉庫に来るなんて、大変ですね」と返してきた。
「1時間くらい外にいたら、暑くて死にそうでした。他の人は涼しそうな顔をして作業をしていましたが、慣れですかね?」
「もしかして、空調服を着ていなかったんですか?」
「空調服って何ですか?」と俺は知らない単語が出てきたので、ターニャに聞いた。
「ファンが付いている作業着です。この季節に外で作業する時は、保冷剤を作業着の中に入れて、その冷気をファンで循環させるのです。エアコンを着ているようなイメージですね」とターニャは言った。
炎天下で作業しない俺は、便利グッズを知っている訳がない。
「だから、他の人は平気だったんだ」
「誰か、予備の空調服を貸してあげればよかったのに。可哀そうに・・・」
「まあ、炎天下の確認作業は終わったので、もう大丈夫です。今はエアコンが効いた事務所スペースにいますから」
「どこも大変なのですね。ところで、在庫棚卸の確認で来ていると聞いていますが、作業は順調ですか?」
ターニャは暇なのだろう。俺と話して時間つぶしをしているようだ。
<続く>