第6話 銀行の国有化(その2)

文字数 1,970文字

(6)銀行の国有化 <続き>

 俺はセレナ銀行の経営悪化の経緯と調査結果を家族会議の参加者に説明した。

 セレナ銀行は金融緩和による金余りで大幅に預金残高が増加した。急激に増加した資金を運用するため、セレナ銀行は長期(主に10年)のジャービス国債と米国債を購入した。
 政策金利の上昇によって、購入したジャービス国債と米国債の時価が大きく下がり、セレナ銀行は多額の含み損を抱えることになった。
 また、セレナ銀行はベンチャー企業向け融資を積極的に行っていたが、債務者区分が悪化した債務者への貸出金を外部ファンドでリファイナンス(借換え)することにより隠していた。会計上、発生した貸出金の貸倒引当金を粉飾していたわけだ。
 この結果、セレナ銀行は少なくとも1兆8,900億JDの実質債務超過に陥っている。

※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。

 この債務超過を解消するために公的資金を2兆JD使うことは現実的ではない。しかし、セレナ銀行を破綻させると預金者であるジャービス国民・企業が一斉に国内銀行から預金を引き上げるだろう。セレナ銀行の取り付け騒ぎが発生すれば、他の危険視されている国内銀行も連鎖倒産する可能性が出てくる。

 俺は、現段階でジャービス政府が対応すべきことは以下の2つであると説明した。

・預金者に取り付け騒ぎを起こさせないように安心させること
・銀行の経営者に経営責任を取らせること

 セレナ銀行の債務超過を解消したいのであれば、政策金利を引下げ(4%から1%に下げる)すればいい。
 ただし、政策金利を引下げるための合理的な理由が必要になる。まさか『銀行を救済するために利下げしました』とは言えないからだ。また、政策金利を何度も変更するのは都合が悪いから、銀行問題はこの1回で方(かた)を付ける必要がある。

***

 俺がここまで説明すると、国王が俺に質問した。

「預金者に取り付け騒ぎを起こさせないように安心させる必要があるのは分かった。具体的にどうすればいいのだ?」

「幾つか方法があると思います。例えば、政府が『預金は全額保護する』と公表すれば預金者はかなり安心するでしょう」

「そうだな。銀行の資金は足りるのか?」

「預金の払い出し資金は一時的だと思います。預金引き出しによって国内銀行の資金が不足すれば、ジャービス中央銀行から銀行に一時的に融資すればいいでしょう。政策金利を引下げた際に、銀行が保有しているジャービス国債や米国債を売却すれば、ジャービス中央銀行からの借入金は返済できるはずです。だから、ジャービス中央銀行からの融資が焦げ付く可能性は低いでしょう」

「そうか。それで、銀行の国有化の話はどう絡むのか?」と国王は俺に聞いた。

「ジャービス政府が銀行に出資すれば、預金者はジャービス政府が銀行を保護すると考えます。預金者を安心させるには悪くない方法です。ただ、私には銀行の国有化が本当に必要なのかは分かりません」

「政府の出資か。国有化かどうかは、政府の出資割合によるな」

「そういうことです。ジャービス中央銀行が融資したとしても、純資産が増えるわけではありません。銀行の純資産を増やすためには出資が必要です」

「ジャービス政府が銀行の発行済株式総数の50%超を保有したら、その銀行は政府の子会社になる。経営危機の銀行を国有化する意味があると思うか?」

「銀行を国有化すればジャービス国民や企業を安心させる効果はあります。でも、ジャービス国内にはジャービス中央銀行の他にジャービス政策金融公庫とジャービス政策投資銀行があります(図表8-29)。これ以上に政府系金融機関が必要なのかを議論した方がいいでしょう」


【図表8-29:ジャービス王国の政府系金融機関】
 


※ジャービス中央銀行は政府系金融機関としています。日本における日本銀行とは位置づけが異なります。

「確かに。ジャービス政策金融公庫とジャービス政策投資銀行が民間企業への融資をしているから、それ以上に政府系金融機関が必要かと言われると・・・・必要ないな」

「それに銀行は民間企業を前提としていますから、政府が出資して関与すると自由競争が阻害される可能性があります。ジャービス政府が金融市場の自由競争を乱すわけにはいきません」

「子会社でなければいいのではないか?」

「政府がそれなりの議決権を持てば、周りは同じだと思います」

「じゃあ、政府が議決権を持たずに出資するのはどうだ?」

「政府が議決権を持ちたくないのであれば、議決権なしの優先株式を政府が引き受ければいいですね」

「優先株式か・・・」

※優先株式とは普通株式とは異なる株主権(優先される株主権。例えば、議決権がない代わりに優先配当や残余財産分配の優先権など)が付与された株式のことです。

 <続く>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み