第2話 乗っ取りの手口(その1)
文字数 2,171文字
(2)乗っ取りの手口
俺たちは不毛な案件持ち込み会議を終了し、ホセに会社の乗っ取りについて聞くことにした。
ホセが話した内容が内部調査部の調査案件として適しているかは分からない。
でも、このまま案件持ち込み会議を続けると、内部調査部のメンバーの関係がギクシャクしてしまう。新規調査案件をさっさと決めて、案件持ち込み会議を終わらせた方が得策だ。
まず、ホセに相談があった事例(会社の乗っ取り)について、内部調査部のメンバーに説明してもらうことになった。
「まず、私に相談を受けたのは、カルタゴ証券(ホセの前職)で25年前に投資したネール・マテリアルの社長のアナンヤです。ジャービットが投資したのはネール・マテリアルが新規事業を開始する頃で、その後、ジャービス証券取引所に上場しました。ネール・マテリアルの時価総額は、上場直後は高かったのですが、その後徐々に株価が下がりました。典型的な上場後の株価です。そして、ネール・マテリアルの今のPBRは0.2です」
※PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)とは、1株当たり株価÷1株当たり純資産額で計算される株価指標です。
「株価が1株当たり純資産の0.2倍か。PBRが1よりも小さいということは、投資家は清算した方がいいと思っているよね」と俺はホセに言った。
「理屈的にはそうですが、PBRが1割れの会社はたくさんあります。株式投資家はオールドエコノミー(伝統的産業)に対して興味を持たないので、一般的にオールドエコノミーの株価は高くなりません。ネール・マテリアルも上場した時は新興ベンチャーとして注目されていましたが、今となっては既存技術を利用した普通の会社だと投資家は見做しているわけです」
「25年前というとインターネットバブルの頃だよね。当時は何でもインターネット関連というと株価が高くなったと聞いたことがある。ネール・マテリアルもインターネットバブルの株高に乗っかったのかな・・・」
※インターネットバブルとは、1990年代前期から2000年代初期にかけて、アメリカの株式市場を中心に起こった、インターネット関連企業の株価が異常な高値になった現象です。
「そういう時代がありましたね。当時はどの会社もベンチャー投資していました。インターネットバブルが弾けてほとんどの会社の株価が急落して、みんな損しましたね。懐かしい・・・」
「ホセの会社も損したの?」
「ええ。インターネットバブルの時のベンチャー投資はほとんど損切しました。それに、カルタゴ証券では非上場株式を投資家に販売していましたから、個人投資家に物凄く怒られました」
「へえ。ホセも苦労したんだ。」
「あの当時はみんなそうでした。インターネットで世界中がつながって最新技術の陳腐化のスピードが早くなりましたから、上場のタイミングが難しくなりましたね。タイミングを間違えると、株価が大きく下がってしまいます」
俺は「そうだね」と言ったものの、ふと俺たちは本題から脱線していることに気付いた。
俺たちは今、ホセの昔話を聞いているだけだ。
早く本題に話を戻さないと雑談の時間になってしまう。
「それで、ネール・マテリアルは何の相談だったの?」と俺はホセに聞いた。
「ああ、そうでした。ネール・マテリアルのPBRは0.2です。ネール・マテリアルを20で買収して清算する(保有資産を売却・回収し、負債を支払う)と100回収できますから、80の利益が出ます」
「買収額が20、利益が80だから、1年で清算できたら、年率400%の利益か。儲かるね」
「儲かります。つまり、割安に放置されている上場企業を買収して、清算すればかなりの利益が出るのです」
いいビジネスモデルだ。
次の予算に困ったらこの手で稼ごうと俺は思った。
「でもさ、株価が低くて買収されそうなのは、会社は理解しているんだよね。なぜ株価対策しないのかな?」と俺はホセに聞いた。
「会社に興味がある人が、いないのでしょう。上場して20年も経つと、どこにでもある普通の会社になります。目新しい技術があるわけではないので、優秀な人材が入ってきません。投資家も会社に対する興味を失っています」とホセは言った。
「危機感がないんだね。会社が株式価値を高める努力を怠ったから、買収の危機に瀕している。これって自己責任だよね?」
「もちろん、自己責任です」
「じゃあ、何が問題なの?」
「買収の危機に瀕している会社の中には、ジャービス王国に必要な会社があります」
「例えば?」と俺は聞いた。
「例えば、電気自動車の製造に必要なパーツを作っている会社があって、その会社の世界シェアが70%だとします。ジャービス国内ではあまり注目されていなくても、業界での知名度は高い。この会社が海外企業に買収されたらどうでしょう?」
「つまり、ジャービス国内企業の技術や特許権が外国に流出するということ?」
「そういうことです。特殊な技術・特許・ノウハウを持たない会社が買収されても、自業自得と割り切れます。でも、特殊な特許を保有している会社が買収されるとジャービス王国の国益にはマイナスではないでしょうか?」
グローバルニッチトップか・・・
※グローバルニッチトップとは、ニッチ分野における世界市場でのトップ企業を指します。
<続く>
俺たちは不毛な案件持ち込み会議を終了し、ホセに会社の乗っ取りについて聞くことにした。
ホセが話した内容が内部調査部の調査案件として適しているかは分からない。
でも、このまま案件持ち込み会議を続けると、内部調査部のメンバーの関係がギクシャクしてしまう。新規調査案件をさっさと決めて、案件持ち込み会議を終わらせた方が得策だ。
まず、ホセに相談があった事例(会社の乗っ取り)について、内部調査部のメンバーに説明してもらうことになった。
「まず、私に相談を受けたのは、カルタゴ証券(ホセの前職)で25年前に投資したネール・マテリアルの社長のアナンヤです。ジャービットが投資したのはネール・マテリアルが新規事業を開始する頃で、その後、ジャービス証券取引所に上場しました。ネール・マテリアルの時価総額は、上場直後は高かったのですが、その後徐々に株価が下がりました。典型的な上場後の株価です。そして、ネール・マテリアルの今のPBRは0.2です」
※PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)とは、1株当たり株価÷1株当たり純資産額で計算される株価指標です。
「株価が1株当たり純資産の0.2倍か。PBRが1よりも小さいということは、投資家は清算した方がいいと思っているよね」と俺はホセに言った。
「理屈的にはそうですが、PBRが1割れの会社はたくさんあります。株式投資家はオールドエコノミー(伝統的産業)に対して興味を持たないので、一般的にオールドエコノミーの株価は高くなりません。ネール・マテリアルも上場した時は新興ベンチャーとして注目されていましたが、今となっては既存技術を利用した普通の会社だと投資家は見做しているわけです」
「25年前というとインターネットバブルの頃だよね。当時は何でもインターネット関連というと株価が高くなったと聞いたことがある。ネール・マテリアルもインターネットバブルの株高に乗っかったのかな・・・」
※インターネットバブルとは、1990年代前期から2000年代初期にかけて、アメリカの株式市場を中心に起こった、インターネット関連企業の株価が異常な高値になった現象です。
「そういう時代がありましたね。当時はどの会社もベンチャー投資していました。インターネットバブルが弾けてほとんどの会社の株価が急落して、みんな損しましたね。懐かしい・・・」
「ホセの会社も損したの?」
「ええ。インターネットバブルの時のベンチャー投資はほとんど損切しました。それに、カルタゴ証券では非上場株式を投資家に販売していましたから、個人投資家に物凄く怒られました」
「へえ。ホセも苦労したんだ。」
「あの当時はみんなそうでした。インターネットで世界中がつながって最新技術の陳腐化のスピードが早くなりましたから、上場のタイミングが難しくなりましたね。タイミングを間違えると、株価が大きく下がってしまいます」
俺は「そうだね」と言ったものの、ふと俺たちは本題から脱線していることに気付いた。
俺たちは今、ホセの昔話を聞いているだけだ。
早く本題に話を戻さないと雑談の時間になってしまう。
「それで、ネール・マテリアルは何の相談だったの?」と俺はホセに聞いた。
「ああ、そうでした。ネール・マテリアルのPBRは0.2です。ネール・マテリアルを20で買収して清算する(保有資産を売却・回収し、負債を支払う)と100回収できますから、80の利益が出ます」
「買収額が20、利益が80だから、1年で清算できたら、年率400%の利益か。儲かるね」
「儲かります。つまり、割安に放置されている上場企業を買収して、清算すればかなりの利益が出るのです」
いいビジネスモデルだ。
次の予算に困ったらこの手で稼ごうと俺は思った。
「でもさ、株価が低くて買収されそうなのは、会社は理解しているんだよね。なぜ株価対策しないのかな?」と俺はホセに聞いた。
「会社に興味がある人が、いないのでしょう。上場して20年も経つと、どこにでもある普通の会社になります。目新しい技術があるわけではないので、優秀な人材が入ってきません。投資家も会社に対する興味を失っています」とホセは言った。
「危機感がないんだね。会社が株式価値を高める努力を怠ったから、買収の危機に瀕している。これって自己責任だよね?」
「もちろん、自己責任です」
「じゃあ、何が問題なの?」
「買収の危機に瀕している会社の中には、ジャービス王国に必要な会社があります」
「例えば?」と俺は聞いた。
「例えば、電気自動車の製造に必要なパーツを作っている会社があって、その会社の世界シェアが70%だとします。ジャービス国内ではあまり注目されていなくても、業界での知名度は高い。この会社が海外企業に買収されたらどうでしょう?」
「つまり、ジャービス国内企業の技術や特許権が外国に流出するということ?」
「そういうことです。特殊な技術・特許・ノウハウを持たない会社が買収されても、自業自得と割り切れます。でも、特殊な特許を保有している会社が買収されるとジャービス王国の国益にはマイナスではないでしょうか?」
グローバルニッチトップか・・・
※グローバルニッチトップとは、ニッチ分野における世界市場でのトップ企業を指します。
<続く>