回顧録第3話 若かりし記憶(その4)
文字数 1,679文字
(4)証券営業
私がカルタゴ証券に転職して驚いたことは、担当者が受け持つ業務範囲の広さだった。
私の前職のジャービス重工は国内有数の企業だったから、従業員数は1万人を超えていた。販売は営業部がしていたし、仕入は購買部がしていて、販売する製品は製造部が作っていた。メンテナンスを専門に行う部署もあったし、取引先の業績が悪化した時には対処する専門部署もあった。
一方、カルタゴ証券は役職員数20人の中堅証券会社だ。まさに中小企業と言えるだろう。人がいないので、営業も決済も経理処理も何もかも、各担当者がしないといけない。まさにカオスな状況だった。
カルタゴ証券の新規営業は電話営業が中心だった。
新規顧客を獲得するためには、一日中電話に噛り付いて電話をしないといけない。
いわゆるコールドコール(ターゲット企業に代表電話からアプローチすること)だ。
100件電話して話を聞いてくれる会社は20社くらい、会社に訪問できるのが10社くらい、新規取引ができるのが3~5社だろう。
私が証券業界出身だったら顧客を持っていただろうけど、大手の製造業出身ではそういう顧客はない。
最初の数カ月は慣れるまで大変だった。私が電話を掛けたら怒鳴り散らす人もいたし、電話を保留にされたまま1時間くらい待たされたこともあった。会社に訪問したら名刺の渡し方がなってないと言われたし、お辞儀の角度が違うとも言われた。
また、営業の一環と称し、飲み会、バーベキューパーティーや接待ゴルフなどに付き合わされて、休日も仕事だった。
思い描いていた証券会社のイメージとは大違いだった。
今思えば、カルタゴ証券は相当ブラックな会社だったのだろう。
転職して半年が過ぎるまでに同じ時期に入った同僚3人のうち2人が辞めた。私以外は辞めて他の会社に行ってしまった。
入社して1年と半年が経ったころ、私は社長のゴンザレスに「IPOできそうなベンチャー企業を探してこい!」と言われた。カルタゴ証券は証券取引所に上場しそうなベンチャー企業の株式(非上場株式)を顧客に販売していたから、その『在庫を仕入れてこい』という指令だ。
私はカルタゴ証券に入社してから投資家との付き合いはあったが、投資される側の会社とは付き合いがなかった。そこで思い浮かんだのがジャービス重工の時の取引先だった。
大企業の下請けとして製品を製造している会社の中にも、上場できそうな会社はあるはずだ。アナンヤに言われたことを思い出したのだ。
そう思った私はネール・マテリアルに電話した。
代表電話に掛けて『社長のルイスに繋いでほしい』と依頼すると、ルイスは直ぐに電話に出てくれた。コールドコールに慣れていた私は嬉しかったのを覚えている。
ルイスに私の近況と証券会社での業務内容を話したら、会って話を聞いてくれることになった。
ジャービス重工を退職してからネール・マテリアルには訪問していなかったから、ルイスに会うのは2年ぶりだ。
アナンヤはどうしているのだろうか?
留学から帰ってきたとは聞いていないし、まだ海外にいるのだろうか?
ネール・マテリアルの会社の前に到着すると、見覚えのある女性が私の方に向かって歩いているのが目に入った。
ー アナンヤだ!
アナンヤを見つけた私は「アナンヤー!」と呼びながら彼女の方へ歩いて行った。
私に連絡してこなかったのは、彼氏ができたからだろうか?
ジャービス王国に帰ってきたのは知らなかったし、アナンヤに彼氏ができたかもしれなかったけど、懐かしさが勝った。
アナンヤは照れながら「やめてよ、大声で恥ずかしい」と言った。
でも、私には嬉しそうに見えた。
「今日はルイスに相談があって来たんだ」と私はアナンヤに言った。
「さっき聞いた。証券会社に転職したんだって?」
「そうなんだ。と言っても2年前だけどね。今日のミーティングにアナンヤは参加するの?」と私はアナンヤに聞いた。
「参加するつもり。じゃあ、会議室まで案内するから着いてきて」
アナンヤはそう言うと、私をネール・マテリアルの会議室に案内した。
<続く>
私がカルタゴ証券に転職して驚いたことは、担当者が受け持つ業務範囲の広さだった。
私の前職のジャービス重工は国内有数の企業だったから、従業員数は1万人を超えていた。販売は営業部がしていたし、仕入は購買部がしていて、販売する製品は製造部が作っていた。メンテナンスを専門に行う部署もあったし、取引先の業績が悪化した時には対処する専門部署もあった。
一方、カルタゴ証券は役職員数20人の中堅証券会社だ。まさに中小企業と言えるだろう。人がいないので、営業も決済も経理処理も何もかも、各担当者がしないといけない。まさにカオスな状況だった。
カルタゴ証券の新規営業は電話営業が中心だった。
新規顧客を獲得するためには、一日中電話に噛り付いて電話をしないといけない。
いわゆるコールドコール(ターゲット企業に代表電話からアプローチすること)だ。
100件電話して話を聞いてくれる会社は20社くらい、会社に訪問できるのが10社くらい、新規取引ができるのが3~5社だろう。
私が証券業界出身だったら顧客を持っていただろうけど、大手の製造業出身ではそういう顧客はない。
最初の数カ月は慣れるまで大変だった。私が電話を掛けたら怒鳴り散らす人もいたし、電話を保留にされたまま1時間くらい待たされたこともあった。会社に訪問したら名刺の渡し方がなってないと言われたし、お辞儀の角度が違うとも言われた。
また、営業の一環と称し、飲み会、バーベキューパーティーや接待ゴルフなどに付き合わされて、休日も仕事だった。
思い描いていた証券会社のイメージとは大違いだった。
今思えば、カルタゴ証券は相当ブラックな会社だったのだろう。
転職して半年が過ぎるまでに同じ時期に入った同僚3人のうち2人が辞めた。私以外は辞めて他の会社に行ってしまった。
入社して1年と半年が経ったころ、私は社長のゴンザレスに「IPOできそうなベンチャー企業を探してこい!」と言われた。カルタゴ証券は証券取引所に上場しそうなベンチャー企業の株式(非上場株式)を顧客に販売していたから、その『在庫を仕入れてこい』という指令だ。
私はカルタゴ証券に入社してから投資家との付き合いはあったが、投資される側の会社とは付き合いがなかった。そこで思い浮かんだのがジャービス重工の時の取引先だった。
大企業の下請けとして製品を製造している会社の中にも、上場できそうな会社はあるはずだ。アナンヤに言われたことを思い出したのだ。
そう思った私はネール・マテリアルに電話した。
代表電話に掛けて『社長のルイスに繋いでほしい』と依頼すると、ルイスは直ぐに電話に出てくれた。コールドコールに慣れていた私は嬉しかったのを覚えている。
ルイスに私の近況と証券会社での業務内容を話したら、会って話を聞いてくれることになった。
ジャービス重工を退職してからネール・マテリアルには訪問していなかったから、ルイスに会うのは2年ぶりだ。
アナンヤはどうしているのだろうか?
留学から帰ってきたとは聞いていないし、まだ海外にいるのだろうか?
ネール・マテリアルの会社の前に到着すると、見覚えのある女性が私の方に向かって歩いているのが目に入った。
ー アナンヤだ!
アナンヤを見つけた私は「アナンヤー!」と呼びながら彼女の方へ歩いて行った。
私に連絡してこなかったのは、彼氏ができたからだろうか?
ジャービス王国に帰ってきたのは知らなかったし、アナンヤに彼氏ができたかもしれなかったけど、懐かしさが勝った。
アナンヤは照れながら「やめてよ、大声で恥ずかしい」と言った。
でも、私には嬉しそうに見えた。
「今日はルイスに相談があって来たんだ」と私はアナンヤに言った。
「さっき聞いた。証券会社に転職したんだって?」
「そうなんだ。と言っても2年前だけどね。今日のミーティングにアナンヤは参加するの?」と私はアナンヤに聞いた。
「参加するつもり。じゃあ、会議室まで案内するから着いてきて」
アナンヤはそう言うと、私をネール・マテリアルの会議室に案内した。
<続く>