第3話 新たな調査
文字数 2,263文字
(3)新たな調査
昨日ポールが外務省から机と椅子を3ずつ貰ってきた。これで7人分の机と椅子がそろった。サイズはバラバラなのだが、無いよりはマシだ。
前から気になっていたのだが、内部調査部として使っている会議室の壁に染みが付いている。以前それを隠すために絵を飾ろうとしたが、ルイーズに却下された。
絵でなければ問題ないだろうと考えた俺は、書道2段の腕前を披露するために書をしたためて壁に貼った。
“贅沢は敵だ!”
実にいい感じだ。
ジャービス王国のような弱小国は、常にコスト意識を持っておかないと、すぐに財政難に直面してしまう。そのことを内部調査部のメンバーにも知っておいてもらう必要がある。
俺の書を壁に貼った後、ミゲルと目が合ったのだが、ミゲルはそっと視線を逸らした。どういう意味だろう?
俺が満足して壁の書を眺めているとルイーズが部屋に入ってきた。
「何これ?『贅沢』の使い方が間違っていない?」ルイーズは壁に書かれた『贅沢は敵だ!』に嫌悪感を持っているようだ。
「じゃあ、どう書けば良かったの?」と俺はルイーズに聞く。
いつもそうだが、ルイーズは俺のすることに難癖を付けてくる。日頃のストレスを俺で晴らそうとしているんじゃないかと思ってしまう。
「まず、『贅沢』は人によって金額が違うでしょ。例えば、月に1億JD稼いでいる人が、100万JDを浪費した場合、『無駄遣い』だけど『贅沢』とは言わない。収入の1%くらい気分転換に使ってもいいと思う」
「ふーん。ルイーズは『贅沢』の肯定派?」
「そんなこと言ってないでしょ。月に1億JD稼いでいる人が、5,000万JD使ったら『贅沢』と言ってもいい。本当に必要なものだったとしても『贅沢』。要は、『無駄遣い』と『贅沢』は別物なのよ」
「分かった。ルイーズはその人の収入に応じて『贅沢』の金額が変わってくると言いたいわけだね」
「そうよ。そこに書いている『贅沢は敵!』とは、本来は『収入に見合わない分不相応な支出で、かつ不必要な支出は止めるべき』と言いたいはず。だから書くとするなら『贅沢な無駄遣いは敵!』にしないといけない」
「『収入に見合わない分不相応な支出』が『贅沢』、『不必要な支出』が『無駄遣い』だね」
「そう。でもね、『贅沢な無駄遣いは敵!』を内部調査部の壁に貼るのは間違っている」
「どういうこと?」と俺は聞いた。
「例えば、内部調査部の年間予算が1億JDの場合、机と椅子を4セット買うのに10万JD使ったとする。これは、『収入に見合わない分不相応な支出』とは言わない。だって、年間予算の0.1%でしょ。備品に年間予算の0.1%支出するくらいで『贅沢』と言わないでほしいのよ」
「机と椅子を買うのは贅沢ではない」と俺は唱えた。
「それに机と椅子は仕事をするのに必要なコストでしょ。『不必要な支出』には該当しないから無駄じゃない」
「机と椅子を買うのは、贅沢でも無駄でもない」
「そうよ。じゃあ、贅沢でも無駄でもなかったら?」とルイーズは俺に問いかけた。
俺は頭をフル回転させて答えを導き出した。
「ケチかな?」
「正解!ようやく分かったようね。今の状況は、お金をケチっているだけなの。だから、ダニエルが要求していることは『贅沢な無駄遣いは敵!』ではなくて『お金をケチろう!』なのよ」
「そうか。俺はケチだったんだ」
「分かったら、書き換えて!」とルイーズは言った。
仕方なく俺は壁の書を、『倹約こそ美徳!』に書き換えた。
『お金をケチろう!』だと書として美しくない。
俺がルイーズに難癖を付けられ、書をしたため直している間、他のメンバーは気を遣って席を外してくれたようだ。空気の読めるメンバーに出会うことができたと思う。
******
ルイーズは俺が『倹約こそ美徳!』の書を貼りなおしたことを確認した後、俺に言った。
「内部告発ホットラインに送られてきたメッセージから5件ピックアップしたから、その中から調査対象にする案件を選んでほしい」
気を利かせて席を外してくれた内部調査部のメンバーを呼び戻して、新たな調査案件を選ぶことになった。
俺が決めた選定基準に照らして内部調査部のメンバーで協議が行われた。検討の結果、調査に向いている案件として、次の相談事項が候補に選ばれた。
**********************************************
銅の取引価格が高騰し、メーカーの製造原価が増加して収益が圧迫されています。このままでは値上げに踏み切るしかありません。銅価格の上昇は何者かによる買占めのようなので、調査をお願いします。
**********************************************
ルイーズが事前に電話で確認したところ、送り主は工場経営者のようだ。銅の値上がりで製造原価が上がり、経営が苦しくなっていると言っていたそうだ。
とはいえ、このメッセージを送った人は10万JDを貰える幸運な人だ。
物価の安定は国家にとって重要事項だ。国家として急激なインフレやデフレは抑制する必要がある。もし、放置すれば国民生活の根幹に関わるだろう。
銅は多くの電化機器に利用される材料(素材)であり、製品価格に影響を与える。
原因を調査する必要があるだろう。
もし何者かが銅を買い占めているのであれば、なおさらだ。
加えて、損害額を計算しやすいので調査として向いている。
こうして、内部調査部の新たな案件は、『銅価格を吊り上げている犯人を捜せ!』となった。
昨日ポールが外務省から机と椅子を3ずつ貰ってきた。これで7人分の机と椅子がそろった。サイズはバラバラなのだが、無いよりはマシだ。
前から気になっていたのだが、内部調査部として使っている会議室の壁に染みが付いている。以前それを隠すために絵を飾ろうとしたが、ルイーズに却下された。
絵でなければ問題ないだろうと考えた俺は、書道2段の腕前を披露するために書をしたためて壁に貼った。
“贅沢は敵だ!”
実にいい感じだ。
ジャービス王国のような弱小国は、常にコスト意識を持っておかないと、すぐに財政難に直面してしまう。そのことを内部調査部のメンバーにも知っておいてもらう必要がある。
俺の書を壁に貼った後、ミゲルと目が合ったのだが、ミゲルはそっと視線を逸らした。どういう意味だろう?
俺が満足して壁の書を眺めているとルイーズが部屋に入ってきた。
「何これ?『贅沢』の使い方が間違っていない?」ルイーズは壁に書かれた『贅沢は敵だ!』に嫌悪感を持っているようだ。
「じゃあ、どう書けば良かったの?」と俺はルイーズに聞く。
いつもそうだが、ルイーズは俺のすることに難癖を付けてくる。日頃のストレスを俺で晴らそうとしているんじゃないかと思ってしまう。
「まず、『贅沢』は人によって金額が違うでしょ。例えば、月に1億JD稼いでいる人が、100万JDを浪費した場合、『無駄遣い』だけど『贅沢』とは言わない。収入の1%くらい気分転換に使ってもいいと思う」
「ふーん。ルイーズは『贅沢』の肯定派?」
「そんなこと言ってないでしょ。月に1億JD稼いでいる人が、5,000万JD使ったら『贅沢』と言ってもいい。本当に必要なものだったとしても『贅沢』。要は、『無駄遣い』と『贅沢』は別物なのよ」
「分かった。ルイーズはその人の収入に応じて『贅沢』の金額が変わってくると言いたいわけだね」
「そうよ。そこに書いている『贅沢は敵!』とは、本来は『収入に見合わない分不相応な支出で、かつ不必要な支出は止めるべき』と言いたいはず。だから書くとするなら『贅沢な無駄遣いは敵!』にしないといけない」
「『収入に見合わない分不相応な支出』が『贅沢』、『不必要な支出』が『無駄遣い』だね」
「そう。でもね、『贅沢な無駄遣いは敵!』を内部調査部の壁に貼るのは間違っている」
「どういうこと?」と俺は聞いた。
「例えば、内部調査部の年間予算が1億JDの場合、机と椅子を4セット買うのに10万JD使ったとする。これは、『収入に見合わない分不相応な支出』とは言わない。だって、年間予算の0.1%でしょ。備品に年間予算の0.1%支出するくらいで『贅沢』と言わないでほしいのよ」
「机と椅子を買うのは贅沢ではない」と俺は唱えた。
「それに机と椅子は仕事をするのに必要なコストでしょ。『不必要な支出』には該当しないから無駄じゃない」
「机と椅子を買うのは、贅沢でも無駄でもない」
「そうよ。じゃあ、贅沢でも無駄でもなかったら?」とルイーズは俺に問いかけた。
俺は頭をフル回転させて答えを導き出した。
「ケチかな?」
「正解!ようやく分かったようね。今の状況は、お金をケチっているだけなの。だから、ダニエルが要求していることは『贅沢な無駄遣いは敵!』ではなくて『お金をケチろう!』なのよ」
「そうか。俺はケチだったんだ」
「分かったら、書き換えて!」とルイーズは言った。
仕方なく俺は壁の書を、『倹約こそ美徳!』に書き換えた。
『お金をケチろう!』だと書として美しくない。
俺がルイーズに難癖を付けられ、書をしたため直している間、他のメンバーは気を遣って席を外してくれたようだ。空気の読めるメンバーに出会うことができたと思う。
******
ルイーズは俺が『倹約こそ美徳!』の書を貼りなおしたことを確認した後、俺に言った。
「内部告発ホットラインに送られてきたメッセージから5件ピックアップしたから、その中から調査対象にする案件を選んでほしい」
気を利かせて席を外してくれた内部調査部のメンバーを呼び戻して、新たな調査案件を選ぶことになった。
俺が決めた選定基準に照らして内部調査部のメンバーで協議が行われた。検討の結果、調査に向いている案件として、次の相談事項が候補に選ばれた。
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銅の取引価格が高騰し、メーカーの製造原価が増加して収益が圧迫されています。このままでは値上げに踏み切るしかありません。銅価格の上昇は何者かによる買占めのようなので、調査をお願いします。
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ルイーズが事前に電話で確認したところ、送り主は工場経営者のようだ。銅の値上がりで製造原価が上がり、経営が苦しくなっていると言っていたそうだ。
とはいえ、このメッセージを送った人は10万JDを貰える幸運な人だ。
物価の安定は国家にとって重要事項だ。国家として急激なインフレやデフレは抑制する必要がある。もし、放置すれば国民生活の根幹に関わるだろう。
銅は多くの電化機器に利用される材料(素材)であり、製品価格に影響を与える。
原因を調査する必要があるだろう。
もし何者かが銅を買い占めているのであれば、なおさらだ。
加えて、損害額を計算しやすいので調査として向いている。
こうして、内部調査部の新たな案件は、『銅価格を吊り上げている犯人を捜せ!』となった。