第6話 銀行の国有化(その6)

文字数 1,630文字

(6)銀行の国有化 <続き>

 チャールズはセレナ銀行への出資の方法について少し考えてから言った。

「だから、さっきダニエルが言ってた議決権なしの優先株式を引き受ける案でいいと思う」

「じゃあ、国王には優先株式の出資で説明しましょう。それで、出資した優先株式は最終的に銀行に償還してもらいます」

「そうだな」

「債務超過を解消した後、優先株式を償還する流れになるけど、無理に優先株式を償還するとまた債務超過になるかしれません。再び債務超過になると出資した意味がなくなるから、優先株式を普通株式への転換できる条項も入れておいた方がいいと思います。普通株式に転換すれば、銀行は償還する必要がありませんから、債務超過の問題はありません」

※優先株式の償還は純資産の払い戻しになるため、純資産の金額が減少します。純資産額以上に償還を行うと、純資産がマイナス(債務超過)になります。

「普通株式転換条項か・・・」

「普通株式転換条項を付けておけば、市場で売却して資金回収することもできるし、ひょっとしたら儲かるかもしれませんよ?」

 チャールズの顔を見たら、少し乗り気になってきたような気がする。
 俺が言った『儲かる』の影響だろうか?

「普通株式への転換価格はどうする?」チャールズは俺に言った。

「セレナ銀行の株価は1株あたり100JDです。マーケットはセレナ銀行の来期決算が良くないと予想していますから、株価は数カ月前から下がっています。債務超過になったらもう少し下がるでしょうけど、転換価格は株価に30~50%乗せて1株あたり130~150JDでどうですか?」

※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。

「株価よりも低いと批判を受けそうだし。30~50%のプレミアムを乗せれば、少しは批判をかわせるか」

「セレナ銀行の時価総額は1,000億JD、純資産は5,000億JDだからPBR(株価純資産倍率)は0.2。30~50%のプレミアムを加味しても、株価としては割高ではないですね」

「そうか。ロサリオ銀行も同じくらいのプレミアムを乗せた転換価格にするか・・・」

「それでは、国王には不良債権の買取りのためにサービサー法を整備することと、不良債権処理によって発生する債務超過解消のためにジャービス政府が優先株式で出資する、と説明しましょう」

「そうだな」

 これで国王への説明の方針は固まった。俺たちが国王を待っていたら、チャールズが俺に言った。

「全然関係ない話だけどさ、リーマン・ショックの時に金融商品を作って金融機関の損失を回避していた有名な財務コンサルタントがいたって噂聞いたことある?」

「ネットの書き込みで見たことありますよ。何て名前だったかな・・・。確か、ジョーダンだっけ?」俺はうっすらとした記憶を頼りにチャールズに聞いた。

「そうそう。ジョーダンだ」

「エンロンの元幹部でしたね。エンロンの不正会計のほとんどに関わっていたらしいね」

※エンロンはアメリカのエネルギー会社です。2001年に巨額不正会計事件を起こし『エンロン・ショック』とも言われました。

「元CFOのアンドリュー・ファストウは有名だけど、ジョーダンの名前はどこにも出てこないんだよな。それにリーマン・ショックの時も裏で暗躍していたって噂だろ」

※アンドリュー・ファストウ(Andrew Fastow)とその部下は、非連結子会社のSPE(Special Purpose Entity:特別目的事業体)を作って巨額の損失を隠蔽していました。

「ええ、粉飾で有名な財務コンサルタントですね」

「そんな奴が実在しているんだろうか?」

「どうでしょうね? 都市伝説の類かもしれませんよ」

「セレナ銀行の件はリーマン・ショックの時ほど複雑なスキームじゃないけど、今回の件も有名な財務コンサルタントが絡んでたりしてな・・・」

「まさか。ジャービス王国みたいな小さい国に来るわけないでしょ」

「そうだよな」


<続く>
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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