第1話 探偵のはじまり
文字数 2,785文字
俺の名前は、ダニエル。ジャービス王国という小さな国の第4王子だ。上に3人の王候補の兄がいるから、よほどのことがない限り俺に王位が回ってくることはない。
王国内での勢力争いは、第1王子から第3王子の後ろ盾となっている有力貴族の間で行われている。俺を支援しても何のメリットもないから、貴族も寄ってこない。表面上は気を使ってくれているようだが、実際は舐められている。
念のために説明しておくと、俺は異世界に転生していないし、前世の記憶もない。そして、この世界には魔法はない。普通の世界だ。
俺が戦っているのは魔王や勇者でもなく経済事件。ジャービス王国内で発生する経済事件を解決するのが俺の役目だ。
派手なアクションで犯人を捕まえるようなハードボイルドな事件の解決は期待しないでほしい。俺は喧嘩が弱いのだ。
さて、俺は今、真夏の穀物倉庫にいる。室内は40度を超えているだろう。こまめに水分補給をしなければ脱水症状で死んでしまう。
それにしても暑い・・・・。
なぜこんなことになったかというと・・・、あれは1ヶ月前のことだ。
(1)探偵のはじまり
父王(ジャービス王国)が緊急で俺を含めた王子4人を招集した。
ジャービス王国王はよく思いつきで会議を招集する。
国民の人気取りのためだろうが、何か王国で問題が発生すると、それを解決するために何らかのアクションを起こすのが大好きだ。
ただ、緊急性のない重要性の低い会議が多いので、毎回呼ばれる身内からすると対応が正直面倒くさい。他の兄弟も口には出さないものの、そう思っているはずだ。
4人の王子がそろったのを確認した国王は「こんな匿名の投書があったのだが、見てくれるか?」といって1通の書類を第1王子のジェームスに渡した。
まず、第1王子のジェームスが内容を確認する。次は第2王子のチャールズが内容を確認する。問題の書類を見たジェームスとチャールズの顔は、憂鬱そうだ。
やっぱり面倒な問題なのだろうと俺が考えていると、最後にその書類が俺のところに回ってきた。
*********************************************************
第13穀物倉庫の穀物が何者かに盗まれているようです。
一度調査をお願いします。
*********************************************************
なるほど。第13穀物倉庫がある場所は、ウィーザー領だ。
ウィーザー領主のティモシーは第2王子チャールズの派閥だから、他の兄弟も何となく詮索しにくい。
穀物を誰かが横領しているのだと思うが、他の王子は正面からチャールズと揉めるのを避けたいから、誰も関わりたいとは思わない。
それに、この書類をチャールズが見たわけだから、横領の件は直ぐにティモシーに伝わるだろう。もしティモシーが関わっているとすると、バレないように裏工作してくるはずだ。
調査しても不正の証拠は発見できないだろう。
書類を見終わった俺は、国王にそれを渡した。
ジャービス国王は全員の顔を見渡しながら呟く。
「こういう投書はよく来ているが、専門的に取り扱う部署がない。今回の件をきっかけにして新しく内部調査部を立ち上げようと思うのだが、どうだろう?」
国王が「どうだろう?」と意見を求めているように聞こえるが、そうではない。
実際には内部調査部を作ることは決まっている。議論の余地はない。
そして、この会議の主題が『誰が内部調査部を立ち上げるか?』だということを全員理解した。
きっと面倒なだけの役回りだ・・・
ここから自分がババを引かないための駆け引きが始まる。
まず、第1王子のジェームスが口火を切った。先手必勝だと思っている。
「王国として国民の意見を聞く必要がありますから、国王の提案には賛成です。ただ、私はあいにく陸軍の戦力強化のためのプロジェクトが忙しくて、調査に必要な時間がとれません。それと、穀物倉庫があるのはウィーザー領です。チャールズが調査をするのは避けた方が良いでしょう」
第1王子のジェームスは軍総本部の司令官をしている。
頭はあまりよくないが、外面がよく人気は高い。
ジャービス王国では男性の就職希望先の第1位が軍隊で、優秀な人材が集まりやすい。司令官が誰でも務まるはずだ、と俺は思っている。
性格は悪くないので、俺はコイツのことを嫌いではない。
「ジェームス兄さん。第13穀物倉庫がウィーザー領にあるからといって、私が犯人と決めつけるのはどうかと思いますよ」チャールズは少し気を悪くしたようだ。
第2王子のチャールズは、主要な行政手続きを行う内務大臣をしている。
政策の決定は貴族院での可決が必要だが、議会への起案や決議事項の公表・実行は内務省が行っている。ジャービス王国の内情を一番知っているので、横柄な態度をとることも多いのだろう。内務省の職員からは嫌われている。
俺もコイツのことは嫌いだ。
フォローに入ったのは第3王子のアンドリューだ。
「兄さんたち、落ち着いてください。今回の会議は『誰が犯人か?』ではありません。『誰が内部調査部を立ち上げるか?』です。
兄さんたちは忙しそうですし、私も外交で国外にいることも多いので、時間がとれません。ダニエルにやってもらうのはどうでしょうか?総務省の業務と似ているから、適任だと思います」
第3王子のアンドリューは、周辺各国と外交を行う外務大臣をしている。言わば我が国の顔だ。話し上手で外国要人とやり取りするのには適した人材だが、国益が絡んでくるので際どい交渉も多い。社交的で顔が広いが、性格は悪い。
俺はコイツのことは嫌いだ。でも、怒らせると怖いので、なるべく衝突しないように心掛けている。
誰が考えても面倒ごとしかない内部調査部の立ち上げを、俺に丸投げしようとする3人の兄。それに反対するため、俺は微力ながら抵抗する。
「そう言われても、私も進行中のプロジェクトが立て込んでいるので、時間が取れそうにありません。内部調査部の立ち上げが遅れてご迷惑をお掛けするのも、あれですから・・・」
そして、俺、第4王子のダニエルは総務大臣をしている。
総務省という組織を率いてはいるが、ジャービス王国の総務省には他国のような力はない。要は「便利屋」だ。面倒なことは全て俺のところにやってくる。
責任の押し付け合いはしばらく続いたが、最終的にはジャービス国王が決定した。
『業務内容が総務省と似ているから』との理由で、俺が内部調査部を立ち上げることになった。
不本意ながら内部調査部長に就任することになった俺。
部長だと気分が上がらないから、経済事件を解決する『探偵』になったという設定にしておこう。
剣も魔法もハードボイルド要素もない、地味な探偵だ。
王国内での勢力争いは、第1王子から第3王子の後ろ盾となっている有力貴族の間で行われている。俺を支援しても何のメリットもないから、貴族も寄ってこない。表面上は気を使ってくれているようだが、実際は舐められている。
念のために説明しておくと、俺は異世界に転生していないし、前世の記憶もない。そして、この世界には魔法はない。普通の世界だ。
俺が戦っているのは魔王や勇者でもなく経済事件。ジャービス王国内で発生する経済事件を解決するのが俺の役目だ。
派手なアクションで犯人を捕まえるようなハードボイルドな事件の解決は期待しないでほしい。俺は喧嘩が弱いのだ。
さて、俺は今、真夏の穀物倉庫にいる。室内は40度を超えているだろう。こまめに水分補給をしなければ脱水症状で死んでしまう。
それにしても暑い・・・・。
なぜこんなことになったかというと・・・、あれは1ヶ月前のことだ。
(1)探偵のはじまり
父王(ジャービス王国)が緊急で俺を含めた王子4人を招集した。
ジャービス王国王はよく思いつきで会議を招集する。
国民の人気取りのためだろうが、何か王国で問題が発生すると、それを解決するために何らかのアクションを起こすのが大好きだ。
ただ、緊急性のない重要性の低い会議が多いので、毎回呼ばれる身内からすると対応が正直面倒くさい。他の兄弟も口には出さないものの、そう思っているはずだ。
4人の王子がそろったのを確認した国王は「こんな匿名の投書があったのだが、見てくれるか?」といって1通の書類を第1王子のジェームスに渡した。
まず、第1王子のジェームスが内容を確認する。次は第2王子のチャールズが内容を確認する。問題の書類を見たジェームスとチャールズの顔は、憂鬱そうだ。
やっぱり面倒な問題なのだろうと俺が考えていると、最後にその書類が俺のところに回ってきた。
*********************************************************
第13穀物倉庫の穀物が何者かに盗まれているようです。
一度調査をお願いします。
*********************************************************
なるほど。第13穀物倉庫がある場所は、ウィーザー領だ。
ウィーザー領主のティモシーは第2王子チャールズの派閥だから、他の兄弟も何となく詮索しにくい。
穀物を誰かが横領しているのだと思うが、他の王子は正面からチャールズと揉めるのを避けたいから、誰も関わりたいとは思わない。
それに、この書類をチャールズが見たわけだから、横領の件は直ぐにティモシーに伝わるだろう。もしティモシーが関わっているとすると、バレないように裏工作してくるはずだ。
調査しても不正の証拠は発見できないだろう。
書類を見終わった俺は、国王にそれを渡した。
ジャービス国王は全員の顔を見渡しながら呟く。
「こういう投書はよく来ているが、専門的に取り扱う部署がない。今回の件をきっかけにして新しく内部調査部を立ち上げようと思うのだが、どうだろう?」
国王が「どうだろう?」と意見を求めているように聞こえるが、そうではない。
実際には内部調査部を作ることは決まっている。議論の余地はない。
そして、この会議の主題が『誰が内部調査部を立ち上げるか?』だということを全員理解した。
きっと面倒なだけの役回りだ・・・
ここから自分がババを引かないための駆け引きが始まる。
まず、第1王子のジェームスが口火を切った。先手必勝だと思っている。
「王国として国民の意見を聞く必要がありますから、国王の提案には賛成です。ただ、私はあいにく陸軍の戦力強化のためのプロジェクトが忙しくて、調査に必要な時間がとれません。それと、穀物倉庫があるのはウィーザー領です。チャールズが調査をするのは避けた方が良いでしょう」
第1王子のジェームスは軍総本部の司令官をしている。
頭はあまりよくないが、外面がよく人気は高い。
ジャービス王国では男性の就職希望先の第1位が軍隊で、優秀な人材が集まりやすい。司令官が誰でも務まるはずだ、と俺は思っている。
性格は悪くないので、俺はコイツのことを嫌いではない。
「ジェームス兄さん。第13穀物倉庫がウィーザー領にあるからといって、私が犯人と決めつけるのはどうかと思いますよ」チャールズは少し気を悪くしたようだ。
第2王子のチャールズは、主要な行政手続きを行う内務大臣をしている。
政策の決定は貴族院での可決が必要だが、議会への起案や決議事項の公表・実行は内務省が行っている。ジャービス王国の内情を一番知っているので、横柄な態度をとることも多いのだろう。内務省の職員からは嫌われている。
俺もコイツのことは嫌いだ。
フォローに入ったのは第3王子のアンドリューだ。
「兄さんたち、落ち着いてください。今回の会議は『誰が犯人か?』ではありません。『誰が内部調査部を立ち上げるか?』です。
兄さんたちは忙しそうですし、私も外交で国外にいることも多いので、時間がとれません。ダニエルにやってもらうのはどうでしょうか?総務省の業務と似ているから、適任だと思います」
第3王子のアンドリューは、周辺各国と外交を行う外務大臣をしている。言わば我が国の顔だ。話し上手で外国要人とやり取りするのには適した人材だが、国益が絡んでくるので際どい交渉も多い。社交的で顔が広いが、性格は悪い。
俺はコイツのことは嫌いだ。でも、怒らせると怖いので、なるべく衝突しないように心掛けている。
誰が考えても面倒ごとしかない内部調査部の立ち上げを、俺に丸投げしようとする3人の兄。それに反対するため、俺は微力ながら抵抗する。
「そう言われても、私も進行中のプロジェクトが立て込んでいるので、時間が取れそうにありません。内部調査部の立ち上げが遅れてご迷惑をお掛けするのも、あれですから・・・」
そして、俺、第4王子のダニエルは総務大臣をしている。
総務省という組織を率いてはいるが、ジャービス王国の総務省には他国のような力はない。要は「便利屋」だ。面倒なことは全て俺のところにやってくる。
責任の押し付け合いはしばらく続いたが、最終的にはジャービス国王が決定した。
『業務内容が総務省と似ているから』との理由で、俺が内部調査部を立ち上げることになった。
不本意ながら内部調査部長に就任することになった俺。
部長だと気分が上がらないから、経済事件を解決する『探偵』になったという設定にしておこう。
剣も魔法もハードボイルド要素もない、地味な探偵だ。