回顧録第3話 若かりし記憶(その6)

文字数 1,230文字

(6)帰ってきたら、また会おう

 私はルイスに上場することを提案し、検討してもらうことにした。
 ルイスは『考えてみる』と言ったが、前向きな反応には見えなかった。
 あの様子だと結論が出るのに時間が掛かりそうだ。2~3日後にルイスに連絡して状況を聞くことにした。

 打ち合わせが終わったので、カルタゴ証券に戻ろうとしていたら、アナンヤに引き留められた。
 私はアナンヤの近況を知らなかったから、アナンヤにどう話しかけていいか分からなかった。その状況を見たアナンヤは私に言った。

「私が留学する時、ホセは『帰ってきたら、また会おう』って言ったよね。だから来てくれたの?」

 私はあの時『帰ってきたら、また会おう』とアナンヤに言ったのは覚えていた。
 でも、アナンヤがジャービス王国に帰ってきたことは知らなかった。
 事実に即した答えは『No』だ。

 でも、私は空気が読める。
 この状況で正解と思われる回答をした。

「そうだよ。あの時『また会おう』って言ったよね」

「ありがとう」とアナンヤは言った。

 私は内心ほっとした。
 もし、『私が帰ってきたのを伝えてなかったけど、どうやって知ったの?』とアナンヤに言われたらどうしようかと思っていたが、その質問はなさそうだ。

 私は去り際に「また、前みたいに連絡してもいいかな?」と聞いた。

 そうしたら、アナンヤは「どうでしょう?」と私に言ったのを覚えている。
 もう40年前の話だ。懐かしい・・・


(7)そして現在

 仕事が終わって総務省から自宅に帰ってきた。

 今日も疲れた・・・。
 風呂に入ってビールでも飲もう!

 今日はネール・マテリアルの『牛歩戦術』について部長と話していた。

 部長は私に「いいぞ、その調子だ! もう少しでダウラファンドの心が折れるよ」と言った。

 確かにその通りだと思う。
 ダウラファンドは投資家から資金調達しているから、契約で定められた投資可能な期間がある。
 ネール・マテリアルへのTOB(株式公開買付け)が長引くほど、投資可能な期間が削られていくからダウラファンドは不利になる。

 正直に言うと、初めに『牛歩戦術』を聞いたときは『何だ?このふざけた作戦は?』と思った。
 でも、今思えばこの作戦は有効だ。この上ない効果を上げている。

 私がネール・マテリアルへのTOBの対応を考えていたら妻が部屋に入ってきた。

「あら、早かったのね。飲み会は無かったの?」

「今日は何も無かったから、そのまま帰ってきた」

「そう言えば、部長は何て言ってた?」

「『今のまま牛歩戦術を続ければいい』と言ってたよ。『もう少しでダウラファンドの心が折れる』ってさ」

「はははー。あなたの部長、面白いわねー」

「そうだね。あの兄弟は、他人に嫌がらせするのが好きらしいよ」

 私はそう言って、冷蔵庫に缶ビールを取りに行った。

「アナンヤも飲むかい?」

「後にするわ。まだ仕事が残っているからね」

 妻はそういうと、自宅の隣にある会社(ネール・マテリアル)に戻っていった。

 <終わり>
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登場人物紹介

ダニエル:ジャービス王国の第4王子。総務大臣。

ルイーズ:総務省 内部調査部 課長代理

ジェームス:ジャービス王国第1王子。軍本部 総司令

チャールズ:ジャービス王国の第2王子。内務大臣。

アンドリュー:ジャービス王国の第3王子。外務大臣。

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